宝石に興味のない、知識もない俺から見ればダイヤモンドにも似ていると思う鉱物を指でつまみ、窓の向こうから射す陽にかざすと、きれいな光彩をみせて輝いた。
 この鉱物は自然由来のものではなくて、人の個性でできている。らしい。

「過去に肉体から結晶を生み出せる男がいた。それに類似した個性といえるだろう」

 親父の声を聞きながらふぅんとぼやいてタブレットを繰り、今もタルタロスにいるだろう結晶の個性持ちの男の情報を斜め読みする。
 この男は個性の結晶を宝石として売り飛ばされていた過去があったが、硬度とか見た目の問題で利用価値なしと切り捨てられ、死穢八斎會に拾われている。確か、緑谷が学生でインターンしてた頃に対峙してたんじゃなかったっけか。
 そんなことを思い出していると、手のひらで転がしていた鉱物を太い指が取り上げた。大事な証拠だからということか、ご丁寧にケースに収めている。
 ダイヤモンドにも似た輝きがあるが、ダイヤよりは安価で販売されることで密かな人気を博しているこの宝石。通称『デミ・ダイヤ』は販売ルートがかなり複雑で、販売時期や店舗もころころと変わる。
 これまでの売上金額をざっくり計算すると、軽く億に届くらしい。
 その出所が怪しいとヒーローが地道な捜査を続けた結果、先日、ようやく証拠を掴んだ。
 その期間は十年。俺が雄英で学生やってた頃からコツコツと続いていた地道な捜査が最近ようやく実った、ということだ。
 タブレットに表示されている作戦展開場所、こじんまりとした島を眺め、「ここに突撃かけるのか」とぼやくと、親父は重々しく頷いた。
 こじんまりしているとはいっても、島だ。それなりの人員、ヒーローを配置する必要があるし、億稼いでるヴィランがここを拠点としてるなら、捜査は簡単にとはいかないだろう。
 こじんまりとしちゃいるが通称『学生島』と呼ばれるほどに学院や学徒が多く、豊富な学び舎があることで有名な島だ。俺でも通り名を知ってる。学生島がヴィラン拠点の隠れ蓑として機能しているのなら、これは厄介だ。
 どこに敵が潜んでいるのかわからないのに、保護すべき学生が多い。大規模な作戦前には一般人は避難させるのが通例だが、ヴィランに気付かれないよう行動するには骨が折れるだろう。現地の協力者だって必要になる。
 そして、それだけの事前準備をしたとして、敵地の只中に飛び込むことになるわけだから、作戦が成功する確率はそこまで高くない。

「多くのヒーローに集ってもらうことになるが、機動力のある者には切り込みを頼む予定だ。焦凍、お前が指揮を取れ」
「わかった」
「それからだ。これも大事な話だが」
「見合い話なら断る」

 先手を打ってスッパリ言い切った俺に親父が口ごもった。「お前ももう25だろう。そろそろ本気で考えてもいい頃だ」「うるせぇな。その気はないって何度言ったらわかるんだ」前線の作戦指揮者として轟焦凍の名前がある書類にざっくり目を通して容認のサインをし、タブレットを突き返す。
 だいたい、お前が個性婚をした結果家族がめちゃくちゃになったじゃねぇか。何も学んでないとは言わせねぇぞ。
 おかげで俺も多少なりとも歪んだ。そういう人生送ってる奴が結婚に夢なんて見ないし、自分の子供なんてものは思い浮かばない。
 たとえば無理すればそれができたとして、幸せな家庭にしてやれる自信もない。そんな野郎が気軽に見合いして結婚してちゃいけないだろ。
 この話はもう終わりだ、と部屋を出た俺に親父は物言いたげな視線を寄越してきただけで、それ以上は何も言わなかった。

