オールマイトたちに第二次決戦の最終プランについて聞いた翌日の朝。
 はっと目を覚まして起き上がって、「やべぇ」ぼやきながらまだ寝ているを跨ぐようにしてベッドを下りれば、素っ裸だった。
 そういや昨日セックスして寝たんだった。さすがにさみぃ。
 適当なシャツとズボンを穿いて、適当なバッグを引っぱり出し、適当に着替えを放り込む。
 三日分あれば充分だろ。下着だけは多めに持っていこう。あとは寝間着。セックスにいるもんも多めに入れて。
 適当に準備していると、よく寝てたがようやく目を覚ました。寝ぐせ。「ぅ」「はよ」「うー。はよ……」なんかすげぇ眠そうだ。薄紫の髪がぴょこぴょこ跳ねててかわいい。

「ああ、ごめん。荷物の用意…」
「着替え適当に入れといた」
「ありがとー」

 眠そうにベッドを下りたに寄って行ってぎゅっと抱き締める。ぬくい。「こら、こら。用意」ぺしぺし腕を叩かれて仕方なく解放する。「スーツは着てくからいいだろ」「持ってきたいもんないの? 音楽とか本とか」「俺は別に。お前がいればそれでいい」「ソウデスカ」「ああ」お前がいれば無音でもいいし、ベッドしかないならそれはそれで都合がいい。
 けど。そうだな。白い防音材で囲まれたこの部屋をあとにするのは、少し、寂しいかもしれない。
 は着替えの他にも持ってきたいもんがあるらしく、もう一個バッグを用意するとせっせと何か詰め始めた。「予備のパーツと、自分でメンテする道具と……」ああ、そうか。腕の。必要か。
 工具とかをガチャガチャし始めたをベッドに座って眺めて、白い壁に接着剤で貼り付けた、いつかの誓約書を思う。俺の手書き、拇印も押した。
 あれ、外して、新しい部屋でも貼ってやりたいけど。接着剤だから破れるだろうしな。
 考えた末に、荷物の用意をしているの横で適当なノートを破り、ペンを借りて、あの頃とは違う今思うことについてを書き連ねていく。

「何してんの」
「ん。新しい誓約書」
「は?」

 眉を顰めたが、俺が小さくぎゅうぎゅうと書いてる文字を少し読んで、もっと眉間に皺を寄せた。でも頬がちょっと赤いな。かわいい。「いや、いらないよ。持ってかないよ?」「嫌だ。貼る」取り上げられないうちに紙を畳んで後ろ手に隠すと、は呆れたような顔を左手で覆った。

「あのさぁ。誓ってもらわなくても、もうわかってるから。そういうのいらないって」
「そうか。……じゃあ、あっちに行ったら結婚式しよう」

 今日俺たちはここ、雄英を出て、セメントス先生たちが超短期施工で作り上げたトロイアって仮設要塞に移動する。
 雄英バリアほど強固じゃないが、仮設要塞、ってつけられてるように堅牢になったハイツアライアンス。つまるところ新しい寮だ。
 これから待ってるのは最後の戦いだが、だからこそ、明るいこともしておきたい。
 顔を隠してたの左手がぶらんと力をなくした。あんまり驚いたんで個性が切れたんだろう。
 顔が赤い。かわいいな。それなのに狼みたいに俺のこと抱くんだもんな、と昨夜のことを思いながらほっぺたを撫でていると、の口がようやく動く。「なんで」「みんなに祝ってもらいたい」「いや……まだ未成年」「形だけでいい。結婚式がしたい。嫌なのか」ずいっと顔を寄せるとその分逸らされた。「急にそういうこと言われても……」別に急じゃねぇ。親父に結婚するって宣言してからずっと考えてたぞ。

(誓いの文書なんて今更で、お互い思い合ってて、セックスだって何回もした。俺はお前がいないと生きていけない。お前は違うのか)

 じーっと見てると、の左手が動いた。俺の前髪を銀色の指が梳いて「ちょっと切ろうか。邪魔だろ」「ん」目を閉じてキス待ちの顔(ネットで見て知った)をしてみると、吐息のあとにキスされた。やってみるもんだな。
 シャキン、とハサミの入る音に目を閉じたままでいると、ジャキ、という音のあとに「あ」と短い声がした。……失敗したのか。珍しい。
 おずおずと鏡を持ってきたに、確かに短くなりすぎてる前髪を弄る。「ついでに短くしちまうか」横とか後ろとかの髪を引っぱると、が悩んだように腕組み。「確かに前だけ短いのはバランス悪いけど…」「切ってくれ」ハサミを指すと、は口を真一文字にして真剣に俺の髪を切り始めた。
 耳にかかっていた髪はかかるかかからないかくらいの長さになって、首の後ろもスースーするし、前髪は眉んとこまで短くなった。そんな自分を鏡で眺める。こんだけ短いのは人生で初めてだが、鬱陶しくなくていい。
 はなんか複雑そうな顔で俺のことを後ろから横から前から眺めて、「えっと、これでいい?」自信なさそうな顔にこっくりと頷く。
 ……切っちまってからじゃ遅いんだが、重要なことを確認しとこう。

