「なー轟頼む! この通り! ほんと顔出す程度でいいからさ〜〜今度の合コン参加して!!!」

 駄目でもともと、毎度イイ感じの場面が設定できそうなときは両手を合わせて拝み倒す相手は、仕事終わりの疲れた顔で眉間に皺を寄せた。
 それもそのはず。毎度断られるのにこの手のお願いをしに来る懲りない男が俺、上鳴電気なのである。
 仕事終わりに俺に遭遇、凝りもせず合コン参加を頼まれた轟は面倒くさそうに息を吐いた。あんまり話を聞く気がなさそうに携帯を操作している。「一応訊いとくが」「はい」「店は」いいところに注目したな、轟よ。それに関しては今回自信がある。
 ささっと携帯を出して画面に『予約は三ヶ月待ち』であることで有名なカジュアルなイタリアンの店を表示させる。

「すっげぇたまたまなんだけど、この有名イタリアンで団体予約のキャンセルが入ってさ! そこが取れたんだよね〜!」

 料理、雰囲気、コスパ、どれをとってもオススメされてるワインバル『アジト』は、普通に行こうと思ったら予約しても三ヶ月後になるという人気店。おいしいイタリアンがお手頃価格で満喫できるって有名だ。
 そんな店で合コンってことで、今回はちょっと参加費は高めになった。
 だがしかし、普段食べようと思い立ってもなかなか食べられない有名店だ。『参加費』と『おいしい有名店での合コン』その間で揺れてる女子も多い。
 ここで『轟焦凍が参加する』となれば、声をかけてる女子は絶対に食いつくだろう。そうなればアハハウフフなチャンスは増えるわけである。
 そんな下心丸出しな俺を、轟はいつもしれっと興味ねぇって切り捨てるわけだけどな。
 それがわかってて、今回もどうせ駄目なんだろうなって思いながら一応頭下げて頼みに来たわけだ。
 まぁ、駄目なんだろうなぁ、どうせ。蕎麦があって和食なテイストだったらワンチャンあるかもしれないけど、イタリアンだしな。轟は蕎麦以外だと食に興味なさそうだし。

「いいぞ」
「え」
「行く」

 思わず目をまん丸にして顔を跳ね上げる俺である。「え? え、行ってくれんの!? 蕎麦じゃねぇよ? イタリアンだよ?」轟は携帯に落としていた視線を上げて「二人参加で、俺と、もう一人。男が行くから」「あ。え。じゃあ、あとで細かいことラインしとくわ」「ああ。頼んだ」じゃあ、と片手を挙げた轟がさっさとタクシーを捕まえて乗り込み、大通りを走り去っていく。
 ということがあった、と後日の昼飯で集合した定食屋で報告すると、次の合コンに俺と同じく力を入れている峰田があーとぼやいて手を打った。「轟、男連れてくって言ったんだろ?」「そー。誰のことだろ」今日の定食、とんかつランチを頬張って考えてみるも、思いつかない。男って言い方をするってことはかつてのクラスメイトとか知人、ってわけじゃなさそうだし。
 峰田が携帯を突き出してくる。「それ、コイツじゃね?」画面には白いふわふわの髪をした、腰に翼っぽいのを生やした誰かが映っていた。隠し撮りって感じの斜めな撮り方をされてる。

「誰これ」
「知らねーけど、最近話題じゃん。何かと轟と一緒にいるってさ」
「へー」

 轟はそのイケメンと強個性、親がエンデヴァーだとか、いろんな理由があって週刊誌やらテレビやらで取り上げられがちで、オフショットとかもプライバシー無視かって勢いで撮られてるって聞く。この写真もそのうちの一枚なんだろう。
 試しに検索してみると、結構な数の写真がヒットした。
 ナンデモモールでヴィランが集団で起こしかけた事件にオフの轟が遭遇、ヒーローとして対処した事後の写真で、救急車に乗せられる白髪の男に付き添って乗り込もうとしているもの。かと思えば、まだ流行ってる蜜丼、あれの有名店で白髪の男を前にコーヒーをすすってる写真。「はぁ。ほんと、多いなぁ」つい先週撮られたやつなんか、高くて有名なケーキの店でアフタヌーンティーを食ってるところだ。
 なんていうか、写真を見る限り食ってるのは白髪の方で、轟はそれに付き合ってるって感じ。だけど。こいつこんなやわい顔もするんだなぁ。
 一ヶ月後。ついにやってきた運命の合コン日。
 気合いを入れてオシャレしてきた俺や峰田、今回有名店の飯が食えるってことで参加した砂藤、こういう場の空気読める感じがすごくて助かってる毎度の助っ人である瀬呂に、女子の半分以上はプロヒ関係の仕事をしてる知らない子で、今日はほんと。より取り見取り!
 今回はかつてのクラスメイト、顔馴染みの女子はあえて声をかけてない。
 なぜかって? そりゃー学生時代の悪評、っつうか、あった事実を暴露されるのを避けるためさ。
 俺と峰田はまぁまぁ色々カッコ悪いことやらかしてるからな。そういういらん情報でかわいい女の子が離れる可能性を避けたわけだ。我ながらせこいと思う。
 轟とその連れ以外のメンバーが揃ったところでラインに『道が混んでて十分遅れる。わりぃ』と連絡が来たから、轟が来てなくてイマイチ盛り上がってない女子に平謝りしながらも、時間なので合コン、スタート。
 砂藤は見た目はゴツいけど、個性が糖分をパワーにする系だから、甘いもんの話となると右に出る者はいない。菓子作りが趣味なんかの女子とは多いに話が盛り上がっている。
 瀬呂は毎度助っ人を頼むだけあって、その場の流れや空気を読んで適切な話題を提供してアシストしてくれる感じがすごい。そのくせ彼女は作ってないらしい。なんでじゃ。

