轟焦凍という物好きに拾われてしばらく。
 物の良い身なりをしていた焦凍は、俺の読みどおり、やっぱりどこぞの領主の息子だった。
 今は轟の領地以外の街や町を視察中であり、旅をしている最中。そんな中俺を拾ったことでこの地に定住しようと勝手に決めて、轟の名前を使ってこの町で一番立派な屋敷を買い取った。で、それで親父さんとクッソ揉めている。それが最近の話だ。

(沁みる)

 長いこと浮浪者の生活をしていた俺の体を清めるため、毎日用意される薬湯に肩までぶくぶくと浸かりながら、ちら、と視線を投げる。
 目隠しのための布が垂れている、その向こうには椅子が置いてあって、焦凍がずっと仕事をしている。父親と揉めた末に置いて行かれた山のような書類を片付けているのだ。
 ……俺が風呂のときもついてくるとかどういう了見なのか。部屋でやればいいのに。
 栄養不足がたたって白髪となって久しい長い髪をつまんで払い、長いと洗うのが面倒だな、と思いながら石鹸を手にしたら、焦凍が勝手に入ってきた。なんかハサミを持ってる。

「切るぞ」
「え」
「長いと邪魔だろ」

 それで白い髪を指された。…今まさに思ってたところだけどさ……。
 腕まくりして浴槽のそばにやって来た焦凍に閉口し、まぁいいか、と思う。
 たとえば優しいこの物好きさんが豹変して、そのハサミで目を抉られても、突き刺されても、別にいい。何せ、俺の人生はお前のものなんだから。
 浴槽に背中を預けて目を閉じると、長い髪を引っぱられて、シャキン、とハサミが入る音がした。
 なんてことはない。本当にただ髪を切るだけだ。
 なんて馬鹿な被害妄想をしてるのかと自分に呆れる。
 ………この男はなぜか俺によくしてくれる。
 人にこんなふうに大切に扱われるのに慣れてない。だから、変に勘ぐってしまうんだと思う。
 シャキン、シャキン、とハサミの鳴る音に身を任せたままお風呂に浸かってしばらく。「できた」という声に薄目を開けて、浴室内にある鏡を見てみると、だいぶさっぱりしていた。前髪も、後ろの方も。
 俺の髪を指で梳く焦凍はとても満足そうだ。…そんなに人の髪が切りたかったんだろうか? それとも、長い白髪は鬱陶しかったろうか。それなら言ってくれれば坊主にでもしたのに。

「気になるなら、髪、剃るけど」
「ダメだ。これがいい」

 むっと眉間に皺を寄せた顔を眺める。
 伸びたらまた切る手間ができるのにな。まぁ、これがいいって言うなら、いいけど。
 いい加減のぼせそう、と風呂から上がって、白いふわふわのタオルで体を拭う贅沢を味わい、ワンピースな白いシャツを着る。ボタンがなくて被ればいいやつだから楽ちん。
 下着と短パンを身に着けて、靴下穿いて、靴穿けば、よし。おしまい。着替えもなんとかなるようになってきたぞ。
 俺が着替えてる間、書類に何か書き込んで仕事をしていた焦凍が顔を上げ、水をくれる。喉渇いてたからありがたい。

