兄から話を聞いた三日後。
 いつものように街のパトロールをしていると、見知った姿を三つ見つけた。
 緑のもしゃっとした頭の緑谷、騎士っぽい鎧を着ている飯田、魔法使いのような杖を持っている、髪の色からしてたぶん麗日。ウチの領地内の窃盗団を捕らえてくれた三人だ。
 話に聞いていたとおり、魔王の情報収集をしているんだろう。街の人間に声をかけている姿を遠目から眺め、馬を降りる。「焦凍様?」「今日は徒歩で帰る。ナーヴは連れ帰ってくれ」適当な衛兵に愛馬の手綱を渡し、聞き込みをしているんだろう三人のもとへ。

「なぁ」

 声をかけてみれば、振り返った三人は、やっぱり知った顔だった。
 緑谷。飯田。麗日。懐かしさすら感じる、かつてのクラスメイト。
 俺にとってはそうでも、三人にとってはそうじゃないってのは俺を見る表情でわかる。「隣町では窃盗団を捕まえてくれたんだってな。協力感謝する」軽く頭を下げ、自分がこの領地を治める轟家の人間であることを説明し、『礼がしたいから今晩の食事と宿の手配をする』と言うと、ものすごく遠慮された。が『俺も魔王のことで話があるから』と言うと困った顔のあとに頷かれた。
 よし、とりあえずアポは取った。
 このまま適当なレストランに入って話をしてもよかったが、どうせも聞くことになるんだ。二度手間になるより、一緒にいたがいいだろう。
 夕刻に鐘が鳴ったら広場の噴水で、と約束し、緑谷たちといったん別れる。
 その足で城に戻り(馬じゃないからかすげぇ声をかけられて何度も足を止めた)、昼も過ぎた遅い時間に帰城すると、が扉の前で俺のことを待っていた。
 もし俺に動物の尻尾と耳があったら、嬉しさでわかりやすく反応していたに違いない。


「おかえり。遅かったね」
「ん。色々、声かけられてた」
「そっか。俺はお腹空いたから先に食べちゃったよ」
「……ちゃんと食べたか?」

 じろ、と睨むと曖昧に笑われる。「使用人の食事だから」「……母さんたちと食べていいって言ったろ」「いや。居づらいよ…」眉間に皺を寄せたままの腰を掴む。
 まだ全然細い。お前は少し太るくらいがちょうどいいんだから、使用人の飯じゃ腹は足りても太らないだろう。
 細い腰で軽い体重のを抱え上げ「ちょ、下ろして」「嫌だ」見張りが見ている前でキスして黙らせながら開けられた扉をくぐって中に入り、適当な人間に「昼はもういらねぇから、おやつにしてくれ。二人分を俺の部屋に」「畏まりました」頭を下げたメイドを残し、を抱えたまま階段を上がって自室に戻る。
 大人しいを揺り椅子に下ろすと、なんかまた赤い顔をしている。かわいい。

