冷房が壊れてちゃ、個性の力で作り上げた氷の維持ができない。
 致し方ない理由から臨時休業になっていた俺のバイト先の施設が、急遽冷房を一新。本日営業を再開したので、臨時バイトとして入っているオレも出勤となった。

「おー」

 前よりもガンガンに冷房が効いてる。新しいって素晴らしい。
 スタッフの文字が入った長袖のパーカーを着て氷のテーマパーク開店の準備をいそいそと進め、氷のテーブルやチェアを指定数作り出す。オレはデザインされたようなキレイな氷は作れないけど、そこんところは別の子がやってくれるから、とにかく氷で形にしていくってことを繰り返す。
 氷を使いまくると冷えてかじかんでくる手で冬しか使わないだろうホッカイロをにぎにぎ。それでも手が冷たいもんだから、体が熱くなることを思い浮かべる。
 たとえば一昨日のセックス。動物みたいな声を漏らしながら潮吹いてた焦凍のこととか。
 構えた両手からパキパキパキと音を立てて氷塊を作り出す。「はぁ…」セックスしてたことを思っても体は寒い。震えそうになる手で拳を握って、カシャカシャ、ホッカイロを振る。
 毎度思うけど、この準備時間がなかなかの地獄だ。イチから氷を作り出して色々とセッティングしないといけないから。
 個性に頼ったこのテーマパークは氷の個性持ちにとっちゃ夏の稼ぎ場なんだけど、結構に大変だ。個性フル活用。疲れる。
 そうやって今日も多くの個性をフル活用して氷のテーマパークが形になり、カップル家族連れその他、夏の暑さから逃れたい人々が開店と同時に押し寄せてくる。
 事件が起こったのは昼過ぎのこと。
 今日もテーマパーク内のカフェ飯でまかない食を作ってもらい、裏方のスタッフルームであたたかいラーメンをすすっていると、監視カメラに半袖の人間が映り込んだ。

(ん?)

 テーマパークは基本的に冷房ガンガンだ。入場した人にはあたたかい素材の上着を貸し出している。半袖で施設内をうろつくのは子供くらいのもので、大人は貸し出した上着を着ていることがほとんど……。
 ガタン、と席を立つ。監視カメラ内に映っている半袖の男が何か喚いているのがわかったからだ。
 残念ながら音声までは伝わってこないけど、周りの人が引いて距離を取っている。つまりあの男はマズい客だ。
 ラーメンをそのままにスタッフルームを飛び出してパーク内を走り、「リア充どもが、喰らえ俺の個性をおおおっ!」なんか一人盛り上がってるところ悪いんだけど!
 カップルの男女に個人的な恨みがあるのか、両手を振りかぶり今にも何かしそうだった男に個性フル活用のスケーティングで加速した体で突っ込んで体当たりして全力で相手を突き飛ばし、床にタッチ。オレと同じくそう鍛えてないんだろう、ごろごろ転がっていった男を氷の壁で囲う。
 パキン、と音を立てて出来上がった不格好な氷の壁を前に、両手でぐっと拳を握る。なんとか、なった、か…?

(オレ、休憩してたのに。せっかくのラーメンが。もう一回作ってもらえるかなぁ)

 わぁ、と上がった歓声と「ヒーローだー!」とはしゃぐ子供の声に苦笑いして立ち上がる。
 オレはヒーローじゃあないけど、今のはちょっとヒーローっぽかったな、確かに。焦凍みたいなことしちゃったよ。
 不審者に狙われていた男女のカップルは念のためスタッフで保護し、店長が警察に連絡。不審者を引き渡したとき、男の引きつった笑みと目が合あった。パチン、と指を弾いた男がそのまま警察に連行されていく。

「……?」

 なんだ、今の…。謎。
 その日は昼過ぎの事件を除けばいつもどおり平和な氷のテーマパークを営業した。
 冷房を新調したおかげか、個性で作った氷のチェアやテーブルその他の補修回数が減って、氷の維持は楽になった。と思う。
 昼過ぎの事件のこともあり、パーク内の不審者に気を配りつつ監視カメラの映像を見守るオレ。真面目に仕事してて偉い。
 今日の夜飯はどうすっかな〜なんて考えながらカフェの人がくれたあたたかい紅茶をすすっていると、基本のんびり屋の店長が慌てた様子でパーク内の監視カメラ映像を見守るオレのところにやってきた。

