ぱち、と目を開けると、目の前にイケメンがあった。

「わ……」

 思わずこぼすと、その声で眠りから醒めてしまったらしい相手が色の違う瞳を覗かせて僕の方を見て、笑う。「はよ」「ぉ。はよう」他の誰にも見せてないと知ってる、僕だけに見せるやわらかいその笑顔に朝から心臓がドキドキとうるさい。
 伸びた腕に抱き寄せられて、筋肉があって立派だなと思う胸板に顔を埋める形になる。筋肉って案外やわらかい。「ねみぃ」「ねたら。ぼく、おきる」「なんで」「……しんぞうにわるい。から」ポツリと呟くと、ふっと笑った声がした。それから耳元で「何がだ」と囁く艶っぽい声。
 紅白色の髪をした轟焦凍という人のところに来て、これで半年になる。
 富士山が噴火して、そのときどうも家や家族や記憶すら失ってしまったらしい僕は、現在、轟としてこの人のもとにいる。家族、として。「だから、その。しょうとが」太ももの間に割り込んでくる膝が。股まで擦り上げてくる。これ、絶対、誘ってる。
 僕らは家族だ。家族のいない僕を焦凍が引き取ったから、世間的にはそうなっている。
 だけど血は繋がっていないわけで。
 家族、なんてのはうわべだけで、僕らはまるで恋人同士がするような色々なことをしている。たとえば、昨晩もしたセックスとか。
 焦凍のふとした表情に、こうして体を刺激されることに、どくどくとうるさい心臓。
 これは恋なんだろうか?
 これは愛なんだろうか?
 そんなことすら、記憶を忘却してしまった僕には判断ができない。

「今日は休みなんだぞ」
「そう言って、昨日もシた」
「ヒーローは丈夫なんだ。朝からもう一回シたって平気だ」

 耳たぶを甘噛みしてくるのと囁く声が背筋をぞわぞわさせる。「なぁ、ここにくれよ」焦凍の大きな手が僕の手を握ってお腹をさすらせる。ここに届くものをくれと乞われる。
 焦凍は結構性欲がある。加えて、僕も性欲がある。
 なので。こういう空気の流れができてしまうと、自然とキスして舌を絡めて、やることやり始めてしまう。
 これが恋でも、愛でも、結局やることは同じになってしまう。

「焦凍はえっち」
「お前もだろ」
「うん。えっちするの好き」
「ん。俺も」

 僕は髪が白くて、なんだかお年寄りみたいな色をしてて、それから、体が小さい。病院で計測した肉体年齢は焦凍と同じくらいなのに、見た目は十五、六歳くらいの小柄な高校生にしか見えない。
 そのくせ僕の性器は大きいらしく、しっかり慣らさないと、焦凍の中に入らない。体の栄養分をこっちに全部吸い取られたのかなって思うくらいだ。おかげでいつもこう、チンポジ的なものに苦労する。
 と、いうか。僕が焦凍を抱くというのはどうなんだろう。普通は逆じゃないだろうか。そんなことを思いながら唇を寄せて舌でこねるだけで硬くなっていく乳首で遊ぶ。
 僕と焦凍の歳は同じくらいなのに、僕は子供みたいな見た目で、焦凍はイケメンの大人。
 そんな大人を喘がせるのはなんともいえない背徳感があって、今日も顔見ながらしたいなとおねだりして、指が三本しっかり入るまで慣らした孔に、正面から挿入する。「ァ、ぅ」少し苦しそうにしながらも、他の誰にも見せない焦凍の耐えてる表情を観察しながら乳首を指でつまむ。小さいのにピンと尖っててかわいい。
 イケメンなのにかわいいなんてズルいよな、と思いながら乳首をぎゅうっとつねると大人の体がびくりと跳ねた。焦凍の性器から透明な汁が垂れてる。
 この半年で。正しくは、僕が性欲ってものを自覚して、どうしたらいいのかを相談して、俺とすればいいだろというとんでもない提案をされて、でも結局承諾して以降、僕の手で開かれていった体を指でなぞる。
 乳首の乳輪、大きくなったね。すぐに硬くなるし、ぎゅってつねっちゃうのに弱いよね。

「イっちゃった?」
「ぅ、るせ」

 きゅうきゅうと締め付けてくる入り口をわざと出たり入ったりして刺激して、腰が揺れてるな、と思いながら、その腰を押さえつけるようにしてずぶずぶと自分の大きいものを埋めていく。
 コリッとした感触のある場所を擦ると焦凍の体がまた跳ねた。「は、ァ、そこ」「うん」コリコリしている場所を擦りながら、たまに抜けそうになるくらいに体を引いて、コリコリしてる場所を抉って。その繰り返し。
 それで焦凍の体が気持ちよくて解れてきたら、まだ半分しか入ってない僕が気持ちよくなる番。

