少年に『内密にご相談したいことがあります』とラインでメッセージをもらったのは、第二次決戦の会議の最中だった。
 元サポート科の少年は、色々あってヒーロー科に編入した経歴のある子で、その個性は『神経』……無機物に自身の神経を接続、操ることができ、接続した神経を通じて周囲の認識も可能だ。
 普段はその個性で自身のない左腕を義手として活用しているとも聞いている。
 さらに言うなら、目敏く耳聡いホークスにも買われるほどには頭のキレもある。
 そんな彼からのメッセージに眉間に皺が寄ったが、彼が『内密に』と言うのだ。何かよほどのことがあるのだろう。
 っていうか、私の連絡先。誰が教えたんだろう。緑谷少年かな。
 今は大事な会議の最中だから、時間が取れたらまた連絡するよ。そのときは無難な返事を返したのだが、彼はわりと強引なようで、1A捜索隊としてヴィラン連合及び解放戦線の捜索をしている最中に、遅い昼食にお弁当を食べていた私に接触してきた。

「すみません、お忙しいときに」
「君、今は捜索をしているはずでは……」
「それについてもすみません。ちょっと、緑谷に手伝ってもらって」
「緑谷少年に?」

 驚いてお弁当落とすところだったぞ。危ない危ない。
 少年は瓦礫に腰かける私のもとへ来ると、義手の左腕を掲げた。「俺の個性についてなんですが、ご存知でしょうか」「ああ。詳しくはないが、神経、なんだろう?」「はい。無機物限定ですが、自分の神経を接続。ただ繋いで把握することも可能ですし、思うように動かすことができます」ぺた、と私が座る瓦礫に右手を当てたと思えば、ただの瓦礫だったものが立派な玉座のような石の椅子になった。危ない。また驚いてお弁当落とすところだったぞ。
 一瞬のうちに瓦礫から椅子になってしまった石を叩く。「たとえば、この状態から」ひじ掛けの部分がビヨンと伸びて天蓋を作った。おお。「このように変形させることも可能ですし」少年が指を弾くと、私の手からお弁当が逃げていって、椅子が跳ねた。椅子が。跳ねた。ボンっと。おかげで石の硬い椅子にしたたかお尻を打ち付けることになってすごく痛い。
 少年の右手に生き物のように飛んで行ったお弁当は無事だ。中身もこぼれてない。「このように、生き物みたいに動かすこともできます」瓦礫とお弁当一つくらい動かすことには何の苦もないのだろう、彼の表情は変わっていない。無理をしている様子もない。

「相澤先生に細かく報告していたわけではないので、俺の個性の把握について、認識のズレがあるだろうと思って。今日は、正確にお伝えしたくてきました。それで作戦での俺の立ち位置も変わるでしょうから」
「な、なるほど」

 私の膝に戻って来たお弁当を抱え、顎に手を当てて考える。
 確かに。正直に言えば、編入組でヒーロー科としての経験も浅く、前線には立てない彼のことを、あまり深くは考えていなかった。あくまでサポート系だと……。これは、彼に失礼だったな。
 しかし、お弁当を抱えながらだと、冷めちゃうな。せっかくあったかいのに。「あの…ごめんね? 食べながらでもいいかな」そっとお弁当を指す私に、少年は笑顔で快く頷いてくれた。
 こんなときではあるが、倒れるわけにはいかない。見た目が骸骨みたいに貧弱な自分であるからこそ、しっかりと食べて眠らなくてはならない。そのためには無理矢理にでも胃に物を入れることも必要だ。

「では、食べながら失礼。私は相澤くんが把握している情報をもとに君のことも戦力として作戦に組んでいるが、大きな相違はあるかい?」
「あります」
「それは一体?」

 きんぴらごぼうをつまんでご飯と交互に口に運ぶ私に、少年は自分の右手を見つめた。「条件が限定されますが」「うん」「人の意識を、強制的に奪うことができます」「…マジぃ?」「はい。ワン・フォー・オールには失敗しましたけどね。緑谷を連れ戻すときに試したんですが、あちらの情報量に圧倒されてしまって」苦笑いをこぼした彼が、その顔のまま続ける。

「そのときのこと、緑谷に言われたんです。『そんな使い方を続けてたら、君の脳が死んじゃうよ』って」

 まだ冷たいと感じる風が瓦礫の街を吹き抜けた。
 荼毘の前に立ちはだかったと聞いてる彼の薄い紫の髪は短く、不揃いで、風にさらわれて揺れている。「…どういう意味だい、それは」ようやく言葉を吐き出した私に、彼はおどけるように肩を竦めた。「さぁ。先代たちからの言葉だって言ってました」「先代たちの……」私は直接話したことはないが。緑谷少年は先代たちと言葉を交わせるのだ。その先代たちが、彼に警告したと。そういうことか。少年はそれを伝えたと……。

「これは、ナイショにしておいてほしいんですが。俺、オセオンでの任務のとき、こっそり個性増強剤を使ったんです」
「なんだって!? ダメじゃないか、体に負担がかかる代物だぞっ」
「はい。それでも、ないと無理かなって相手だったので、自己責任で打ったんです。それで、それから……個性が深化していて」

 右手と義手の左手を掲げた彼は難しい顔をしていた。悲しんでいるような。喜んでいるような。憂いているような。「正直、限界がわかりません。限界だってわかったときが、緑谷の言う、脳が死ぬときなのかも」明るく笑ってそんなことを言う彼に何か寒いものを感じる。
 とにかく、自分は人の意識を強制的にシャットダウンすることができるし、個性の深化で無理がきくから、いざというときの最後の手段として頭数に入れてほしい。
 短くまとめた彼は、「それじゃ、捜索に戻ります。あんまりいないと焦凍が捜しにくるので」右手を挙げた彼の足元の瓦礫が跳ねて、彼のことを上空に飛ばした。その勢いを利用して背中のバックパックからガスを噴出しながら、彼はあっという間に遠くまで行ってしまった。
 そんな使い方を続けてたら、君の脳が死んじゃうよ。って。

「……それは、マズいんじゃないか? さすがに」

 少年。君は未来の轟家の人間で、焦凍くんと、お付き合いしてるんだろう。ホークスに聞いた話じゃ結婚もするって宣言したっていうじゃないか。そんな君が、危険を冒してちゃ、いけないだろう。
 個性増強剤の無許可での使用。そこから個性が『深化』しているという自覚があるのなら、セントラル病院で精密な検査を受けた方がいい。
 しかし、そんな時間があるのかと言われれば、答えはノーだ。
 我々には時間も人手も足りず、正直猫の手だって借りたいくらいなのだ。
 彼の個性は今回の捜索任務でも発揮される。そんな彼を捜索隊から外して病院に連れて行くのに、内密に、なんてのは難しい。
 ……未来のある少年のことを、大人の一人として、守ってやりたいと思う。
 だがしかし。未来を賭けて戦うのは今この瞬間、誰しもがやっていることだ。彼だけを特別扱いはできない…。たとえ緑谷少年の友達で、先代たちが警告をした相手なんだとしても。

(彼の位置について、見直しがいるな)