「焦凍さぁ」
「ん」
「それでよく俺に抱かれるよな」
「好きな奴に抱かれてんだから、別に変じゃねぇだろ」

 ……あの頃、『男を捨てるつもりはない』ってお前が言ったから、じゃあ俺が女役になるからセックスしようってなって。それが今も続いてるだけだ。それはおかしなことだろうか。
 首を傾げて「俺は、妊娠してでもお前の子供が産みたい。お前との愛の結晶ってのが欲しい。変か?」が嫌なことを強いるつもりは前世でも今でもない。お前が突っ込む方がいいって言うなら俺が足開くし、子供を産むっていう身体的な負担は俺が請け負う。
 お前との愛を形にしたい。そう思うのは変なことだろうか。
 じっと見ていると、は深く吐息して左手で顔を覆った。……照れたときに表情を隠そうと、いつもそうやって義手を顔にやってた。憶えてる。「違う。ごめん。変じゃない。俺が、お前の愛に応えられてないだけだ」椅子に寄り掛かってキイキイと揺らし、それきり黙ってしまう相手に唇の端で少しだけ笑う。
 俺のことを一生懸命考えてくれてるわけだから、これはこれで前進しているのだと思う。
 焦っちゃ駄目だ。
 ゆっくり幸せになる。そう決めたじゃないか。
 その後、運ばれてきた二人分のおやつ(今日は洋ナシのタルトとハーブティー)を食べ、夕飯はいらないことを告げてから夕方、鐘が鳴る前に城を出た。
 いつもは白いシャツに黒いベストとパンツという使用人のシンプルな格好をしてるだが、今日は俺が用意させておいた服を着させた。
 俺とお揃いの青い生地(耐火仕様)はカーディガンで丸いボタンで留めるタイプ。下には襟のある白いシャツで、シャツ全体に薄く小さく轟家の家紋の刺繍を入れさせて『手を出したら殺す』アピール。ズボンは少しパリッとした生地で、カーディガンのゆるっとしたシルエットとバランスを取った。
 靴だけは履き慣れたものをと革靴のままだが、旅に出るんならもっと歩きやすい靴の方がいいだろう。
 靴は城だと作るのが難しいし、靴屋に行って買った方が用意が楽だろうな。このあと開いてたら寄ってもいいかもしれない。
 俺がガン見しながら歩いていると、着慣れない服を振り返ったり弄ったりしていたが眉間に皺を寄せて俺を見返した。「お前が着ろって言うから着たんだけど」「ああ。似合ってる」「あ、そう……」白い髪をふわっとさせながら顔を逸らした相手に自然と口元が緩んでいる。照れてんのかわいいな。
 手を繋ぎたいのを我慢しながら緑谷たちとの待ち合わせの場所に行くと、もういた。「轟くーん!」手を振っている緑谷に片手を挙げて返し、三人のもとへ。
 このメンツとは初めての顔合わせになるの背を叩いて「だ。俺の世話役」恋人だと言いたいところだが、話の脱線を避けるために今は伏せておく。
 今日はも同席することを話し、予約しておいたパブ式のレストランに入る。「焦凍様、ようこそお越しくださいました」「ああ。奥の席は取ってあるか」「もちろんでございます。ささ、どうぞ」恰幅のいいシェフに案内されるまま、賑わい始めているパブの一番奥、他の客席とカーテンで区切れる席へ。
 には奥に行ってもらい、俺がその横。向かい側に緑谷、飯田、麗日が座る。

「二度目になるが。窃盗団の件では助かった。ありがとう」
「や、や、できることしただけだし。ね、デクくん」
「うん。困ってるみたいだったし、放っておけなくて、僕らが勝手にしたことだから。気にしないで轟くん」
「今日は夕食をご馳走してくれるだろう? こちらはそれで充分だ」

 うんうんと頷く三人に、ちら、と隣に視線を投げる。はメニューの文字を睨みつけて読むことに一生懸命だ。「もう決まってるもんがくる」「えっ」「飲み物だけ選べ」「えーっと…」団体客ってのはだいたいそんなもんだと、は知らないか。
 そういや、は外で食事とかしたことがなかったな。わからなくて当然か。
 どれがどういう飲み物かを教えていると、向かい側から視線を感じた。……俺の世話役って説明はしたが、今の状況だと、俺が世話焼いてるしな。変に思われるのも仕方ない。

「じゃあ、えっと。炭酸。の。ペリエ?」
「甘くないぞ」
「ご飯とだからそれでいい」
「ん。緑谷たちは決まったか」
「うん。えっとね……」

 ちょうどいいところにオーダーを取りにきた人間に飲み物を五つ頼むと、入れ替わりでサラダと揚げたポテトが運ばれてきた。
 ここで世話役の立場を思い出したのか、五人分の取り皿にサラダとポテトを取り分けて「どうぞ」と並べていく横顔をぼやっと眺める。
 パブの落とし気味の照明の光の下にいる。こういうのもいいな。

(なんか。耳とか、首とかにも。俺のものだって印があった方がいいな。シャツの刺繍だけじゃ足りない。カフスとか、ネックレスとか、なんかつけさせよう)

 ゴト、と置かれた皿を前に視線を食事に戻せば「おまちどうです!」と飲み物が運ばれてきた。他にも客はいるが、俺が来たことで優先順位を変えてるんだろう。早い。
 生き渡った飲み物のカップを手に掲げ、「それじゃ、えっと、盗賊団のことはありがとうございました」ぺこっと頭を下げた律義なの乾杯でカップを突き合わせ、ぺリエを一口飲む。……まぁ、ちょっと雑味がある気がするが、こんなもんだろう。あの頃と比べてちゃいけない。
 炭酸自体が初めてだからか、は口に手をやって目を白黒させている。「それが炭酸だ。口と喉がシュワシュワする」「、へぇ」驚いた顔はしてるが、嫌いではないらしく、もう一口飲むと感心したようにカップを揺らした。
 そこからは、緑谷たちの旅の話を聞いた。
 緑谷は昔オールマイトに会ったことがあるんだとか。住んでいた町で『魔王の封印が解かれた』という話を聞いただとか。窃盗団を捕まえた町の近くはマモノが活発化していて、中には喋るマモノもいたとか……。