「潮吹いて」

 さっき囁いて返された仕返しをしながら、限界まで体をくっつけて、ずる、と抜ける寸前まで自分の大きいのを引いて。
 期待と不安の熱で揺れている焦凍の口を自分の口で塞いで、奥まで、一気に、抉るように突き込む。
 焦凍の気持ちいところをごりゅっと抉って、さらにその奥へと、閉じた抵抗を感じる場所に自分の先端を押し込む。「〜〜ッ!」プシュッ、と焦凍が透明な汁を吹いた。
 ……焦凍の中はあったかい。ぎゅうっと包み込まれているこの感覚がとても好きだ。
 ガクガクと痙攣している腰を押さえつけながら少し奥をノックして、もう一度最初から。前立腺を擦りながら抜ける限界まで腰を引いて。「あ、ャ、め」まだイってるんだろう、痙攣している焦凍の中をさっきと同じように奥まで抉る。遠慮の欠片もなく。それで悲鳴みたいな声を上げた焦凍がまた潮を吹いて、中がきゅうっと締まるのが気持ちいい。

「ぉ、ぐ、らめ、ら……ッ!」
「どうして? 好きでしょ?」

 ぷちゅ、と焦凍の奥に先っぽを入れて、とろとろと透明な体液を漏らし続ける焦凍の乳首を指で転がす。「あ、いっしょ、だめ。らめ……ッ」「うん」駄目と言われるとしたくなっちゃう。
 何度も何度もそんなことを繰り返していると、世間で知られている焦凍のイケメンというのは蕩けた女の子のような顔になって、甘い声で鳴いて、、と僕のことを呼ぶ。
 気持ちいことしか考えられない、熱を帯びた声。潤んだ瞳。閉じられない口からこぼれるままの唾液を舐め取りながらキスをして、ちゅくちゅくと水音を立てながら舌と舌を絡め合う。
 そんな熱烈な目覚めだったので、僕は朝から疲れてしまった。だって、焦凍の方が体力があるから。そんな焦凍が満足するように抱くのって大変なんだ。
 ついさっきまであんなに蕩けた顔で僕に縋っていたとは思えない、エプロンをして普通にご飯を用意している背中を眺めて、テーブルに頬をつけて目を閉じる。

「今日は、何をするんだっけ?」
「ジムに行く。食料品その他の買い出しをする。登山用品の下見」
「あー。ジムぅ」
「……今日でなくてもいい。月で契約してるもんだし、好きなときに行けば」
「うん。今日は朝から疲れた。焦凍のせいだよ」
「セックスで疲れてるようじゃ、富士山登れねぇぞ」
「うぐ」

 そうだった。
 今はまだ立ち入りが規制されているから無理だけど、僕はいつか富士山を登頂したいんだ。だからそのために体力と筋力をつけること目指して、週に二日のジム通いを始めた。
 富士山に登頂する。その理由は、ない。だけど登りたい。いや、登らなくちゃ、という気持ちがずっとある。それがなぜなのかはわからないけど。
 ヒーローショートは充分な収入のある人で、僕は働かなくていい。らしいので、その自由な時間で、ボランティアでゴミ拾いをしたり、神社にお参りに行ってみたり、気が向くままに色々なことをしている。
 僕はそういう自由人だけど、焦凍はそういう僕がいいのだという。

「焦凍はどうして、僕を拾ったの?」

 何度か聞いてみてはぐらかされっぱなしのことを、オムレツを食べながら訊いてみると、「運命だな」……今日もはぐらかされた。なんだよ、運命、って。イケメンが真顔で言ってなきゃ笑い飛ばせるのに、至極真剣な顔で言われると。はぐらかされてるのか、それとも本気なのか、わからなくなってくる。
 そろそろ僕も調理を憶えないとな。なんて思いつつ、オムレツとサラダとジャムを塗ったパンの朝食を平らげてごちそうさまをし、洗い物は僕がしておいた。
 富士が噴火して半年。
 俺がを保護して轟としてから半年が経過した。
 病院で一通りの検査をしたが、赤い龍が言っていたような近親相姦の子供であるのかどうか。それ故に負うリスクがあるのかどうか。これまで人身御供として死に続けてきた体によくない影響はないかどうかなどを調べたが、俺と同い年ぐらいなのに体が小さいままだということ以外はとくに気になる点はなかった。
 最後。何か、白い龍がの中から回収していった種のようなもの。おそらくあれがを人身御供として繋ぎ止めていたものだったんだろう。それがなくなった。だからは五歳児くらいの子供から、時を止められていた分、急激に、男子高校生くらいまで成長した。そういうことで自分の中で(まぁまぁ無理矢理に)納得している。

