兄、であるその人と初めてシたのは、小学生の高学年の頃だったように思う。
 俺の記憶が正しければ、思春期で多感な時期にはよくある間違いの一つ。『家族だから』『兄弟だから』だから他の誰かと試すよりはいいだろうと、そんな軽い気持ちで、持て余していた男子らしさをぶつけ合った。
 ぐぢゅぐぢゅと水っぽい音を立てて中を攻め立ててくる指が一本から二本、三本に増えて、しばらくお預けで鈍くなっていた感覚が、気持ちがいいと感じる場所が、どんどんと敏感になっていく。
 ゴツ、と突いてくる指に遠慮はない。
 じわじわ滲んでいた先走りがぽたりと音を立ててシーツの上に落ちた。一滴垂れると我慢することを忘れたみたいにぽた、ぽた、とシーツに染みを作っていく。「きもちい?」ゴツ、ゴツ、俺の中を攻めながら落ちてくる淡白な声に快楽で歪んだ視界を上げる。
 血の繋がった兄である人はいつもと同じ顔をしている。基本は白、そこにメッシュのように入った赤い筋の髪で表情の半分が隠れているが、本当に俺に欲情しているのか、と疑ってしまうようないつもと同じ顔。
 だけど確かに欲を抱いているのだというのはしゃぶり続けたペニスが萎えることなく勃起を続けているからわかってる。これは俺が弱気だから感じることだ。「ん」「じゃあもういいか」俺の中に埋もれていた指が逃げていくと、圧迫されていた体内が解放されて、とたんに物寂しくなる。足りない、と感じる。あるべきものがない…。
 コンドームの袋を破った兄の、俺の中に埋まっているべきものをべろりと舐め上げる。「はやく」早く、これが欲しい。これで気持ちいいところを擦ってほしい。
 ねだったオレに、兄の顔が歪む。「お前さぁ…ほんと」どさ、と倒されて、自分から足を抱えてできるだけ腰を上げると下にクッションを差し込まれた。セックスのあとは精液その他で毎度ベタベタになる専用のクッションは今日は俺の髪の色、赤と白の色のカバーをしている。
 ぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回した兄の目が一度閉じられ、開かれると、熱で揺れる黒い瞳がある。

「抱き潰す」

 低い声にぞわりと背筋が粟立つ。快楽への期待と不安で目の前がくらくらする。
 その夜は二時間くらいひたすらセックスをした。アクエリアスで水分だけは途中で摂取して、あとは体位を変えて、お互いを貪るだけのセックスをした。
 俺の腰が死んで、の精液も枯れて、その辺りで体力の限界になったらしく兄はコンドームをゴミ箱に捨てて寝落ちてしまった。「…」揺らしても起きない。シャワーも浴びないつもりらしい。
 明日も六時起きなら、寝ないともたないだろう。
 明日起きて慌てるんだろうけど俺は知らないからな。一応起こしたぞ。
 ピクリともしない裸体に布団をかけて、仕事から帰ってきてまだ風呂にも入ってない、精液やら汗やらでべたべたになった我が身を引きずり起こし、痛む腰でよろよろとリビングに行く。食べかけの蕎麦はすっかり干からびていた。「…もったいねぇ」蕎麦とを天秤にかけてセックスがしたいとベッドに行ったのは俺だけど。
 簡単にシャワーを浴びたあとは、仕事帰りでさすがに眠かったから、自分の部屋ですぐに寝た。
 次の日、朝七時に目を覚ました頃にはは仕事で家を出ていていなかった。
 眠い目でスマホを目の前に持ってきてラインを開くといくつか文章が届いている。『焼きそばを食べるように』『痛かったら湿布貼りなさい。冷蔵庫にある』ズキズキと痛む腰で寝返りを打ち、そのままうとうとと惰眠を貪り、八時には布団を抜け出した。
 今日は事務所からやれって言われてることがあったんだった。忘れてた。それだけはやらねぇと。
 昨日玄関で落としたままのバッグを掴んで中をあさってファイルを取り出す。

