「お疲れさまでーす」
「お疲れくん! 今日も良かったよー! お客さんもほぼ猫耳カチューシャつけてくれてさ〜〜〜まさに会場一体、猫まるけ!」

 猫が好きすぎて俺のことをアイドルまで押し上げ、自分も会場入りしてきた社長はまだ猫耳をつけていた。ついでとばかりに俺の猫耳をさわさわしてくる。くすぐったいし、汗くさいからやめてほしい…。
 いい歳したおじさんが猫耳カチューシャをつけているという事実をスルーすることにも慣れてきた。
 何せ、毎度こうだし。ちょっと出番があるだけのイベントでも、俺がたくさんの出演者の一人でしかなくても、いつも完全にこうだし。そりゃあ慣れもする。
 スマイルを返して足元の猫を抱っこさせると感激の悲鳴を上げられた。猫の方は嫌そうだったけど、あとでチュールをあげるということで話はついてるから、うるさい社長は任せたよ。
 汗かいてべたつく猫耳をタオルで拭って上着を脱ぐ。
 照明の下っていうのは思ってるより熱いと毎回思う。二時間浴びてれば汗でべったべただ。
 足元に来る猫をひょいひょい避けながら着替えを掴んでシャワーを浴びに行き、汗を落として着替えをすませ、タオルを肩に引っかけた状態で控室に戻ってロッカーの鞄を掴む。
 色々してたらもう時間だ。行かなきゃ。

「俺ちょっと出てきますね。すぐ戻ります」
「えっ。猫ちゃんは!?」
「あー、置いていきますから。ね」

 社長というより猫に向かって手を合わせると、ものすごく不服そうな顔をされた。うん、ごめん。
 チュール2本だぞ、と言われて、はいわかりましたと拝み倒す。それで手を打ちます。
 面倒くさい社長は猫に任せ、顔を隠すためのマスクと耳を隠すための帽子を被って足早に控室を出て、関係者用の出入り口へ向かう。立っている警備員の人に「お疲れさまです」と挨拶して外に出れば、少し離れたところで突っ立っている紅白髪の持ち主が見えた。
 近づいて行けば、俺が猫に持っていかせたメモを凝視している、ってことに気付く。ソシャゲで暇潰ししてるのかと思ったら。目で穴あけそうな勢いで俺の字見てるな……。

「轟」
「、」

 それで、ぱっと顔を上げた轟がばしんと自分の顔を叩いた。「えっ」「……なんでもねぇ」いや、なんでもないって。ものすごい勢いで自分の顔叩いたけど…。
 そういうかわいい反応をされちゃうとさ。俺もちょっとぐっとくるんだけど。

(久しぶりだし。ちゃんと、不自然じゃないように、回数重ねて会って。確信を得てからにしようと思ってたんだけどな)

 ライブハウスの裏手、関係者の車だけが停められる駐車場を指して「あっち行こ」と言う俺に、轟は片手で自分の顔を叩いた格好のままついてきた。
 猫をたくさん連れて行く手前、宿泊が必要でも、俺はホテルは使わない。
 今回みたいなライブがあるときは、自前でローン組んで買ったキャンピングカーが俺と猫十匹の居住場所になる。
 そのキャンピングカーの鍵を解除して扉を開ける。「はい」「………」まだ顔を覆ったままの轟がなんかよろよろしながら上がって行って、変な声を出した。「あ、猫いるよ。気をつけて」ライブに出てた猫のあらかたはここに戻ってるって先に言えばよかったかな。
 よろよろしてる轟がソファに腰かけた。そこでようやく顔を覆ってた手を外す。
 うん。幼馴染みだった轟焦凍だ。紅白の髪と顔の左側にある火傷の痕。間違えるはずがない。イケメンに育ったなぁ。
 その轟が、俺のグッズを着てる。今回のライブのためにデザインしたものだから、中古とか、たまたま、ってことはないだろう。買いたくて買って、着たくて着たはずだ。午前中の物販も今日イチの買い物してたし。

