世間がクリスマスだと浮かれている時期に、職業:ヒモな俺は、今日もいつものように日用品食料品その他の買い出しに出ていた。
 クリスマスらしい料理なんて作るの面倒だし、そんなものより普段より高級な蕎麦をデパ地下で購入。これにいい値段の薬味を並べて天ぷら添えれば、そのへんのディナーのコース料理より、今の俺の飼い主は満足するだろう。

「…んん」

 しかし、さすがにクリスマスだ。
 相手はヒーローしてて忙しいとはいえ、二人で家で映画を観るくらいの時間はあるんじゃないか?
 そんなことを思いながら、ちょうど屋台があったからポップコーンだけ買って、『遅くなる。夕飯はいらねぇ』というラインにスタンプで『了解』と返して、買ってしまったポップコーンの袋をがさりと揺らす。
 高級蕎麦は、まぁ、もつからいいとして。ポップコーン。こんなもの日持ちしない。
 ……もう五分早く言ってくれたらな。買わなかったのに。
 クリスマスといえばプレゼントだ。つまり金も物も動く。
 つまり、ヴィランも動く。必然的にヒーローは忙しくなる、ってわけだ。
 考えればわかることだろう、ヒモな俺。
 むしろ、飼い主のこと考えずにポップコーン好きなだけ食いながら映画見放題すればいいわけだからラッキーじゃん。うん。ラッキーラッキー。

(っていうかそうだよ、うん。ヒモとしては偉いんだよ、俺って。いや、ヒモが威張るなよって話かもしれないけど)

 俺は俗に言う無職であり、見た目のウリだけでヒモという職業(でいいのか?)を成り立たせている、いわゆる駄目人間である。
 しかし、駄目人間なりに相手の世話はみるし、家事炊事は金を預けられたら相応にしてやってる。
 相手がヒモだとわかってても、あたたかい飯と掃除された部屋でおかえりって出迎えられたら、誰だって嬉しいもんだろ?
 ギブアンドテイク。その関係に納得する相手を探してあちこちフラフラしてる、それが俺だ。
 今はたまたまヒーローショートの元にいるだけ。
 アイツは淡白で、俺を求めてくることもないし、ただ飯の蕎麦にだけはちょっとうるさい。この寒いのにあったかい蕎麦は絶対に嫌だとか言う。そういう変なこだわりはある。けど、たいていのことにはどうでもよさそうにお前に任せるって言う。服もそうだし、蕎麦以外の飯にはこだわりないし、家具とかも最低限しかなさすぎたからこれがいると言ったらあっさりと買うし。まぁ、なんていうか、今の飼い主はそういう奴。
 だから、それなりに長くヒモしてきた俺としては、アイツの相手は楽でいい。
 そんなことを思いながら、あまりの寒さにコンビニに立ち寄り、あたたかい飲み物でも……と思ったとき、雑誌コーナーが目に入った。
 よくある女性誌。その表紙にはデカデカとした文字で『ヒーローショート、熱愛か!?』の文字に、たぶん、警護かなんかを依頼された女優か。はたまた、宿泊先のホテルから出てきたところを女を仕込まれて撮られた、か。そんな表紙でズラッと雑誌が並んでいる。
 なんでって? こういう雑誌を買うんだよ、嬉々として、ショートのファンが。あとショートを叩きたい奴が。

(ヒモしてる俺に言わせてもらうなら、そんな暇ないよ、アイツには)