「腹減ったろ」
「ん? んー」
「焼き立ての甘いパン、好きだろ」
「うっ」
「そろそろできる頃だ」
「う。ぐ……」

 俺のことを甘やかす焦凍は的確だ。風呂上り、小腹が減ったなと思うところに甘いパン……。食べたいに決まってる。
 それで、焦凍の執務室兼寝室である私室に戻れば、焼き立てパンの甘いのが数種類、しっかり用意されていた。お茶もある。
 さっそく手づかみしそうになってはっと拳を握って、まずは椅子に腰かける。立って食べるのは行儀悪いらしいので。
 そんなお上品な、というか、落ち着いた生き方をしてこなかったから、こういうのはまだ戸惑う。「えっと」それから、パンくずをこぼすから、膝にこの白いナプキンを置いてと。
 向かい側に腰かけた焦凍は俺のことを観察してるみたいだった。「二人しかいねぇんだから、好きに食っていい」「えっ」なんだよそれを早く言えよ。
 がし、とパンを掴んでちぎらないでかぶりつく。焼き立てのクロワッサン。外はカリッ、中はふわっ、カリカリ部分に砂糖とかなんか甘いのかかってて、すっげーうまい。
 喉渇いた、と飲み物のカップを掴んで、琥珀色の液体に一瞬ぎょっとする。
 これは紅茶。腐ってる色じゃない、こういう色の飲み物。
 熱いな、と思いながらすすって飲んで、丸くてクリームがたくさん入ったパンを頬張っていると、向かい側でふっと笑う声が聞こえた。視線だけ投げると焦凍が一口パンをかじって食べている。「うまいか?」「うん」「たくさん食べろよ。肉つけろ」「肉って……」凹凸がない、っていうか痩せっぽちの自分を見下ろして、それから焦凍に顔を戻す。

「俺、女じゃないよ」
「そんなこと知ってる。健康的に太れ、って意味だ」

 そうですか。いや、まぁ、ありがたい言葉、なんだろうけど。なんでそんなに俺に優しいのかな、焦凍は……。
 満足するまでパンを食べて、きゅーけい、とベッドに転がっていたら、いつの間にか寝ていたことに気が付いた。
 まだぼんやりした頭で窓の外に視線を投げれば、もう暗い。夕方だ。
 寝すぎたな、夜眠れるかな、と思いながら視線を彷徨わせると、隣で焦凍が寝ていてぎょっとした。イケメンが近い。
 寝てる……と思う。
 いつも観察される側だから、寝てる今くらい、と思って焦凍のイケメンをしげしげと眺める。
 俺と違って良いもの食べてきてるから、肌にはトラブルないし、肌触りよさそう。
 寝てるなら、と手を伸ばして、メイドの間でも人気なイケメンというものに触れてみる。ツルツル。スベスベ。気持ちい。

「………なんで」

 なんで俺なんか拾って、こんなによくしてくれるのか。その辺のメイドに手を出したって誰も文句なんて言わないだろうに。むしろそっちが普通。
 面が良いなぁ、と思いながら眺めていると、ぱちっと色の違う両目が開いた。げ、起きてる。「はよ」「…もう夕方。起こしてよ」「わりぃ。よく寝てたから」ごろり、と転がった焦凍の手が伸びて俺の左手を握る。
 焦凍が労わるように撫でている左腕は、その昔、ゴロツキにボッキリ折られた。
 医者になんて行けない俺は腕を放っておくしかなかった。結果、なんかおかしな形で骨が繋がったらしく、左腕はうまく動かない。その腕を焦凍が複雑そうな表情で見つめている。
 別に、くっついてはいるし。物が握りにくいとか、負荷のかかることはできないとか、そのくらいだ。制約はあって不便だけど、これはもうどうしようもないわけで。

「もう、どうしようもない。治らない」

 世にいう魔法を使える人でも、焦凍が連れてきた治癒術が使える老人も、傷が古すぎてもうどうしようもないと首を横に振っていた。
 充分良くしてもらってる。拾ってくれて感謝してる。これ以上を望むのは贅沢だろう。
 なんだか悲しんでいるようにも見える焦凍の頭をぽんぽんと叩いて、そろそろ夕ご飯かなぁなんてのんびりと考えて、今頃気がつく。
 こんな時間までメイドの人が呼びに来ないなんて普段じゃありえない。焦凍があらかじめそうしていたとしか考えられない……。
 焦凍の手がようやく俺の左腕を離した、と思ったら、なんでかシャツのボタンを外し出す。
 風呂だろうか。だからってここで素っ裸になる必要は。それとも寝汗が気になるから着替えるとか?