「この髪の長さの俺も好きか?」
「え、うん。スポーティー寄りにカッコよくなったと思うけど」

 よし。お前のこともよく見えるし、じゃあ何も問題ない。
 今までは、顔の火傷の痕のこともあって、髪は長めにしてたけど。お母さんとのことも、この火傷のことも、親父のことも、ある程度は自分で噛み砕けたと思う。この髪はその証ってことにしよう。
 
 朝ご飯をかき込み、みんなで片付けと掃除をして、また戻って来るはずの寮を出る。
 寂しい気持ちは止められないが、必ずまたここに戻って来る。そのために、今は行くんだ。
 雄英バリアの前で一般市民相手に「ありがとうございました!」と頭を下げる緑谷と飯田を見ながら、轟家の人間である俺はあまり目立たないよう端っこの方で大人しく事態の成り行きを見守る。
 ……雄英に避難している市民の中にも『オール・フォー・ワン派』はいる。その前提で、そいつらが動き出す前にこちらが動き、市民に無用な波風は立たせない。ってのが今回の移動の目的だ。

「焦凍」
「、お母さん」

 ぱっと顔を上げれば、姉さんと兄さんもいる。「あれ、焦凍、髪切った!? 短い」姉の指摘に前髪を引っぱって「ああ。似合うだろ」と言うと「似合うよー」と笑顔が返って来た。イケメンはなんでも似合うってが言ってたからな。

「燈矢のこと、頼むことになってしまって…」

 口ごもるお母さんの背中を姉さんが撫でている。
 隣でなんともいえない顔をしているの手を掴む。「ん?」「ん」ぐい、と引っぱってを前に押し出し、「大丈夫だ。俺にはがいるから頑張れる」轟家の、いずれ家族になる三人の前に立たされたは、その視線を前に誤魔化し笑いで逃げるかなと思っていた。それでもまぁしょうがない。今は顔合わせ程度でもって思ってたのに、は真面目な顔をして頭を下げて「焦凍くんの恋人で、です」「お」ハッキリ言うから俺の方がびっくりした。
 真面目な顔のまんま「できる限り焦凍くんを支えます」とかお母さんに向かって言うもんだから、なんか、俺の方が熱くなってきた。気がする。
 親父のときもそうだけど。勝手に言うときは言うんだよ、って。

「炎司さんにはご挨拶させていただいたんですが、遅れてしまって、すみません」
「おい
「今はまだ未成年ですが、将来的に、焦凍くんと添い遂げたいと思っています。本気です」

 ボッ、と左の顔から火が出た。「あぢ」飛びのいたに、何度も左手で顔を拭ってみるが、火が消えない。「〜〜、くそ」顔が熱い。顔だけじゃない。体がすげぇあちぃ。
 くすくすと笑う声に視線だけ向けると、母が笑っていた。
 燈矢のことがあってから浮かない顔をしてたけど、今は、笑ってる。「くん」「はい」「焦凍の髪、切ったの、あなた?」「あ。はい。あの、短くしちゃって…」「いいのよ。ありがとう」「? はい」……ガキの頃から、火傷を負ってから、それを隠すように、俺の髪はずっと長めだった。それがこんなに短くなって、俺がそれでいいって思った。その理由がだと、わかってくれている。

「焦凍をよろしくね」
「はい」

 お母さんと握手するが、照れくさそうにしながらもちゃんと笑っていたから。その顔を見てたら左の炎は自然と消えていた。
 が自分から俺とのこと話してくれて、それで笑ってるのが。すげぇ、嬉しい。
 ちょん、と腕をつついてきた姉がにこにことした笑顔になんでか涙を浮かべている。「良かったねぇ焦凍」「…うん」何がどう良かったのかわかんないけど、あの二人を見られたことは、すごく。良かった。
 兄さんは我関せずって顔をしてそっぽを向いてたけど、「まぁ、いいんじゃねぇの」と、これも何に対してなのかわからなかったが「うん」と返しておく。

「おーい二人とも! そろそろしゅっぱーつ!」

 芦戸の声に、がお母さんの手を離す。「それじゃあ、さようなら」「行ってきます、でしょう」「あ、はい。…行ってきます」照れくさそうに笑うの手を掴んで、俺もうつったかな、と思う顔で「行ってきます」と言うと、母はまた笑った。