「ショートの生放送……」

 俺は全然乗り気じゃないんだが、ファンサービスの一環としてやれと命じられたのだ。
 手順は教えてもらったがやったことがねぇし、よくわからねぇし、正直面倒くさい。もう忘れたってことにして流してしまいたいが、今日はこれをやるから休みにしてくれと頼んだ手前、やらないわけにもいかない…。
 痛む腰に冷蔵庫の湿布を貼りつけ、朝飯に食パンにジャムを塗りたくったのとインスタントのコーヒーを淹れてすすりつつ、ユーチューブでの生放送の手順が書かれた紙片の内容を斜め読みする。
 試して、できなかったら、それでいい。できませんでしたと報告すればいい。
 ヒーローショートのツイッターアカウントを開いて『やれって言われたから、今から生放送? してみる』とツイート。あっという間にいいねと返信がずらずら重なるツイッターを閉じてユーチューブを開き直す。
 残念ながら、紙片の手順に従ったら生放送はできてしまったから、それらしいことをしないとならない。「あー…」できなきゃいいとそればっかり考えていたから喋る内容が。何もないな。仕方ない、家のこととか紹介するか……。
 痛む腰は気にしないようにしつつ「喋る内容、考えてなかったから。今住んでる家でも紹介する」住所は特定されないよう外の景色なんかには注意を払いつつ、キッチンやリビング、俺の部屋なんかにカメラを向けて順番に見て回る。『ショートの私室! 至福っ』『和風が落ち着くって言ってた通りなんだ』目で追えない速さでコメントが並んで、スパチャ、だっけ、投げ銭も飛ぶ。すごく飛ぶ。お礼言うのも面倒になるくらい。

『食器、二人分だね』

 見せても構わない部分を一通り見て回ってリビングに戻ったら、誰だか知らないが鋭い奴にそう指摘された。『あれ?』『ほんとだ』『ペアだ』どんどんと重なっていく疑問の声にの顔を思い出して腰がズキズキと痛んでくる。
 掴んで離れることがなかった腰とか、痕をつけないって約束を守って何度も舐め上げられた首筋とか、連鎖して思い出すと、昨日さんざん抉ってもらった場所がじんじんと熱を持ってくる。

「……俺はヒーロー活動で忙しいから、家事とか、一緒に住んでる兄貴がやってくれてる」

 当たり障りのないことをなるべく淡白に素っ気なく口にすると、納得したのか、『そっかぁお兄さん』『ショート忙しいもんね』と俺に相槌を打つコメントが続く。その中に疑う声は、ない。と思う。
 内心ほっとしながら適当なところでお試し生放送を切り上げる。疲れた。
 その後すぐ事務所から連絡が飛んできたが、面倒だったので既読スルーした。
 仕事で忙しいだろうを思いながら自室である和室に戻り、敷きっぱなしの布団に膝をついてスマホを放り出す。
 熱い。昨日さんざん擦られてもう無理だってなったのに、あれからまだ半日とたってないのに、もうあの感覚が欲しくなっている。「くそ…」気のせいではなくパクついている後ろの孔を指でなぞると、嫌でも昨日の指を、太くて熱くて硬いあの質量を思い出す。
 お前さぁ、ほんと、やらしいよね。そうこぼした兄の声を憶えている。

(やらしい、なんて、言われなくてもわかってる)

 俺をそういう生き物にしたのは他でもないだろう。お前がこうしたんだ。そんな言い訳をしながら箪笥の一番下の段、奥の方から鍵のついた箱を取り出し、暗証番号を入力してパカリと蓋を開ける。いわゆる大人のおもちゃ。見られたくないと思うものを詰め込んだ卑猥な箱から電動ディルドを掴む。
 中がじんじんと疼いて仕方ない。おもちゃでいいから刺激する以外に自分を落ち着ける方法が思いつかない。おもちゃでいいから、気持ちよくなりたい……。
 ディルドでひたすら気持ちのいい場所を擦り、人間のそれとは違う振動にむず痒さを憶えながらまたイッた。何度目、かは忘れた。体が疼くままひたすら抉ってたから。「…っ」びくん、と跳ねた腰でスイッチをオフにする。
 自分ですると、ちょうどいいと感じる快楽で手を止めてしまうから。それ以上にならない。
 ローションでべたべたになっているディルドは、本物によく似せて作られてはいる。振動するし、最近のはあったかくもなるし、先っぽが伸び縮みもするし。でもやっぱり本物とは違うんだよな。途中で大きくなったりはしないし。
 ディルドを抜くと、後ろの孔はヒクついた。まだ足りないとでも言いたそうに。

