目が覚めて最初に思ったことは、ケツと、腰が、痛い。だった。「……っ」なんでこんなズキズキするんだと顔を顰めて、ピンクや赤の色が目立つ視界の中、目の前で寝てる紅茶色の髪の男を見て体が固まる。
 男二人が寝てるには不似合いなピンクのシーツの丸いベッド。同じ色の天蓋。赤い壁紙。男が二人で眠るには似つかわしくない部屋。
 痛む腰に手のひらを当てる。
 ああ。そうか。そうだった。
 俺たち、セックスしたんだった。できたんだった……。だからケツがいてぇし腰もいてぇわけだ。

(っていうか、寝てるな。寝たフリじゃなくて本当に寝てる)

 睡眠はまだ必要ないって言ってたけど、じゃあ、取り戻せたんだな。この部屋でしなきゃならなかったこと、『わたしいがいをあいしてみせて』というお題目はクリアしたわけだ。……よかった。
 正直、今回のコレは俺はよくても抱く側がどう思うのかって問題があったんだが。目の前で平和な顔して寝てるってことは、クリアしたってことだろ。愛した、愛された、そういう判定があったってコトだろ。たぶん。
 ………ちゃんとした寝顔を見たのは初めてだな。睫毛長いんだな。そんなことを思いながらぼやっと男の寝顔を眺めて痛む腰をさすっていると、男の後ろに白いワンピース姿の女が立ったのが見えた。黒くて長い髪。何度も見てきた過去の女、亡者。
 ただ、今そこに立っている女は、亡者って顔はしていなかった。なんだか泣きそうな笑顔で寝ている男のことを優しく見つめていた。

『嫌われようと思ったの』
「…あ?」
『私のことをきれいさっぱり忘れてほしかった。嫌いになってほしかった。憎んでほしかった。他に愛せる人を見つけてほしかった。……全部が全部うまくはいかなかったけど、だいたい、満足できる形になった』

 俺に向けてありがとうと笑う女に、ふん、とそっぽを向く。
 ああ、なんだ。つまらねぇ理由と結末だ。
 俺にとってはかけがえのない旅は、最初から、この女に仕組まれていたのだ。こうなることまでも。『でもね、本当に私と来てくれるなら、それでも良かったの。好きな方を選んでくれれば、文句なかった』……ろくでもない女を愛したんだと思いたかった。女なんてそういう執着心の塊で、コイツは間違った奴を愛したんだって思いたかったのに。結局、お前のこと思って全部のことを仕掛けただけのいい女だったんじゃねぇか。つまんねぇの。
 俺に扉が見えたのも、その場所を夢で示したのも、全部は仕組まれていた……。
 どこかで、現実なんてそんなもんだと嗤う自分がいたが、予想以上にショックを受けているのも事実だった。
 別に、運命だったとか、そんな夢見がちなことを言うつもりはないが。それに似たものなんだと、思っていたかったのに。
 女はしばらく男の寝顔を見ていたが、ふと気付いた顔で俺を見ると『彼はというの』名前。コイツの。ようやく知れた。


『そう。起きたら呼んであげて。それで仕上げ。私のことは、忘れてしまう。この旅もおしまい』

 彼のことをよろしくね、と言い残した女が最後にの唇にキスを残して、すうっと溶けるようにして消えていった。
 女の行動に眉間に寄っていた皺を指で解し、キスしていった唇をぐいぐいと布団で擦る。
 あの女の想いっていうのも大概だが、俺も大概だ。別れのキスも許してやれそうにないんだから。
 ……とは、雪の舞う冬空の下駅で声をかけられるっていう出会い方をしただけ。
 思い返しても、との出会い方はありふれていたし、今思えば仕組まれていた。
 ただ、コイツと不思議な扉や不思議な入り口を鍵で開け、閉じていく旅は。控えめに言って、今までの人生の中で一番楽しかった、と、思う。
 いつもいつもクソ親父に個性特訓を課されてばかりで、友達なんてものもいなかったし、家族はどこか俺によそよそしい。
 そういうのを全部知らないに笑って話しかけられるのが好きだった。
 といる間は自分が普通の人間で在れている気がしたから。個性のことも、クソ親父のことも、家族のことも、全部いったん脇に置いて、目の前のことだけ考えられたから。