「轟くんっ」
「はい?」
「体調に変化はないかいっ」
「体調……? フツウですけど」

 不審者のこともあって今日は氷を使いすぎた気はするけど、あたたかい紅茶をもらったし、調子は悪くない。
 何かを慌てている店長は、オレが拘束したあの不審者の男についての話を始めた。
 警察に連行された男はカップルの女にストーカー行為を繰り返していて、今日はその個性で自分を捨てた女に恥をかかせてやろうと画策していたらしい。「ハァ…」よくある痴情のもつれ、ってやつか。だからってウチじゃなくたってよかったろうに。
 店長が言うには、問題はここから。
 逮捕された男の個性はいわゆる『テンプテーション』系。具体的には、セックスしたくてしょうがなくなる個性、らしい。
 ただし、誰でもどこでも何にでもという便利さはなく、『自分が好きだと思っている相手』にのみ効果を発動し、その強さは『相手への気持ちの深度』に比例する。
 今回のケースで言うならば、狙われたカップルは、男の個性にヤられていたらその場でセックスをおっぱじめていたかもしれない、ってことだ。「そりゃまたすごい個性というか…」個性が効く相手というのに限りはあるし、条件が結構厳しい感じだけど、効く相手には実に強力な個性だろう。18禁ものすぎるけど。

「轟くん、相手に体当たりしてたろう。あのとき触っちゃってるから、おそらく個性にかかってしまってるよ? だから警察の人からわざわざ連絡がきたんだよ。念のため自宅で待機、充分に気をつけてくださいって」
「ハァ。でも今のところなんにも影響ないですし……」
「えー、確認するけど、轟くん恋人は…?」
「いないですねー」

 あっけらかんと笑うオレに店長がホッと息を吐くが、ダメダメ、と頭を振ると「そういうわけで、轟くん、今日はもう上がって。不審者捕まえてくれたし、お給料は一日分つけておくから」「いいんですか?」「警察の人からも自宅待機でって言われてるからね」大丈夫なのになーなんて口では言いつつも、心はガッツポーズのオレである。ラッキー。給料変わらず早上がりとか。
 今のところ実感はないけど、警察の人が念のため〜って言うなら市民は従いましょうかね。
 もしかして、警察に連行される前、オレを見て指を鳴らしたあの行動は個性のスイッチ、みたいなもんだったんだろうか。今のところ効果はないみたいだけど。何せオレ、恋人とかいないし。
 スタッフと書かれたパーカーを脱いで裏口から施設の外に出ると、灼熱みたいな空気がぶわっと顔に吹き付けてあっという間にオレを包んだ。あっっっっつ。
 バスに揺られて都心まで戻り、夕飯はちょっとオシャレなカフェ風にしてみようかなぁなんて冷蔵庫の中身を思い出しながら歩いていると、ビルの壁面にある液晶パネルが目に入った。『お手柄! イケメンで実力もあるヒーローショート』と踊る文字。どうやらまたヴィランによる事件を解決したらしい。
 ちゃんと仕事してるなぁ弟よ、なんて口の端で笑って、液晶パネルにでっかくアップになって映されたイケメン顔を見て、ずきん、と心臓が痛んだ。「…っ?」ぎゅう、と左胸を押さえる。
 ドクンドクンと早鐘を打ち始めた心臓が。痛い。
 おかしい。さっきまで普通で。普通。だったのに。
 浅い息を繰り返しながら電柱に肩をぶつける。
 股間が。痛いんだけど。いや、なんで。外なのに。

(…個性……)