「プロヒ生活、思ってるよりキツいよなぁ。二人は最近どうよ」

 振られた話題にぐっと心の中で親指を立てる。俺と峰田もプロヒーローなんだってさりげなくアピールしつつの口火ありがとうよ瀬呂。
 前菜であるサラダを取り分けて健康意識してますアピールをしつつ、「いやぁ、ほんと、ヴィラン犯罪って減らんよな。毎日忙しいわ」「オメェはいいじゃん、電気なんて強個性だろ。オイラなんかこれだからさぁ」自分の頭からぷちっと髪をもいだ峰田がそれをテーブルにくっつけ、自分の鞄を乗せれば、粘着ボールに強力に接着された鞄は床に落ちることなくその上に乗っている。さりげない個性アピール。「攻撃系じゃないからいつもサポートなんだよ。縁の下の力持ち。おかげで話題にもなんねー」「いやいや、前行く奴だってそういうヒーローのアシストがあってなんぼっしょ。いつも助かってるぜ」ぱちん、とウインクする瀬呂にぐっと親指を立てる。二回目。
 そこで、カランカラン、とベルの音が響いた。
 自然と全員が振り返って、通り雨に降られたらしく、水も滴るイイ男状態になっている轟にきゃあっと女子から黄色い声が上がる。
 おのれ。今作った空気が台無し。

「わりぃ。遅れた」

 轟は用意よくバッグから大判のタオルを取り出して、後ろからぴょこりと顔を覗かせた白髪頭に被せた。「拭け。風邪引く」「う、」そのままわしゃわしゃ連れの頭を拭いていく。自分の方はといえば個性を使って水気を飛ばしたらしく、さっきまで濡れてたのにもう乾いていた。
 轟の後ろからそろりと遠慮がちに入ってきたのは、ネットの写真でも見た例の白髪の男だ。「こんばんわ」と控えめに挨拶して、その視線がテーブルの上の料理をじっと見つめる。
 俺と峰田は瞬時に視線を合わせた。「仕事お疲れ! ここ来いよ」「降られたのか。災難だったな」あえて自分の隣の席をアピールする俺と峰田である。
 なぜかって?
 ここは轟と仲が良いことをアピールして、轟目当ての女子とラインを交換しようっていう魂胆さ。
 何せ、轟自身はそういうことしようともしないからな。なんとか轟の連作先を知りたいって思った女子が俺や峰田に接触しようとするのは自然な成り行きってこと。
 女子の意識を今すぐ轟から引き離すことなんて俺や峰田にできっこない。ここは自分にできる最大限のパフォーマンスをするしかないわけさ。つまり、イイ男を演じる。
 俺と峰田が退いた場所に轟と、「名前は?」白髪のに声をかけると、黄色い瞳の視線が惑った。「え。と。」「か。俺は上鳴、よろしく」よろしく、と返すのも早々にサラダのためのトングを掴んでもりもりよそっていく。なんつうか、花より団子…。
 そのの頭を轟がタオルでまだ拭っている。「手を拭け」「う」フォークを手にしていたが大人しくお手拭きで手をきれいにし、あらためてフォークを握ってぱくぱくとサラダを食べていく。
 前菜だけでも好きなものが選べるようテーブルによって三種類あったわけだが、は全種類を制覇して、そのことに轟が呆れた顔をしていた。なんつー花より団子具合いだ。