(喋るマモノ)

 俺から言うなら。より人間に近いモノ。
 今この時代に生きている普通の人間は、マモノと呼ばれる異形がかつては人間だったということを知らない。人の個性としてその異形もあった、ということを知らない。
 倒したら喋らなくなってしまったマモノから情報は引き出せなかったらしいが、こういう強くて賢いマモノを探していけば、自然と魔王への道も開けるんじゃないか……。そう語る緑谷から視線をずらす。隣ではが運ばれてきたフライドチキンを頬張っている。

「その魔王退治の旅だが。俺とも同行させてくれ」
「えっ!?」

 三人の驚いた顔を見ながらフライドチキンをかじる。
 揚げたては確かにうまい。衣はサクサク、中はふっくらした肉。ハーブが効いてて臭くもない。

「仮に魔王が本当に復活したのだとしたら、誰かがトドメを刺さないとならない。そのための旅路なら、メンバーは多い方がいいだろ」
「それは、僕らはとても心強いけど……」
「だが、君は領主のご子息だ。街を離れるのはマズいのではないか?」
「もともと離れがちだった。問題ない。それに、どうしても世界を平和にして、やりたいことがあるんだ」
「やりたいこと、って?」

 ぶち、と肉を食いちぎって、城にいるとできないワイルドな食べ方ってやつをしながら隣でポテトをつまんでいるを示して、「と結婚したいと思ってる」「ぶふっ」サラダを食べてた麗日が思わずという感じで吹き出した。
 世話役なんて詭弁だと、俺の態度で三人は気付いていたろうが。緑谷も飯田も驚いた顔をしている。「え、けっ…!?」「結婚!?」人前で暴露されることにもくっつかれることにもだいぶ慣れたのか、諦めたのか、はすまし顔にちょっと呆れを混ぜている。でも頬は赤い。また照れてる。
 領主である轟家の人間の一人が結婚するともなれば、街は総出で祝うだろう。が、今はそういう気の抜ける時代ではない。
 俺としては、子供だって産むつもりだし、とのことは大々的にやりたいと思ってる。だから世界が不安定な今このときに結婚するのは違う、と思う。
 世界が平和になって、ちゃんと気を抜いてもよくなったときに、馬に乗って街を練り歩きながら式がしたい。花道で、たくさんの人に囲まれて、俺とのことを祝ってほしい。
 そういう未来のために戦いたい。以前は倒せなかった宿敵に今度こそトドメを刺したい。

「好きな奴と平和を享受して生きたいんだ。俺はそのために戦う」
「え、と……じゃあ、くんは、戦えるん?」
「いや。離れがたいから連れてく。俺が守る。迷惑はかけねぇ」

 麗日がアツアツやねぇとこぼして緑谷と飯田と顔を見合わせる。
 赤い顔したがペリエを呷ってごくごく飲み干し、二本目のチキンにかぶりつく。「サラダも食え」栄養的に気になったから空になってる器にサラダをよそってやる。
 ちら、とこっちを見上げてくる色素の薄い目に俺が映っている。
 紅白の頭。生まれたときから顔の左側にあった痣。
 人から言わせればイケメンだというこの顔を、も好いてくれてるだろうか。「なぁ」「ん」「俺のこと好きか」ちら、と三人に窺う目を向けてからこくんと頷くが無理をしているようには見えなくて、少し、安心する。
 俺だけに昔の記憶があって、俺ばっかりが好きだっていうのは、ほんの少しだけ、辛いこともあるから。少しでも好きを返してもらえるのは嬉しい。
 ほっぺにフライドチキンの油がついてたから舐め取り、そのまま頬をくっつけて三人の返答を待つ。
 まぁ、答えはわかりきってはいたんだが。

「轟くん、くん」

 緑谷の声に向かい側に視線を投げると、三人は揃って頭を下げていた。「これから、よろしくお願いします!」「おお。こちらこそ、よろしく」が慌てたように頭を下げて返したから、俺もなんとなく頭を下げておく。
 こうして俺とは緑谷たちと魔王退治の旅に出ることが決まった。