 オレがかけられたっていう、セックスがしたくてしょうがなくなる個性は、『自分が無意識化で好きだと思っている相手』にのみ効果を発動し、その強さは『相手への気持ちの深度』に比例する……。
 グラグラ揺れる視界に『怪我人が出なくてよかったです』犯したいと思う涼しい声が耳から意識までを引き裂いてくる。理性という意識がインタビューを受ける焦凍の声でボロ布みたいに散っていく。
 ヤバい。この場を離れないと。股間が爆発する…。
 夏の暑さと股間からくる熱が熱くて、熱すぎて、個性全開にして歩く冷凍庫みたいな温度で体を引きずってマンションに行き、なんとか部屋に帰宅。玄関で崩れ落ちるのと同時にボロボロと涙がこぼれてくる。
 苦しい。どんだけ冷やしても股間が破裂しそうなくらい張りつめてる。苦しい。辛い。痛い。
 横になろう、寝たら治るかも、とベッドまで這っていく途中、洗濯機が目に入ってしまい、洗濯物の中から焦凍のパンツを掴む。抜けばなんとかなるかもという一抹の期待を込めてみたものの、見事空ぶり。どんだけしごいても射精しても痛いくらいに勃起したペニスが萎えることはない。
 痛い。苦しい。辛い。しんどい。

(『自分が好きだと思っている相手』にのみ効果を発動し、その強さは『相手への気持ちの深度』に比例する……)

 布団を被って「ちがう」と震える声をこぼしたところで勃起したもんは治まらないし、痛いし、苦しいし、しんどいし。
 床に放り出したままの鞄を掴んで中身をばら撒くとスマホが転がった。仕事中、とわかっていながら掴んだ携帯で『焦凍』となっている番号に電話をかける。
 仕事中でも相手は3コールめで出た。『?』その声で股間がいっそう張りつめる。「しょーと…」助けてくれ。苦しい。痛い。しんどい。個性が自然と解除されるまでずっとこのままなんて生き地獄すぎて無理だ。ムリ。
 オレの様子がおかしいってことは電話越しでも伝わったらしく、『どうした?』と言う声に色が滲む。その分オレはしんどくなる。
 焦凍の声。涼しい顔してるくせにセックスのときは女みたいに喘ぐし動物みたいに啼く声。

「しんど、ぃ」
『風邪か?』
「ちがぅ。こせい…」

 ああ、セックスしたい。頭の中がそればっかりで埋まって思考能力ってものがどんどん低下していくのがわかる。『個性?』「バイト、さき。で。ふしんしゃ…つかまえ。て。そのこせいが…」『今どこだ』「いえ。へや」セックスしたい。抱き潰したい。喘がせたい。啼かせたい。
 息をするのだけでも辛くて携帯が手から落ちた。、と呼ぶ声に股間が痛くて涙が出てくる。

『すぐ帰る。待ってろ』

 その声を最後にスマホは静かになった。
 ずきずきと痛む股間と向き合うだけの時間が長くて、長くて、考えない方がいいことまで考えてしまう。

(好きじゃない)

 焦凍とはセックスしてるだけだ。男としての欲求を互いに満たし合ってるだけ。家族としての愛情はある。でもそれ以上はない。ないと思わないとやってられない。
 セックスのときしかキスをしないって決めてる。ちゃんと線引きしてる。まだ手を離せる。あれは兄弟としての黒歴史だったなっていつか苦笑いできるような、そんな日が来ても大丈夫なように、オレは、好きを、閉じ込めてきた……。
 血の繋がった兄弟で、男同士で好き合うなんて、どこにも救いのない道だ。
 そちらへは意地でもいかないと分かれ道で立ち止まったままもう何年が経ったろうか。
 すぐ帰るの言葉の通り、焦凍はすぐに帰ってきた。ヒーローの仕事でこの辺りにいたのか青い耐炎スーツのままだ。「っ」部屋に駆け込んできたヒーローにふらっと起き上がる。「どんな個性かけられたんだ。必要なら病院に、」焦った顔でこっちを覗き込んでくる焦凍の腕を掴んでベッドに引き倒し、青い服の前にあるファスナーをじゃっと引き下げる。肌色。望んだ色に目の前が揺れている。
 オレが勃起しているってことは焦凍にもわかったようで、ベッドに倒されて驚いていた顔に構わず『痕をつけない』という約束を破ってその首に噛みついた。「い…っ」痛い、という言葉を呑み込んだ声に構わずスーツの下に何も着てない肌に指を這わせる。急いで駆けつけたのと外の暑さで汗が滲んでいる肌を、犯したい。