「焼きそば……」

 食わねぇと。食って、ちゃんと食べたって写真を送らないと…。
 ふやけた腰になんとか力を入れて布団に手をついて顔を上げたとき、ガチャン、と玄関の扉の鍵が外れる音がして起き上がろうとしていた姿勢のまま固まった。
 誰だ。ここの鍵は以外持ってない。まさかヴィランか、と一瞬緊張が走るが「たでーま」と聞こえた声に敵襲とはまた違う意味で体が強張る。
 今日も一日仕事だって言ってただろ。まだ昼じゃないか。、なんで帰ってきてるんだ。

「施設の冷房がさー壊れちゃってさ。冷房ないと氷の維持ムリだから、今日は臨時休業ってことになって…焦凍?」

 リビングに俺の姿がないことに首を捻っているだろう声に、せめてディルドは隠そうとタオルでぞんざいに包んで箱の中に突っ込んで鍵をかける。「しょーとー。飯食った?」和室だから鍵をかけることも叶わない襖戸が開いて、眠そうに欠伸をこぼしたが俺を見て不思議そうな顔をする。
 ローションと汗とその他体液でべたべたになっている俺が何をしていたか、なんて、言わなくても見ればわかるだろう。
 どさ、とバッグを落としたが部屋に入ってくる。「帰るよってラインしたのに、気付かないくらい耽ってた?」「………」「それとも、煽ってんの」欲しい熱を持つ相手を前にして後ろの口がみっともなくパクつく。さっきディルドでイッたくせにあれじゃ足りないと言ってる。
 真昼間、夏の外は暑いんだろうが、氷の個性でどこかひんやりとしている両手が俺の両頬を挟んだ。キスされて、自然と舌が出る。触れるだけじゃ物足りないと、絡み合いたいと、ねだって求めて舌を伸ばす。
 片手が頬を離れて俺のに触れた。ひんやりとした指先に腰が跳ねる。「昨日、シたじゃん」少しだけ離れた口がそんなことを言うから、至近距離で黒い両目を見つめる。「足りない」「えー…まぁ、オレが先に寝落ちたのは事実だけど」つつつ、と腰をなぞる指がもどかしい。

「もっと、欲しい。

 サマーニットのTシャツに顔を埋め、そのまま下へ、下へ。膝小僧が見えているショートパンツの股間に顔を持っていく。
 呆れたのか、諦めたのか、はぁ、という溜息が上から降ってくる。「お前さぁ…ほんと」やらしいよ。落ちた声と伸びた指が欲しいとヒクつく孔に差し込まれる。
 さっきまで指以上に太いものが入っていたから指の二本三本じゃ足りないのに、ゴリ、と細長い指で気持ちいい場所を抉られて腰が跳ねて先っぽからぽたりと体液が落ちた。
 片手で前をしごかれて、もう片手で前立腺ってとこをゴリゴリと刺激されて腰が抜けそうになる。「ア、ぁ、あ゛…ッ」気持ちいい。刺激としてはディルド使って自分でシてたときの方が上のはずなのに、にされるとこうも気持ちいい。
 ぐりぐりと中を弄る指にみっともなく喘いでいると、ヴー、と布団に放置したままのスマホが震えた。「電話」「い、ぃ。あとで」「そ」既読スルーしたままだから事務所からなんだろうが、いい。知らない。あとでかけ直す。
 Tシャツを脱いだが煩わしそうに白い髪を首の後ろでひとくくりにした。「浣腸した?」「ん」「そ」一度目を閉じて、次に覗いた瞳はスイッチが切り替わるみたいに熱が灯っている。いつもそうだ。