 作戦決行日はよく晴れていて、学生島では桜が咲いていて、海風に乗って桃色の花弁を散らしていた。

「いよいよだね」
「ああ」
「作戦に支障はないかい?」
「とくに連絡はきてねぇ。避難の誘導は予定通りってことだろ」

 今日のために集まったヒーローには顔見知りも多く、俺の班には飯田や緑谷もいる。雄英で見知った顔で、実力もわかってる。背中を預けるのに適した相手だ。不安はない。
 相変わらずどこでもキレてる爆豪が苛立たしそうにアスファルトの地面を爪先で叩いている。「さっさと始めろや」「おお」ちょうど作戦開始時間になった。爆豪の言うとおり、始めよう。
 問題の施設。近代的なビルをヒーローで取り囲み、個性を使ってそのビルの周辺を氷で隔離。ヴィランが逃げられないようにし、その場を後方支援が得意なヒーローに任せ、俺、緑谷、飯田、爆豪がビル内部へと突入する。
 多くは普通の会社を装うための一般人だったが、中には銃を撃ってくるような連中もいたし、会社員を人質としてくるような奴らもいたが、適切に対処し制圧。最上階の社長室の扉を突き破って中に入るまでに五分もかからなかった。

「……檻?」

 社長室とは名ばかりのそこは、全面が窓で明るく、開放的な空間のように感じたが、鉄格子によって閉ざされていた。
 まるで檻の中を観察するかのような位置にテーブルとソファがある。あとは鉄格子でできた檻の中に、ベッド、シャワー、トイレなど、生活していくのに必要なものが詰め込まれ、組み合わされ、人を『飼う』のに適した場所になっていた。
 爆豪が鉄格子の部屋の出入り口だろう扉を爆破し、吹き飛んだ扉がゴンと重い音を立てる。
 その音で目を覚ましたのか、ベッドの方でもそりと何かが動いた。
 寝起きのぼやっとした顔で起き上がったのは、春の色をした髪の男子だった。
 髪色だけ見れば女子みたいだけど、シャツ一枚の胸元は真っ平だから、男で合ってると思う。「……?」俺たちヒーローの姿に首を傾げたあと、慌てたように左右に首を振って誰かの姿を探して、誰もいないことに気付くと呆然としていた。

「君、大丈夫? 話せるかな?」

 緑谷がベッドの脇に行ってしゃがみ込むと、男子はかくりと一つ頷いて、「はい」と弱い声で返事をする。
 俺らの間で威圧感(背丈的な)がなくて相手とスムーズに話をできるのは緑谷だ。ここは任せて、俺らは他に何か残されてないか部屋を調べておこう。
 爆豪が舌打ちしながら社長室の本棚に入っている本を斜め読みし、バサバサと振っては落とす。

「ンだよ、親玉はどこだ」
「…逃げられたか……」
「事前に察知されていたと?」
「可能な限り注意はしてたと思うが。ここは、作戦場所と避難民が多すぎたし、敵の本拠地だ。どこかから漏れてた可能性はあると思う」

 俺らが突撃かけた場所が一番本丸である可能性が高いとはされてたが、疑わしい施設はほかにもいくつかあって、そこにもヒーローが入ってるはずだ。作戦の規模が大きければ大きいほど、手の届かない場所も出てくる。
 声を潜めて会話しつつ、本棚の本は調べ終わってしまった。次はソファやテーブルに何か仕込まれてないかを確認し、隠し通路や部屋がないか、各々思うところを調べ出す。
 とくにめぼしいものは発見できずに部屋の捜索を終えた頃、「ショート」と呼ばれて寄っていくと、春色のピンクの髪をした男子を横に緑谷が複雑そうな顔をしていた。「この子が例の子だ。デミ・ダイヤの」「本当か」「うん」お願いできる? と手を合わせた緑谷に、こくりと一つ頷いた男子がべっと舌を出して……何をしてるんだと思ってたら、その舌から唾液がぽたりと落ちて、床に落ちる前にカツンと硬質な音を立てて、結晶として転がった。
 その色合いに見憶えがあった。
 手を伸ばして結晶を拾い上げると、もう冷たくて、ついさっきまでこれが人の唾液だったなんてことは言われないとわからなかった。
 ヴィランの親玉には逃げられたし、この島にいたろうヴィランを全体でどの程度捕らえることができたのかもまだ謎だが。とりあえず、ヴィランの資金源だろうとされていたデミ・ダイヤの生成主は保護することができたわけか。それならこの作戦は空振りだったってことにはならないな。

「名前は」
、といいます」
。もう大丈夫だ。ヒーローがお前を保護する」

 そう言ったときのの表情は、安堵、というより、困惑、に近かったと思う。