「せっくす、しないと、なおらないんだ。いたくて…くるしくて。しんどいんだ。しょうと」

 バッキバキに勃起して苦しくてしんどくてボロボロと涙を落としているオレに、約束破って痕をつけたオレに、焦凍は怒らなかったし呆れなかった。「そうか」とこぼすが早いか迷うことなくオレのにしゃぶりついて、なんとか熱を治めようと手伝ってくれる。そのいじらしい姿に股間の熱はいっそう上がってまた苦しい。苦しくて苦しくて、氷のナイフで焦凍のスーツの背中から尻にかけてを破ってしまう。「ごめん」スーツ、ダメにしてごめん。弁償するから今日だけは許して。
 シンプルな黒のボクサーパンツをずり下げてベッドに常備しているローションを落として指を入れる。ふぐ、と息をこぼした焦凍に構わず乱暴に指で孔を掻き回す。「ごめん」余裕があったらもっと丁寧にしてあげたいんだけど。ごめん。本当に。今日は優しくできないし痛くしかできない。
 乱暴に押し倒したオレに、焦凍は怒らなかったし、呆れもしなかった。
 ヒーロースーツはダメにするし、乱暴にしかできないのに、そんなオレでもいいとばかりに足を広げる姿に、理性の最後の糸がプツッと音を立てて切れた。
 ゴムをするのも忘れて生のまま焦凍の中に突っ込む。
 痛い、というのを堪えている顔ですら興奮してるオレはどうかしてる。

「ごめん」

 かろうじて口にできてこの三文字と焦凍って名前だけ。
 あとはひたすら焦凍を犯した。犯して犯して犯し尽くした。たぶん、今までしてきたセックスの中で一番乱暴で、一番時間が長くて、一番最低なセックスだった。
 五度目になる射精で焦凍の中を汚す。
 意識が飛びかけてるのはオレも焦凍も同じで、お互い人間らしい言葉の一つもなく、焦凍は動物みたいに啼いてみっともなく喘いで、オレは犯すことしか考えられない獣になり果てる。

(好きじゃ、ない)

 前立腺を擦りすぎてドライでイくようになった焦凍の口を口で塞ぐ。好きじゃない。弟のことなんて好きじゃない。「〜ッ!」少し触っただけでイった焦凍の中がぐじゅっと収縮する。ゴムつける余裕がなかったから直にひだの感触がわかる。気持ちい。
 今日だけ。今だけ。もう絶対こんな乱暴なセックスはしないからと自分に言い訳しながら焦凍の腹の奥を突いて、突いて、突き続けて、六度目の射精をする。女で言ったら子宮にあたる場所で精液を吐き出す。
 悲鳴、と、痙攣。いわゆるドライオーガズムの域に達したらしい焦凍の体が跳ねている。肌に触れただけで、ちょっと動いただけでイってる。
 新しい域に到達しちゃったなと他人事のように思いながら、ようやく冷静になってきた頭で邪魔な白髪をかき上げる。切ってないせいで伸びっぱなし。邪魔。「焦凍?」水分不足の枯れた声をかけると焦凍の体がまた跳ねた。呼んだだけなのにイったらしい。
 掠れた呼吸を繰り返している焦凍にはとても申し訳ないけど、おかげさまで、オレの方はどうにかなったみたいだ。
 絡みついてくる焦凍の中からぬぽっと音を立てて小さくなったペニスを引き抜くと、どろっとしたものがついてきた。オレの精液その他もろもろである。
 色々処理してあげたいけど、呼んだだけでイくような状態が続いてる焦凍に無理をさせるわけにもいかないや。
 焦点がぼやけている、色の違う両目を手のひらで塞いで、赤と白の髪をゆるゆると撫でる。
 無理をさせてしまったし、不可抗力とはいえまた開発してしまった。
 こんなにしておいて今更『焦凍の手を離そう』だとか、どの口が言えるんだか。笑っちゃうよ、ほんと。