「昨日は寝落ちちゃったし。今日こそ抱き潰す」

 離れた手と抜かれた指に寂しさを感じたのも一瞬で、「腰こっち」「ん…」こっち向けろ、と言われて四つん這いの格好で反転すると、さっきまで指で埋まっていた場所を、欲しかった熱で貫かれた。ごりゅ、と中を擦られて目の前に火花が散る。
 確かにさっきまで自分でシてた。慣らすのだって最低限でいいし、必要ない、とも言えるけど。でもこれは。強い。
 兄には遠慮なんてない。抱き潰す、の言葉通り腰を掴んだ手が乱暴に体を打ち付けてくる。「〜〜ッ」言葉にならない声が漏れて、強い刺激から逃げようとする腰を何度も引き戻される。「逃げんな」耳元で囁く低い声にぞわぞわと背筋が粟立つ。
 抜けそうなくらいに俺の中を入り口まで逃げていった熱が、抜け切る前に、どちゅん、と勢いよく奥を抉った。かは、と息が詰まる。
 奥。腹の奥、が。

「結腸ぶち抜いてやるよ。好きだろ」

 いつもよりハッキリと形を感じることができるペニスが入ってる腹を腕で押さえる。
 今、ここに、欲しいものがある。俺を犯してる熱がある。そう思うと唇が変な形に歪む。
 これが好きかと言われれば、好きだ。俺のここを犯せるのはだけ。
 腹の奥をゴツンゴツンと強く叩いてくる刺激に動物みたいな声を上げながら、苦しいくらいに勃起したままの俺のをしごき倒されて、ぶしゃ、と潮を吹いた。「お゛、ァ…あ゛ッ」全体重をかけてゴツ、と先っぽで腹の奥を突かれる。何度も。何度も。「女で言うと、ココ、子宮だよ」掠れた声と首筋を舐め上げる舌にイッた。囁かれて舐められただけでイッた。目の前でチカチカと星が瞬く。
 前立腺と腹の奥と、感じる場所両方を抉られる。潮を吹こうが動物みたいにイき狂おうがに遠慮なんてない。

「イッ、ぐ、また、ィ…っ!」

 ぼたぼたと透明な液体が落ちて絶頂に中が収縮を繰り返す。それが気持ちいいのか、が片目を瞑って耐える、その顔が好きで、ぼやけた視界で見つめているとまた突き込まれた。息する暇もないくらいに攻め立てられて、また、イく。
 涙と唾液と精液と。体液という体液を垂れ流しながら、ゴツン、と腹の奥を突く熱に動物みたいに啼く。喘ぐ。
 抱き潰す、の言葉通り、腹の奥を叩きながら与えられ続ける快楽に耐えられずに意識を飛ばして、次に気がついたときには夕方だった。「…ぁべ」掠れた声で放置したままのスマホを掴む。
 セックス始めようってときにかかってきた電話はやっぱり事務所からだった。どうせ既読スルーした午前中の生放送の話だろう。
 昼寝をしていた、ってことにして適当に返事して、話は明日事務所でとまとめ、ズキズキと痛む腰に手をやってなんとか身を起こす。
 チェックしてみると、『バイト先の施設の冷房壊れたから、今日はもう帰る』とからもラインも来ていた。
 本当に、気付かないで耽ってたんだな俺は。ちょっと恥ずかしい。
 、と呼ぶと、襖戸の向こうのリビングにいたんだろう、だるっとした部屋着になっている兄がやってきた。「腰は?」「いたい」「そりゃそうだ」自業自得だとばかりに笑う顔を睨みつけると肩を竦められた。「風呂入るだろ」「ん」立たせろ、と腕を広げると、呆れたような顔をされるが立たせてくれる。セックスのときは遠慮ないが、この人はだいたい俺に甘いのだ。

「夜、今日も蕎麦でいい?」
「蕎麦がいい」
「へいへい」

 兄も風呂に入ったんだろう、保温のままになっている湯銭まで連れていかれて手を離された。「ゆっくりしといで」するりと離れた温度に名残惜しさを感じるがぐっと堪える。
 昨日も今日も甘えた。さすがに我慢しよう。
 それにもしこの手を払われたら少なからずショックを受ける自分が見える。だから、我慢、しよう。