オールマイトと塚内さん、校長先生によって説明された『第二次決戦の最終プラン』について協議されたその日の夜。
 セックスしないと寝ないとわがまま言う焦凍に、一回イったらおしまいという約束をして(結局三回イくまでシたけど)ベッドを軋ませ、ようやく満足して眠ってくれた焦凍を眺めていると、日付が変わっていた。
 セックスって全身運動をしたことで若干ぼんやりしている意識を凝らし、ベッド伝いに個性を展開すると、こんな時間なのに寮の共有スペースに人の形を見つけた。「……ああ」小さくぼやいて、なるべくベッドを揺らさないようにしながら下り、寝こけている焦凍の髪を撫でてから左の義手を持って部屋を出る。
 エレベーターを使って一階へ降りれば、ソファに一人座っている相澤先生がいた。
 ……先生とは、ちゃんと話をしないとならないと思ってた。
 あの戦いで失った右足は義足になっていて、右目は眼帯で覆われている。そんな先生が座っている横を抜けて「コーヒーいいですか。眠くて」「ああ。俺にも頼む」「はい」インスタントにはなるけど、やかんにお湯を入れて火にかける。
 人目を忍ぶようにしてこんな時間に寮までやってきた先生。
 話の内容は、なんとなく、わかってる。
 先生はふぅと息を吐くと、ソファの背もたれに寄り掛かった。
 オールマイトたちが話したプランについて、じゃあないだろう。それならみんなのいるところでいいはずだ。
 カップを二つ用意していると、背中から「調子はどうだ。」と何気ない声。「問題ありません。戦えます」つけている左の義手をぐっぱさせて笑う俺に、先生は深く溜息を吐いた。


「はい」
「俺がお前をヒーロー科に入れたのは、お前の個性の使い方が、あまりになってなかったからだ」

 静かな声に、棚から出したカップにインスタントの粉コーヒーをザラザラと入れながら苦く笑う。
 夏休み明け。あの頃の俺といえば、自分の左腕である義手を日常的に使うこともできていなかったし、紙飛行機一個を飛ばし続けるのでさえ熱を出す始末だったっけ。
 俺がサポート科でイジメられていたのを救い上げる形になったのは、あくまで副産物だった、ということだ。
 焦凍が俺を構うこと。サポート科でイジメられていること。この二点からヒーロー科に編入になったのかなってぼんやり思ってたけど、違った。相澤先生が俺を気にかけてくれたからヒーロー科に編入になったんだ。
 出来上がったコーヒーを持っていくと、受け取った先生が片手でぐっと俺の腕を掴んだ。強い力だった。

「もっと早くこの話をすべきだった。賢いお前は、すべてわかってて知らないフリをしていたな」
「……買い被りすぎですよ。俺はそこまで賢くは、」
「このまま個性を酷使すれば、お前の脳にかかり続けている負担が限界値を超える。自分でもわかっているだろう。
 お前の個性は、酷使していいものじゃない」

 静かな、どこか怒気を孕んだような声に、自然と視線が上を向く。
 焦凍、寝てるかな、と個性を伝わせていけば、ちゃんとベッドで寝ていた。
 聞かれてないな。よかった。

「俺は、お前の心はヒーローにはならないと思っていた。だからこそ編入させ、個性の使い方をマシにさせたあとは、適当に除籍にするつもりだったんだ。その頃にはイジメの件も下火になっていただろうしな」

