何度目かのインターン。バーニンについて補佐することにも慣れて、街の把握にも苦労しなくなってきたその日。事件はないか、異常はないかと神経を張り巡らせていると、見知った存在を検知した。

(ん?)

 俺とパトロールの区域は違うはずなのに、焦凍だ。焦凍が氷結を使って滑りながらこっちへ向かっている。……その後ろにはエンデヴァーの火力がある。これは一体どういうことだろう。
 おばあさんの荷物を持って横断歩道を渡っていったバーニンに手でメガホンをして「なんかエンデヴァー来ますー!」と声を張り上げたところで、角から氷結が飛び出して、焦凍がやって来た。そのすぐ後にエンデヴァーも。「待たんか焦凍!」エンデヴァーが声かけてるけど焦凍はガン無視。
 俺たちが合流しないとならないほど面倒なヴィランが出た……ってわけではないというのは、氷を蹴飛ばして俺に抱きついて来た焦凍から察した。
 勢いありすぎて転倒したけど頭を打つことは回避して、したたか打ち付けた背中をさすりながらなんとか起き上がる。
 焦凍が。なりふり構わず俺の胸に頭をぐりぐり押し付けている……。

「ええと。何か、ありました。か」

 炎を消したエンデヴァーがうなだれるようにガードレールにもたれかかった。珍しく溜息を吐いている。「ヴィランの個性だ。アニマル化というらしい……」「ああ。なるほど」そのネーミングで納得してしまう。
 試しに紅白色の頭を撫でてやるとぱっと笑顔を浮かべられた。
 なんというか、屈託のない笑顔。曇り一つない笑顔。普段とは違うその笑顔に心臓がきゅってなる。
 尻尾や耳といった外見的な特徴はないけれど、焦凍の中身は今動物なんだろう。
 で、ヴィランの個性にかかったと思ったら急にどっかに行き出すもんだから、緑谷と爆豪、サイドキックにその場を任せてエンデヴァーは焦凍を追ってきた、と。
 俺に撫でられて満足そうにしている焦凍から手を離す。「えっと、俺を目指していたんだとしたら……どうしましょうか?」俺も焦凍もパトロール中だったけど、俺にすり寄ってくる焦凍を見るに、このまま連れ歩くってわけにはいかないだろう。焦凍の人権的にも。
 エンデヴァーが悩まし気に眉間に皺を寄せて「焦凍」と呼びかけるも無視。仕方ないので俺が両頬を挟んでそっちに顔を向けさせるとわかりやすく歯を剥いて「ううう」と唸った。犬っぽい。
 エンデヴァーはまた一つ溜息を吐いた。

「まだこれから捕らえたヴィランの調書を取る。この個性がどの程度のものなのかも今のところ判断がつかん。よって
「はい」
「俺の、轟の家で焦凍の面倒を見ろ。それなりに広いから逃げることもなかろうし、お前がいれば大人しいようだ」

 俺にべったりくっついて離れない焦凍を見て複雑そうな顔で言われてしまうと、俺は苦笑いで「わかりました」と頷くほかない。
 そんなわけで、アニマル化の個性……この場合、たぶん犬。になる個性をかけられてしまった焦凍を連れて、轟の実家までタクシーでやって来た。
 何度見てもデカいなぁと思いつつ、立派な日本庭園を抜け、預かった鍵で玄関の施錠を外して「お邪魔しまーす」誰もいないのは知ってるけど一応挨拶しておうちに入る。
 焦凍がふんふんと鼻を鳴らして、見知った場所だということをにおいで感知したんだろう。警戒を解いて家に上がろうとするのはいいんだけど靴のまま。「焦凍」呼べばピタッと止まってこっちを振り返る焦凍のなんか期待に満ちた目が痛い。
 ヒーロースーツの白いブーツを脱がせて「はいどうぞ」と背を押すと、気の向くままにふらふらっと歩き出す。
 俺にとっては勝手知ったる家というわけじゃないから、広い家の中でまずはキッチンを探した。何気にお昼なのである。お腹減った。
 彷徨った結果、洋間のキッチンを発見。「ちょっと物色します」断ってから棚を開けたり冷蔵庫を覗いたりする。
 普段は焦凍のお姉さん、冬美さんが家事をしてると聞いてるから、色々整頓されてるな。

「わう」
「ご飯ね。ちょっと待って」

 シンクの上の棚を覗くと蕎麦が出てきた。さっきも蕎麦あったな。蕎麦多い。
 なんかもう蕎麦しかないな、常備されててすぐ作れそうなもの。ご飯炊いたり肉焼いたりっていうのは手間だし、使っていいのかも遠慮しちゃうし。蕎麦でいっか、焦凍好きだし。
 デパートに置いてありそうな上等なプリントのされた蕎麦の袋を揺らして「お昼蕎麦。どう? 食べる?」「わん!」はい、元気なお返事で。
 尻尾があったらパタパタ振ってるんだろうなぁと思いながら、俺にべたっとくっついて蕎麦を茹でる様子を見てる焦凍の頭を撫でる。
 アニマル化の個性が具体的にどういうものなのか、ここまで一緒に過ごしてきて少しわかってきた。
 たとえば、プリンとスプーンを渡せばスプーンを使ってプリンを食べる。つまり、動物的にではなくあくまで人間的に食事をする。トイレも同様だと思う。犬みたいにじゃれついてくるし犬みたいに鳴くけど、基本的な行動は人間のそれなのだ。
 袋の通りに作って冷水でしめた蕎麦をよそって、薬味のねぎとつゆを食卓に並べると、いただきますと手を合わせて、箸を使って蕎麦を食べる。……そこだけ見てると何かの個性にかかってる、なんて思えないけど。

「おいしい?」

 訊ねた俺に、焦凍は満面の笑みで「わう」と答えるわけだから、うん、個性にかかってる。屈託のない笑顔かわい。