 だって、俺とだってスケベなことしたことないんだぞ、アイツ。
 部屋を掃除しててもさ。エロ本の一個も見つからないし、そーいうブツもないわけ。男としてどうかと思うくらいアイツにはそういう欲求ってものがない。
 毎日毎日疲れた顔して帰ってきて、そんで休みの日はといえばもう一歩も動かねぇって感じでソファで死んでる。そんなアイツの世話を俺がする。好きな蕎麦に天ぷらつけてやったり、膝枕して甘やかしてやって、普段から仕事を頑張ってるヒーローショートを言葉の限り褒めちぎってやったりする。
 そうするとさ、アイツ、どういう反応すると思う?
 泣くんだよ。あのヒーローショートが。泣いて俺に縋るんだよ。何も言わずにただ泣くんだよ。
 たぶん、普段これだけ話題になるアイツには、下手に弱音を吐く相手っていうのがいないんだろうと思う。
 友達がいるっていうのは携帯見てるから知ってる。雄英高校時代の同期。同じくヒーローをしてて忙しいんだろう。そういう話を、愚痴をこぼす相手もいない。だから駅前でヒモなんてしてた俺に縋ったのだ。
 最近話題の映画、恋愛ものを二本見終え、その頃には二人分のサイズのポップコーンはようやく半分になったところだった。
 それでも玄関の扉が開く音はしなかった。それだけ仕事が忙しいんだろう。
 それで、映画に影響されたわけじゃないが。唐突に思った。そろそろ潮時だな、って。
 コンビニでコーヒーを買うだけのつもりが、ついでに買ってきてしまった『ヒーローショート、熱愛か!?』の文字がうるさい、盗撮だろ、と思う写真を使った表紙を眺め、ばさ、と落とす。

「線引きしてるんだ。俺、ヒモだからさ」

 ぼやきながら、リモコンでテレビを消して、食べかけのポップコーンをそのままにソファーを軋ませて立ち上がる。
 ヒモ程度の奴が、相手に『金』以上を求めるのは間違っている。
 変な意地かもしれないけど、俺は、自分がヒモっていう無責任な存在である以上、飼い主に一線を越えた感情を抱きそうになったら、相手の元を去ると決めている。
 たとえば、かわいかった女の子。彼氏にフられて自殺しようとしてたその子を反射的に止めてしまって、そのままずるずる、ヒモ男として世話をした。
 でも、最初は死んだ顔をしてたその子も、新しい職場で気になる男ができて、アプローチを始めた。その男のことが好きだと正直に俺に告げてくれた。だから俺は未練なく彼女の前から消えた。
 そうやってきれいに別れることもあれば、一方的に捨てられることもあるし、一方的に捨てることもある。そういう人生を長く、送って来た。
 そういうろくでもない時間の蓄積が、俺の人生って呼べるドロドロとしたモノだ。

(まさか、世間で人気のヒーローショートを俺が捨てることになろうとは)

 そんな苦笑いを浮かべながら、クローゼットにしまっておいたトランクを引っぱり出す。
 これには俺が『ここを出ていく』と決めたときに最低限必要になるものが詰め込まれている。
 いつだってそうだ。出て行け、と言われたらそうできるよう、自分の荷物はまとめていた。
 俺はトランクと身一つでどこへだっていけるのだ。
 ヒーローショートと、その熱愛報道に。何度も何度も何度も、何度だって繰り返されるそれに、呆れではなく、諦めではなく、悲しみを、寂しさを、嫉妬を、感じたのなら。もう潮時ってことだ。
 最後にスーパーのチラシの裏に油性ペンで「さようなら」とだけ書き、俺のためにわざわざ新しく契約してくれた携帯を置く。
 居心地が良い。そう感じ始めていた部屋を出て、扉に鍵をかけ、その鍵はマンションのエントランスにあるポストに放り込んだ。
 ガラガラとトランクを引きながら、さて、どうしようかな、と寒い空を見上げて白い息を吐く。
 世の中クリスマス。駅前はイルミネーションでうるさく、恋人も人も溢れてる。
 そんで、アイツはこんな中でも仕事をしてるわけだ。偉いよな、ほんと。
 人混みに紛れながら、預けられた財布の中に残っている現金を確認して、切符を買う。
 改札を通り抜けて、見送る人など誰もいない駅構内を振り返り、未練を振り切るように前へと向き直る。
 紅白色の髪の持ち主ヒーローショート。
 お前が俺に溺れ切ってしまう前に。俺がお前を好きになってしまう前に。正しくない俺たちの在り方は、終わらせよう。
 お前は確かに大変な仕事をしているけど、出会いなんて求めなくても女は寄って来るだろう。その中から適当に、自分が気に入る奴を見つければいい。ちょっとサボってたことをやるだけで俺の代わりなんていくらでも見つかる。だからさ。

「さよなら」

 俺から言えることは、それだけだ。