 誤算だったよ、とぼやく声のあとに腕を離され、カップ片手に相澤先生の向かい側のソファに腰かける。「すみません。これは、俺も誤算でした」返して、カップのコーヒーをすする。苦い。
 夕方までオール・フォー・ワンやヴィランの捜索。寮に帰ったあとはオールマイトたちと作戦の協議に、ご飯食べてお風呂入ったと思ったら焦凍とセックス。
 だいぶ体力が限界で、すんごい眠くて疲れてるけど、この苦さで少しだけ醒める。
 俺と先生の誤算。それは、俺が人を好きになって、心がヒーローになってしまったことだ。
 轟焦凍とその未来のためならって、俺は自ら進んで個性を行使するようになってしまった。自分から動くようになってしまった。自分のためだけじゃなく、誰かのために、個性を使うことを憶えてしまった……。
 左手でカップを傾けながら、自分の右手をぐっぱしてみる。
 ちゃんと自分の右手だ。今は大丈夫。思ったとおりに動く。
 だけどときどき、全身に張り巡っているはずの神経がふにゃりと頼りなくなることがある。
 これはまだ始まりだろう。俺がこれまで酷使してきた神経が摩耗してきていることを示すサイン。
 苦いコーヒーをすすって意識を醒ましながら、考える。
 たとえばここで俺がすべてを投げ出したとして。焦凍は怒らないだろう。むしろ、俺の個性の状態を正直に告白したら『もう使うな』って怒って泣くかもしれない。っていうかたぶんそうなる。だから言ってないわけだし。
 たとえばここで、クラスメイトに全部を告白したとして。誰も怒らないだろう。
 ああいや、爆豪くらいは怒ってくれるかもしれないけど……みんな優しいから、俺のことを『ここまでよくやった』って言ってくれるんだろう。最後の戦いに参加できないと言ったとしても、後ろで応援するだけになる俺を、誰も怒ったりしない。
 それが。嫌なんだ。

「先生。ここで投げ出すことは、俺が、自分を許せそうにないんです」

「わかっています。焦凍を悲しませてちゃ、頑張る意味もない。それはわかってます。
 けど、ただでさえ人出が足りないこの状況だって変わらない。
 俺一人の力はそこまで大きくはないけど……全部懸ければ、オール・フォー・ワンに不意打ちするくらいはできるはずです。それが決めの一手にはならなくても、誰かのきっかけになれば、充分意味はある。
 打てる手は、一つでも多い方がいい。違いますか」

 暗闇の中で、先生は片目を眇めた厳しい表情をしてコーヒーをすすっている。
 オールマイトはトップヒーローだった人だから、俺のことより世界や大局を見据えてくれたけど。この人は違う。何せこの1Aの担任なのだ。
 ただ単に優しいという人ではないし、大局が見られない人でもない。ただ、今ここで、担任として、子供の成長を見守る先生として、俺のことを気にかけている。それだけ。
 二人してコーヒーをすすり続け……先生が先にカップを空にした。
 右足の義足を庇うための松葉杖を手にして立ち上がった先生は、「いいか。この戦いが終わったらお前は除籍だ。普通科へ行ってもらう」ぼそっとした声に苦く笑って「はい」と返す。
 つまり、戦っていいってことだ。良かった。

「俺に言えたことでもないが。くれぐれも無茶はするな」
「はい」

 カツ、カツ、と松葉杖をつきながら寮を出て行った先生に、遅れてカップを空にし、二人分のカップをしっかり洗ってきれいにしてから部屋に戻る。
 ベッドに行けば、狭いシングルを半分占領する形で焦凍が寝ている。
 ……バンドで固定していた義手を外して机に置く、右手の指が少しだけ痺れている。
 最近は必要時以外なるべく個性を使わないようにしててこうだ。次に全力で使ったらどんなことになるのかは、先生に言われなくたってわかっている。
 これまでは風邪だとか言って誤魔化してきたけど、もう寝込むだけじゃすまないかもしれない。
 俺の限界は近い。

「しょーと」

 俺が戦う理由を小さく呼んでみる。この程度じゃ起きないと思って。
 けど、愛ゆえか。焦凍は薄目を開けてぼやっとした顔で俺のことを見て、「」と腕を伸ばしてくる。小さな声だったのに、焦凍の意識には届いたらしい。
 ぎ、とベッドに膝をついて転がって、ぎゅっと抱き締めてくる焦凍のさせたいようにする。「トイレか」「うん。もう寝る」「ん」眠いんだろう、額に唇を押しつけてきた焦凍はすぐに寝た。
 すーと平和な寝息を立てる顔を眺めてから目を閉じる。
 コーヒー飲んだとはいえ、すっげぇ眠いや。
 明日はここを出ないとならないのに。セックスしてたから荷物作ってない。朝なんとか起きて、着替えとか、用意しないとな………。