「お集まりいただきありがとうございます。ショートの弟のです」

 悪い人間がいたら即つけこまれそうな人の良い笑みを浮かべて、ヒーローショートが参加するボランティアのゴミ拾い活動開始の挨拶をする。その曇りのない眼を守るためにぽんと白い頭に手を置いて「さっそく始めましょう。お渡しする袋をいっぱいにしてもらえたら、あとで俺と握手できるので、よろしくお願いします」キャー、と上がる黄色い声に営業スマイルというやつをなんとか浮かべるが、維持が、難しい。口の端が引きつる。
 燃えるゴミ、燃えないゴミ、資源ごみ。その他各種袋を配って、一袋を目途に、俺との握手を報酬として提供。加えて、参加回数が二桁になったら、俺とツーショットの写真が撮れる。など、ボランティアに参加した特典は目下考え中だ。
 さっそく軍手をつけて転がってる瓶を袋に入れたは嫌な顔一つしていない。むしろ、なんか、嬉しそうだ。
 ………病院で目を覚ましたは、記憶の一切をなくしていた。
 自分が人身御供として長年苦しんだことも、あの白い龍のことも、穢れのことも、祈りのことも、何もかもを忘れていた。
 それでも『富士山に登りたい』とか言い出したときには驚いたが、噴火の影響で、あそこはまだ立ち入り禁止だ。
 だからまずはジムに通って体力筋力をつけることを提案したし、『ボランティアで地域のためになることがしたい』と言うから、前々から計画してたヒーローショートのボランティア活動に家族として参加させたり、以前の面影、のようなものを感じることは多々ある。
 白い龍は。おそらく、に人間として生きることを望み、不必要だと判断したものをすべて持っていったのだろう。
 だが、それでも、がこの星や自然を慈しむ優しい人間であることに変わりはなかった。機嫌良さそうにゴミ拾いをしてるのがその証拠だ。普通はもうちょっと面倒くさがるぞ。

「ご協力、ありがとうございました」

 俺はヒーローショートとして、ボランティア活動に参加してくれた人と握手。隣ではがぺこりと頭を下げる。
 ヒーロー活動はもちろん忙しいし、休みの日を削る、って形にはなるが。もやりたがるし、俺も、龍と約束した手前、やれることはやる。街のゴミ拾いなんて小さな積み重ねでしかないが、やらないよりはいいはずだ。
 集めたゴミの方と俺たちとで写真を撮り、今日はこれだけのゴミが集まりました、とツイッターに報告すれば、鬱陶しいくらいのいいねとRTの通知が来る。切ってはあるがこの瞬間がいつも煩わしい。
 が、それだけ自分の行動が他人の目に留まり、ただ賛否するだけではなく、思考を促し、行動する力へと変えられるなら。コレにも意味はあるはずだ。
 はすっかり俺のマスコット的な扱いになっているが、それも仕方ない。本人がそういう、男女受けするあざとい自分を服装から演じてるから。『その方がたくさん人が来てくれるかも』って。

「……今日のソレはきわどいからやめてくれ」

 スカートではないにしても、本当に短い短パンに、丈の長いかわいいデザインのパーカーのフードを取りながらぼやくと、白い髪を払ったがきょとりと不思議そうに首を傾げる。「どこが?」「……あー。めくりたくなる」別に、めくったところで短パンがあることはわかってるんだが。お前がしゃがみ込んで手を伸ばしてゴミ拾ってるとき、どうしたってパーカーの裾に目がいくんだよ。短パン履いてるってわかってるのに。
 それにだ。白くて丸い膝小僧と太ももを晒すなんて、駄目だろ。見ていいのは俺だけだろ。とは、さすがに言えない。
 は難しい顔をして自分の格好を見下ろし、「じゃあ、次はもうちょっと、考える」とこぼして、びしっと蕎麦屋を指した。「お腹減った」はいはい。ゴミの回収業者が来てからな。
 そんな日々を過ごしているうちに、がうちにきて一年になろうとしていた。
 自分の誕生日もわからないというだったから、うちに来たその日を誕生日にした。
 誕生日は好きなもの食べていいし好きなことをしていいと言ったら、俺の有休をねだられた。最初からそのつもりだったとはいえ。「そりゃ、取るけど。他にないのか」「ほか……」ソファで膝を抱えてテレビを眺めているが首を傾げて隣の俺を見上げる。「焦凍がいれば、僕、他に何もいらないよ」それでグサッと理性に刺さる言葉を言われるとぐっとくる。
 落ち着け俺。大人だろう。は子供の思考力しかないんだから、俺が落ち着いてないと駄目だ。