「ん?」
「今日の夕飯はもうちょっとあとだ」
「? うん」

 寝る前にあれだけパン食べたし。夜はスープとかでもいいくらいだけど。
 ぱさ、と布の落ちる音がする。「」「うん。聞いてる」たぶんシャツを脱いだんだろう焦凍に背中を向けたままでいると、ぎしぎしとベッドが軋んで、その焦凍に覆い被さられた。俺より身長も体重もある焦凍の突然の行動に反応できず、どさっとベッドに倒れる。
 突然。こう。倒された。なぜ。
 至近距離にあるイケメンから顔を逸らす。「……なに」じっとこっちを見下ろす熱っぽい目から逃げたくても、嫌でも伝わってくる。それだけ近い。
 これまで、俺が身綺麗になれるよう手伝ってくれたり、何も知らない俺に世間や世界についてを教えてくれた、優しい物好きさん。
 だから、覚悟はしてたよ。メイドに手を出さず、汚いガキで男の俺を拾ってまでシたいことは何かって、考えて、覚悟は決めてた。
 焦凍がメイドに興味がないのは、女に興味がないから。
 つまり、男に、興味があるから。

(焦凍に、拾われた。良い生活を、させてもらってる)

 だから。焦凍に何を求められたとしても。応えなくては。
 応えなくては、と思う俺の上に乗った焦凍はもう勃起していた。ご立派である。「」「…はい」「お前が寝てる間に、準備しといた」「…? なんの」香油とかそういう意味だろうか、なんて考えてる俺にケツを向けた焦凍がくぱっと孔を広げるから、なんか、急に頭に血が上って鼻血出そうになった。ピンク色……。

「ここの準備、した。から。挿れてくれ」
「え。あれ、逆じゃ…」
「?」
「えっと、お前が、俺に、挿れるのではなくて?」

 体格とか。お前のイケメンとか。普通に考えればそういうことにならないだろうか。
 首を捻った焦凍が俺の股間に顔を埋めて遠慮なく刺激していく。「お前に抱いてほしい」「は、ぁ?」なんだそれ。思ってもみなかった展開だぞ。っていうか顔を擦りつけるな、そこで喋るな。勃つ。
 目の前の裸体と、人生初の性的な刺激にあっという間に勃起してしまった自分がちょっと、だいぶ、ハズカシイ。
 けど。当たり前みたいに俺のを咥えて口で奉仕する焦凍にうずうずする。ケツ近い。……孔がヒクヒクして、ピンク色が覗いてる…。
 準備した、って言ってた孔に一本だけ指を挿入してみると、あっさり入った。「ん、」ぴく、と腰を揺らした焦凍がエロいと思ってしまう。
 香油も入ってるんだろう、やわらかい。ケツの穴とは思えないくらい。
 濡れてる中を大した抵抗も感じずに指を進ませていって、なぜか、ここだったかな、という感覚を覚えた。
 男が気持ちいいって感じる場所がケツ弄って届く位置にあって、そこを刺激すると気持ちがいいのだと、俺はなんでか知っている。なんでだろう。焦凍の気持ちいい場所がここだって、なんでかわかる。
 少し膨らんでる気がするそこにぐりっと指の腹を押しつけると、焦凍が大きく震えた。思わず俺のちんこを離すくらいには驚いたらしい。「ぁ、そこ」ぐりぐりと指の腹ですり潰すようにすれば、服着てたらただのイケメンにしか見えない焦凍が「ア、ぁ、そこ、きもちぃ」今は女みたいに喘いでいる……。
 ごくり、と喉を鳴らして指を二本に増やす。それでも入ってしまったし、三本にしても同じだった。
 焦凍に舐められてすっかり勃起したまんまのちんこを挿れたい、と思ってしまう。同じ男なのに。



 ベッドに肩を押しつけて、両手でケツを広げて「指、も、いい。いれてくれ」と懇願されて、泣きそうだなと思うその顔に、折れた。「……どうなっても知らないよ」俺ってこんなにデカくなるんだな、と思う性器の先っぽをピンク色の入り口に擦りつける。
 そうやって、俺と焦凍の初夜は始まった。