今の俺の状態をものすごく簡単に説明するなら、『生まれた家が狂っていたから自分も狂った』というのが一番近い答えのように思う。
 俺の思っている愛というのはにとっては呪いのようで、喜ばれたことは一度もない。生前も、今も、は嬉しそうな顔一つしない。
 家まで取り立てにやってきた借金取りの車にトラックを突っ込ませて四人中二人を即死させた俺は、窓からその様子を見ている無表情のに憑りついた。

『大丈夫だ』

 なんとか生きてる二人も、燃料漏れした車と、トラックが積んでいた電化製品が出した火花で引火。逃げ出す暇なんて与えず燃やしてやる。
 トラックの運転手に罪はないが、のためだ。一緒に死んでくれ。

『俺が全部追い払ってやるから』

 表情のない顔に顔を寄せてキスしようとしたら避けられた。ちぇ。
 虚ろな目で窓を離れ、引き出しから通帳を取り出して眺め出したの口座はほとんど残高がない。女遊びしかしないろくでもない父親は、が手を汚してまで稼いだ金をほとんど使ってしまっていた。
 ああ、もっと早く殺しておけばよかった。母親はヒステリックだし泣くことしかしないし、先に殺しておこうと思って首をくくらせたけど、父親も同じくらい面倒なことをしてくれた。立て続けに死んだら変だろうって期間を置いたのがよくなかった。これじゃ先立つものがない。一週間三食カップ麺も厳しい。
 そこでふと生前の自分の銀行口座のことを思い出した。貯金するだけしてたが、結局一度も使うことがないままだったな。

『口座番号と、暗証番号、憶えてるから。俺のから出してくれていい』

 囁くと、振り払うように手を払われた。
 怒ってるのか、泣きたいのか、は滲んだ目で俺のことを睨みつけている。「お前、何がしたいんだよ」『を生きやすくしたい』「はぁ?」『お前が生きやすい世界を作りたい』真面目に返したんだが、は眉間に皺を寄せて床を睨んだきり黙ってしまったから、その首に腕を回して纏わりついて、俺も黙ることにした。
 小さく震えているのは、俺が体温を奪ってしまうからだろう。
 なら離れろ、って話なんだが。せっかくこんなにくっつけるようになったんだから、くっつかないでいるのはもったいないだろ。
 一週間後、不慮の事故ということで人員を補充したんだろう借金の取り立ての人間たちがまたやって来た。どうやら何も学んでいないようだ。今度は二人、ヤクザみたいな格好の奴らが無遠慮に扉を叩きまくって「いるんだろおぼっちゃーん!」と冗談交じりに笑いながらのことを呼びつける。
 二階の窓をすり抜けて二人の背後に降り立った俺は、両腕を伸ばした。左右に一人ずつ、その首を掴んで、締め上げる。

『うるさい』

 は調子が悪くて寝ている。俺が体温を奪ってるせいで風邪を引いたのだ。
 さっきようやく薬のおかげで寝付いたんだ。うるさくしてるんじゃねぇよ。
 何が起きてるかわかってないんだろう男二人の首を絞め続け、でも死体が出るのは面倒だからと、殺す前に家の前に放り出す。
 この二人に俺の姿は見えないようだったから、掴んだ石でコンクリートの地面にガリガリと『ツギ キタラ コロス』と書くと、それを見た二人はひぃっと情けない声を上げて首を押さえながら這いずって逃げて行った。
 小さな家の二階に戻れば、額に冷えピタを貼り付けて寝ているがいる。よかった。起きてない。
 まだ中学を卒業してない、声変わりもしてない喉に触れて熱を取り、冷えピタの上から触れて額の熱ももらっておく。

『俺が、お前の生きやすい世界を作るからな』

 ひっそりこぼして赤い顔を指で撫でる。
 うなされててもかわいい顔だな。この顔をもう一度、俺への欲で溢れたあの表情にできたらいいのに。
 気に入らない相手を呪い殺すときには触れられるのに、愛しいものに触れようと思っても、この指は空を切るばかりだ。
 いつからこうだったのかと言われると、たぶん、一目見たときからこうだった。
 金に困ってて、ヴィランとして人を殺してるお前を見たのが、俺が中三のとき。
 あのときの死んだ目をしたお前を憶えてる。かわいそうだな、と心底同情したことも憶えてる。
 調べてみれば、両親は借金まみれの救いようのない阿呆。
 周囲の環境にも恵まれず、そのツケを背負わされて、なんのための人生なんだって思った。
 それから、俺と似ている、とも思った。オールマイトを超えるべくデザインチルドレンのように個性を掛け合わされて、ヒーローになることを強要されて、顔に火傷まで負って。この人生に意味はあるんだろうかって思っていた。
 そんな人生だったから、同じように『なんのための人生なんだ』って顔をしてるお前のことを助けたかった、のかもしれない。あるいは、ただの自己満足だったのかも。
 俺がヴィランとしてのお前を見たこと。金がないんだろうこと。黙っていてやるし、金もやる。その代わり、と制服を落とした俺にぽかんとした顔をしたにそのために解して拡張したケツを見せたら、あっさり落ちた。
 これまでの人生、金もなくて、可能性もなくて、ずっと我慢に我慢を重ねてきたんだろうは乱暴だった。乱暴に俺のことを抱いた。それでよかったから、ベッドの上でくらい好きなだけ好きなことをしたらいいと抱かれた。

(最初はそれで満足できていた)

 だけど、ある日、それじゃ満足できなくなった。プツっと糸が切れたみたいに急に物足りなくなった。
 今思えばだが、自分の中のタガのようなものが外れてしまったのだと思う。
 毎日の中学に行って帰りを待ち、付き纏うように一緒の場所へ行った。しつこいくらいに連絡した。少ない交友関係が全部うまくいかないように道を塞いだ。
 が求めるのは俺だけになってほしかったし、俺がいればそれでいいと思うようになってほしかった。
 そうやってお前の周りを俺で固めていたら、ある春の日、出かけようと言われてついていった駅のホームで突き飛ばされた。
 振り返った先で泣きそうな顔で笑っているを見つけて、左の炎でその場を離脱しようと思ってたのに、その顔を見て、死んでもいいか、なんて、思ってしまった。
 お前に殺されるわけだから、本望だ。
 人はどうせいつか死ぬんだ。俺もお前もいつか死ぬ。人よりだいぶ早い幕引きかもしれないが、他でもないお前が終わらせてくれるっていうなら、それもいい。
 だから左を使わずに電車に撥ねられた。
 それで終わるはずだったのに、気がついたら俺は自分の棺の前に立っていた。
 うぜぇくらいに泣く親父、兄と姉。
 家族葬なんだろう、他に誰もいない葬儀場を抜け出しての家に行けば、ベッドの上でぼんやりしていたの目が俺を捉えて、ゆらゆら漂っていた俺はそこで急速に覚醒した。

 とど、ろき?

 掠れた声で俺のことを呼ぶに、その青い顔ににこりと笑んで答える。
 ただいまと返した俺に、はあの顔をした。泣きそうな顔で唇を引きつらせて笑った。