「たとえば、ほら。あー……オールマイトのグッズとか?」

 ここでたとえが緑谷しか出てこなかった。あいつは無限に集めてるもんな、グッズ。
 は考えるように眉間に皺を寄せて、あ、と口を開けて手を叩いた。「じゃあ、猫ちゃん」「は? 猫?」「うん。白い猫ちゃんが欲しい。シロってつける」………シロ。そういや、白い龍のこと、最後にそんなふうに呼んでたっけ。
 まぁ、猫なら散歩とかいらないし、ここはマンションの高層階だ。逃げ出す心配もそこまでしなくていいし。をここに一人で残していくことに後ろ髪引かれてたのも事実だ。猫くらい飼ってやる。

「じゃあ、誕生日は猫を見に行こう。ちゃんと世話しろよ」
「! うんっ」

 抱き着いてきたに倒されるままソファにどさっと背中を預けて、「焦凍大好き」という甘い声に頭がくらりと揺れる。
 ……俺たちは家族という形でここにいるけど。恋人のように体を繋げるし、お互いを求める。
 これは恋なのかと言われれば、そうだという気もするし。これが愛なのかと言われれば、そうだという気もする。
 ただ、って存在が、俺にとっての天変地異だった。他の全部を放り出しても救い上げたいと思ったものだった。それだけは確かだ。

(お前さえいれば、俺は)

 そのあとに続く言葉はたくさん思いついたが、全部頭の隅に追いやり、一年たっても少しも成長しない体を強く抱き締める。「」「ん」「キスしよう」「うん」ソファに手をついて覆い被さってきたの白い髪がパラパラと顔にかかる。
 もう赤くない黒い瞳は、が人身御供ではないことを示している。
 ちゅ、と触れるだけのキスで離れた唇が「もっと?」と囁く声に「もっと」と返して、口と口をくっつける深い方のキスをする。
 ぬくい舌を味わって、吸ったり、吸われたり、口の隅々まで舐め回してみたりしながら、白い髪を指で梳きながら、考える。
 近く人類は滅亡する、と言っていた白い龍。
 それを止めるためにひたすら死と祈りを繰り返していた人身御供の
 どちらも消えた今、目に見えないだけで、人類にとっての何かしらの絶望を見る日は近いのかもしれない。

(それでも)

 それでも。お前が人身御供として人類の余命を引き延ばして死ぬことより、お前がいて、お前と見る絶望の日を、俺は選んだ。
 あの龍も。顔も知らない人類の延命よりも、一人苦しみを背負い続けたこいつが生きることを望んだ。
 このことを後悔はしない。絶対に。
 自分の行動に、選択に、責任を持つ。それが大人だ。
 俺はヒーローだ。のこともちゃんと面倒見るし、やりたいことをやらせたいし、いつか、の口から自然と『幸せだ』って笑ってもらえるように頑張る。

「……?」
「うん」
「すげぇデカいもんが当たってる気がするんだが、気のせいか?」
「気のせいじゃないね」

 人が真面目に思考してるってときに、キスでスイッチが入ったらしいが顔を上げた。ぺろりと唇を舐めて俺の火傷の痕を舐め上げる、その舌の温度に体が否応なしに反応する。「シよ?」囁く声が砂糖よりも甘い。はちみつみたいにとろりと耳から頭に沁み込む。「…明日、仕事がある……」「知ってる。シよ? ダメ?」とろり、とろりと、甘い声が理性を溶かして、火傷の痕を甘い温度が撫でていく。
 人身御供であったときが五歳くらい。それで今が十五歳くらいの外見で、童顔ときて、少しサイズの大きいシャツから鎖骨を覗かせてこてりと首を傾げるそのあざとさに、勝てない大人が俺だ。情けない……。
 体の大きさに不釣り合いなデカいもんをぐりぐりと腹に押しつけられてるだけで疼くんだ。しょうがねぇだろ。

「加減、しろよ。明日仕事なんだからな」
「はぁい」

 イタズラする子供みたいに笑う顔に、ああ、そういう顔もできるようになったんだなと束の間安堵する。
 あれから一年。
 少なくとも、血にまみれ、死ぬことを厭わず、ただ無表情に、義務的に生きる。そういうお前はもういないのだ。