朝、よりも早い時間帯。まだ暗い部屋の中でふと目が覚めて、手を彷徨わせてコツンとした硬い感触を引き寄せ、携帯の画面をつけると、まだ五時だった。
 ぼやっとした頭で、最小限にした画面のライトで隣にある体温を照らす。
 。俺のすべてである人が眠っている。眉間に皺を寄せて、ちょっと苦しそうだ。嫌な夢でも見てるんだろうか。
 手を伸ばして眉間の皺と、荼毘が、兄が作った小さな火傷の痕をそっと撫でながら、今日か、と、ぼんやり考える。
 今日、俺たちはオール・フォー・ワンと決着をつける。
 俺は、荼毘と。燈矢兄と決着をつける。
 は一緒には来ない。炎を扱える俺でも灼ける高温、親父以上の火力を使ってくる荼毘との戦いには無力だ。本人曰く、無力どころか、逆にお前の弱点になりかねないからと、まず一番に俺と自分との戦場の区画を別にすることを提案した。
 そこまでは納得できた。俺も、ただでさえ安定しない燐に、のことも気にかけなきゃならない、ってのは悔しいけど無理だ。にはどこか別の戦場で、後方支援として、できることをしててもらいたい。

(だけど。なんで)

 空っぽの左腕の袖を掴んで握り締める。
 が俺と荼毘のところに来るのは無理だ。それはわかってる。
 だけどなんで親父のところなんだ。ホークスのところなんだ。オール・フォー・ワンがいるところなんだ。

『言ったろ。後方支援だよ。オール・フォー・ワンには個性を奪う力がある……そのことを考えると、アイツとやり合えるのはエンデヴァーとホークス、少数精鋭の実力者だけだ。
 ただでさえ相手は強敵。そこに敵からの支援を混ぜるわけにはいかない。そのために、地上でやり合う人間が必要なんだよ。なるべく多くね』

 いつものやわらかい笑顔で、言い聞かせるみたいに、俺の不安定な燐の炎を撫でながら、何度だって説明された。それでも納得できなかった。死柄木、オール・フォー・ワン、二人がいる場所が激戦区になることは誰だって予想ができる。後方支援だって安心なんてできない。
 今回の戦いで楽な戦場なんてない。それだってわかってる。……わかってるけど。
 じっとその寝顔を見つめていると、携帯の光が眩しかったのか、瞼を震わせたが薄目を開けた。「なに……なんじ…」「五時、過ぎたところ」「ねれるじゃん……まだまだ…」「ん」携帯を放り出してのことをぎゅっと抱き込み、目を閉じる。
 その体が震えている気がして額に手を当てると、少し、冷たい気がした。「? どうした」「いや……さむけ」二人で引っ付いて寝てるとはいえ、まだ春先だ。俺が撫でたり動いたせいで冷たい空気が布団に入ったのかもしれない。「あっためる」左の温度を上げながら頭まで布団を被り直し、のことをあたためる。
 最終決戦に備えてなるべく個性の温存をしているとかで、は義手をつけない。おかげでいつも左腕は空っぽで、空の袖が揺れる度に、俺の胸は疼く。

「まださみぃか」
「だいじょーぶ。……りんの、ちょうし、どう」
「相変わらず、安定はしない。けど、入れ直すのは前より早くできるようになったと思う」
「そっか。がんばれよ、しょーと」
「ん。は、無理するなよ。絶対だぞ」
「はぁい」

 笑った声がなんだか空っぽな気がして、抱き締めている体温に視線を落とすと、もう寝ていた。
 ……俺ももう一眠りしよう。睡眠は大事だ。
 そうやってもう一度眠って、次に目が覚めたときは朝だった。
 決戦の朝。いつも通りにクラスメイトと朝食を食べ、ヒーロースーツに着替え、『今日も懲りずに見つからないオール・フォー・ワンとその手下を捜しに行く』という体を装って仮設要塞トロイアを出る。
 俺たちに協力すると決めた青山が緑谷に電話をかけ、指定の場所に呼び出せば、作戦はもう開始されたも同然だ。
 物間がコピーした転送の能力。これを使ってその場にいない俺たちがオール・フォー・ワンの元に集う。プロ、学生含め、戦う意志のある者すべてが集結する。
 死に装束みたいな白い服を着てる燈矢兄が放った灼熱は俺の氷で相殺した。「させやしねぇよ。馬鹿兄貴!」オール・フォー・ワンが呼び出したヴィランの数は多い。この場所で乱戦を始める……そんなふうに思わせる、これは作戦だ。
 ヴィランの数は圧倒的で、ヒーローの数は少ない。個性のこともある。ここでまともにぶつかりあったら負ける。
 だから、システム誘導牢で数秒だけ敵を分断。分断した敵に割り当てられたヒーローと学生が集い、物間の力で目的地へとワープさせる。
 稼いだ数秒。その間に薄い紫色の髪を捜す。
 親父と一緒にいるはずの姿を捜して………そんな場合じゃないのに、ワープゲートに消える前に見た笑顔に、俺は、さようなら、の言葉を見た。

(あ?)

 黒いゲートに呑まれながら、手を伸ばしたところで、届かない。
 。なんだか。泣きそうだった。

(なんだよ、その顔)

 そりゃあ、これから始まるのは正真正銘、日本を懸けた、ヒーローとヴィランのすべてが揃う合戦だ。戦争だ。この戦いで日本の、いや、世界の未来が決まる。その重圧はプロほど重くのしかかかっているだろう。
 だけど今のはそういう怖さやプレッシャーからくるものじゃなかったように思う。
 神野区。オールマイトとオール・フォー・ワンが戦い、辛くも勝利したその地には、オールマイトの像が立っている。長くヒーロー界を導いた象徴。それにかかっている『ヒーローは死ね』という文字の書かれた看板を睨みつけ、深く息を吸い、吐き出す。
 目の前には荼毘含め、多くのヴィランと脳無、対荼毘のために集った熱に強いヒーローたちがいる。
 荼毘の。燈矢兄の熱は親父以上。止めるには俺がきちんと燐を発動し、炎を中和し。今日この日のために練ってきた氷の大技をぶつけるしかない。
 もう気は抜けない。目の前のことに集中するしかない。それなのに。
 さようなら
 ワープゲートに入る寸前、が口にした言葉がそれな気がして。俺は唇を噛み締め、理性を総動員して、泣きそうだったあの顔を思考の片隅に押しやった。