「コーヒーがいい? 紅茶?」
「どっちでも」
「じゃー紅茶にするよ」

 帽子を取ってマスクを外し、ノンカフェインの紅茶のパックを引っぱり出してカップを二つ並べる俺の足元に猫がじゃれついてくる。みんな興味深そうに轟のことを気にしてる。
 ここに来る人間っていえば、仕方なく入れる社長とか、雑誌とかの取材、インタビュー、仕事関係ばっかりだったもんな。
 小さなキッチンでお湯を沸かしてカップに注いで三分。濃く淹れた紅茶にあたためたミルクを注ぐミルクティーが最近の自分の中の流行りだ。
 はい、と差し出すと、轟は無表情にカップを受け取った。
 このキャンピングカーは特注で、猫たちがなるべくストレスなく過ごせるようにと思って、空間の半分ほどは猫のための場所に改造してある。おかげで人間が座ったり過ごすスペースっていうのは少ないから、轟とぴったりくっつくような形でソファに座る。
 まぁ、椅子はスツール出せばあるんだけど。せっかくだしこうしとこう。

「久しぶり。小学校卒業して以来だろ」
「ん」
「元気だった?」
「まぁまぁ。元気。だと思う」
「俺は見てのとおり。猫と一緒にアイドルして、全国の猫のために駆けずり回ってるかな」

 ライブで得た稼ぎはそれなりにあるんだけど、何せ、社長がああだ。会社はそれなりに儲かってるはずなんだけど、余剰分は寄付とか猫のための保護施設とか、そういうアレコレに回してしまう。おかげで俺は全国どこに行っても猫に味方してもらえるけど、生活はしんどい。あっちこっち行かなきゃいけないし。キャンピングカーのローンはあるし。稼げてないわけじゃないけど、余裕があるとは言えないかな。
 まぁ、そういう根無し草みたいな生活が、嫌いなわけじゃない。そうやって忙しくしてる間は轟のことを考えずに済んでたから。
 うん。済んでた。過去形。だってほら、予期せず再会しちゃったし。
 じっと轟を観察してると、猫に逃がしていた視線がちらりとこっちを見た。すぐにまた猫に戻って、何かを誤魔化すようにミルクティーをすする。

「俺は」
「うん」
「雄英に、行ってる」
「雄英かー」

 ヒーローの名門校として有名なところだ。俺みたいな個性持ちには縁がない場所だけど、ヒーロー目指してる轟にはぴったりな場所。
 そこで、ぴょん、とソファに乗ってきた猫の一匹がじっと轟を睨み上げた。最近ライブに参加してくれるようになった二歳の女の子で、性格に難ありすぎてペットショップで売れ残っていた子だ。
 ねぇ、誰よコイツ。そう不機嫌そうに尻尾を振っている。イケメンなのにお気に召さないらしい。
 なんかそわそわしてて落ち着かない轟の腕にしゅるっと尻尾を巻きつけてみると、びくっと大きく驚かれた。
 そこまで驚かないでも。俺のこと意識しすぎ。そーいう反応されると期待しちゃうよ?

「ライブ、どうだった?」
「……初めて。だったから。よく、わかんねぇけど、すごかった」
「そっか」

 別に、構成がどうとか、専門的な話をしてほしいわけでもない。お前にとって何かしら得るものがあって、何かしら感じるところがあったなら、それでいい。
 じっと見ていると、二歳の子も察してくれたらしい。はっとした顔でそういうことねとぼやいてキャットタワーの方に上がっていく。

「ね」

 さっきからあんまり視線を合わせようとしない轟に顔を寄せる。「次に会うことがあったら、絶対、言おうと思ってたことがあって」 「…っ?」自分の声が武器になるってことは知ってるから、わざと耳に唇を寄せて、歌うときよりも感情を込めて、ずっと轟のことが好きだったんだよと告げると、轟の左側からボッと火が出た。個性。漏れてる。
 ぷしゅーと煙を上げて俯く轟の初なところがかわいいな、と思う。「念のために言っておくけど、個性が好きとかじゃなくて、お前って人間が好きって意味ね」小学生の頃、勢いに任せて言ったはいいけどうまくいかなかった告白は苦い思い出だ。歌にして昇華もしたつもりだったけど、時折思い出すんだから、あの失敗は俺の中で今も生きてるんだろう。
 巻きつけた尻尾をするすると動かす。熱いな。また火が出そう。

「轟は俺のこと好き?」

 その反応見たら、聞くまでもないんだけど。一応確認しておこうかな。「ね」もう一回囁こうとしたら仰け反ってでも距離を取られた。「わ、わかんねぇ」「えー」真っ赤じゃん。
 ね、かわいいだろ、と猫たちに話を振るとオスだろと揃って返された。
 うん、男だけどさ。人間のオスはメスにもできるんだよと言うとうげっと顔を顰められた。
 猫にはそういう恋愛ってないのかな。寂しい反応だなぁ。