「何度も言ってるだろ。食いすぎるな」
「でも、おいし、から」
「まだメインもある。このくらいにしておけ」

 そんで、あまりに食うもんだからおかわりしようとしていた皿を轟が取り上げていた。
 もともと轟は女子のことなんて眼中にない。この場は一応合コンってことになってるけど、轟にとっちゃ『飯を食いに来た』くらいの感覚なんだろう。
 いや、それにしてもだよ。お前のこと構いすぎじゃない? 女の子がすげぇ頑張って話しかけても「ああ」とか「そうか」とかそんな生返事しかしてないし。さすがにちょっとかわいそう……。
 前菜の次はパスタとリゾット。これもは両方取ってきて、食いすぎるなと再三注意する轟と仕方なさそうに半分にしていた。
 メインは一人一皿ずつの牛ハラミのステーキで、見てるこっちが美味いなと思う食い方をして、物足りなさそうに空になった皿を見つめている様に轟が仕方なさそうに自分の肉をやっていた。「俺はいいから食え」「で、も」「美味いんだろ」「うん」「じゃあ食べろ」皿を押しやられて、三分の一くらい減っているステーキを前にごくりと喉を鳴らしたが食欲に負けてフォークとナイフを手にする。
 俺と峰田は、最初こそこう、二人に話しかけるような感じでなんとか場を盛り上げようとしてたんだけど。轟は最初から女子に媚びる気はないし、の奴も食事にしか興味がなさそうな感じで。瀬呂からの援護砲すら無効化するくらい、二人は周りに無関心だった。
 は花より団子だし、轟はそんなを見て女子に向けるよりやわい顔をしてるし。そんなワールド展開されたらそりゃあ女子の百年の恋も冷めるってもんだ。
 結論を言おう。
 俺らの努力も空しく、合コンは失敗に終わったのである。
 せっかくいい店取れたのに。女の子もより取り見取りだったのに。

「お前さーマジ……轟ぃ」

 轟にその気がないと知った女子が参加費を払って早々に解散していく様子を見て、峰田がギリィっとハンカチを噛みしめる。気持ちはわかるぞ峰田よ…。
 回収したお金を数えて会計をしながら、残り時間五分の中、ワイングラスの中の赤い液体を揺らしてる轟を睨みつける。「もうちょっと協力してくれよ。これ合コンだったんだぜ?」「わりぃ」ちっとも悪びれた様子はないし、ワイングラス回してるだけだってのに絵になるなこのイケメンめ。
 あんだけ食ってたのに、は残っているパスタやリゾットをよそって食っていた。食い意地。
 っていうかその薄っぺらい腹どうなってんの、無尽蔵なの。宇宙なの? 食ったものはどこに消えてるんだ。
 峰田がムキーと怒り狂いながら自分の頭から個性のボールをもぐ。「これでも食らえぇ」ご乱心の峰田に「おいやめろって」瀬呂が止めに入ったが遅かった。
 峰田がぶん投げた粘着性の高いボールが、狙ったわけじゃないだろうが、偶然、の腰の翼にべちょっとくっついて、椅子にもくっついた。そんで、蒸しサラダの残りをよそおうと席を立とうとしたに、一度くっついたら離れない峰田のボールがぶちぶちと翼から羽を引きちぎった。
 ガシャアン、と食器が割れる音がして、が腰を押さえて崩れ落ちる。

(やっべ)

 轟がワイングラスを置いての肩を抱く。無表情が常ってイメージの轟が焦った顔をしている。「」「…ッ」峰田の個性ボールに引きちぎられた羽が生えていた場所からぽたぽたと赤い色が落ちる。
 これにはさすがの峰田も顔を青くしていた。「あ、いや、悪い。ほんと、わざとじゃ」事態を重くみた砂藤が峰田の頭を掴んで「悪い、大丈夫か。この通りだ、悪気があったわけじゃねぇんだ。すまねぇ」と峰田と揃って頭を下げるが、轟の右側に霜がおりていた。気のせいか空気がチリチリしている。これは、マズい。
 パキ、と音を立てて轟の足元が凍っていく。
 これは本格的にマズい。たぶん、ブチ切れる。本人じゃなくて、轟がキレる。
 生唾を飲み込んで動けない俺らに、腰を押さえてるがのろりと顔を上げた。痛み故だろう、冷や汗で顔が白い。

「ショウト」
「ん」
「かえる」
「……ん」

 財布から万札を五枚引き抜いた轟がテーブルに金を置いて「参加費とかはこれで頼む。釣りはいらねぇ」と言い置いて、のことをすくい上げるようにして抱き上げると、さっさと店を出ていった。
 残された俺たちは、まず峰田をどついた。「お前っ、やっていいことと悪いことがあんだろっ」「いや当たるとは思ってなくてさ…」「お前、謝れよ。轟マジでブチ切れるところだったぞ」「わぁってる、わぁってるよ! 今度蕎麦持ってお詫びに行くよ……」皿が割れたりちょっと床が凍ったり、店へかけた迷惑は轟が置いて行った金でありがたく補填させてもらうことにする。
 後日、デパートの高級蕎麦を持って轟宅に詫びに行った峰田は、轟が住むマンションの一室なのに、と遭遇したらしい。しかも、なぜか半裸だったらしい。
 蕎麦を渡して改めて前回のことを謝ったら、大丈夫、とだけ返されたとか。早く会話を切り上げたそうにしていた、とか。夏の真昼間なのに薄暗い室内からはどことなくアレなにおいがした、とか。
 俺らは安い定食屋で顔を突き合わせて昼飯を食い……とりあえず、轟の怒りに触れたくないし、このことについては胸の内にしまっておくことに決めた。

「え、っていうかさ。何、そういうコト? アイツに女がいないのってそういうアレなわけ?」
「やめとけ峰田。つついたら藪蛇どころか氷と炎だよ。間違いなく死ぬ」

 次に轟の逆鱗に触れようものなら、マジで死ぬ。触らぬ神になんとやらだ。俺らは何も見てない、何も知らないぞっと。