(最初は空寒いと思ってたあの笑顔が、眩しくて、あったかいものに変わっていったから。いつの間にか、好きになってた)

 暗闇の中で握られる手は嫌いじゃなかったし、徐々に人間の感覚というやつを取り戻していくを見ているのは、手伝っている俺としても嬉しかった。
 だから。この旅が終わってしまって、との関係が何もなくなるかもしれないってことは、旅の終わりが近づくにつれ、俺の中で怖いコトになっていた。
 自分以外の誰かのことが気になって、ソイツに自分を見てほしくて、他の誰にもやりたくないと思う。こういうの、好きって言うんだろ。
 仮に違っていたとしてもいい。
 好きだと思うほどの想いや執着をという男に感じたことは事実で、抱かれてもいいと思ったのも本当なんだ。これが間違っていたとしても、俺は、構わない。俺が前だと思う方が前だ。
 だから、この道は、正しい方向に続いている。
 そうやって俺たちの『不思議な旅』は、静かに始まったように、静かに終わった。
 地元に戻った俺は、春休みが終わり、学校が再開したら、中学二年生の退屈な日々に逆戻り。
 はといえばカフェでバイトを始めた。人間に戻ったら働くとか言ってたけど本当にそうした。真面目だ。
 最近は学校帰りにカフェへ寄ってはドリンクを頼み、勉強の予習復習をして家に帰るのが日課になった。
 週末はなんとか開けてもらってるんだとかで、畳八畳しかない狭いアパートの部屋に招かれ、そこでくっついたり甘やかしてもらったり、セックスもしたりする。
 そんな密やかな関係は静かに続いて、俺とが出会った冬が巡ってきた頃。

「雄英、推薦枠取った」

 俺にとってはクソ親父を見返すためだけの雄英行きだったが、無個性のにとってはすごいことらしく、俺が思ってるより大げさに驚かれた。「やったぁ轟! 偉い! 俺の自慢!」全身で喜びを表現したかと思えばきつく抱き締められて、こういうのも悪くないな、と思いながら大人しく頭を撫でられる。
 家には『友達のとこへ遊びに行く』って嘘吐いてるから、外食して祝うようなことはできないが、最近はデリバリーサービスが充実してる。中には俺の好きな蕎麦もある。店で食べるよりは鮮度とか落ちるが仕方がない。
 はさっそく俺の好きな蕎麦を頼んでくれた。「ケーキも欲しい?」「じゃあ、食べる」祝われてる感じがするし。
 カフェで仕事をするようになったからか、最初は何もなかった八畳一間はカントリー調の家具で統一され、最近は飯にも凝ってる。カフェの飯はまずコピーしようって感じで色々頑張ってて、だから、最近は洋食も結構好きになった。
 俺が蕎麦が好きだから、今度は蕎麦粉を買ってガレットをしてくれるって言ってた。蕎麦打ちにもそのうち挑戦するって言ってたし、楽しみだ。
 携帯を弄って注文してるの横を通ってベッドに行って、イエスノー枕のイエス面を表にして紅茶色の髪の頭に押しつける。

「蕎麦とケーキじゃ足りない」
「はぁい。全力で祝うよ」

 ケーキを注文したことを知らせる画面で携帯を放ったに抱き締められるままベッドに倒れて、ちゅっちゅとリップ音を鳴らすキスをしながら服を脱いでいく。
 舌触りなんてよくないのに、顔の左側、火傷の痕を舐められるといつも体が疼く。そこ以外を舐めてほしい、って。「そこじゃなくて…ッ」ざり、と瞼の上を舐められる。「んー?」わかってるくせにわかってないような声で火傷の痕まで愛してくれる。……醜い俺でも愛してくれる。望まれたレールを走る俺じゃなくても、は、愛してくれる。
 どこからどこまでが計算されていた出会いだったのか。に憑いていた女が消えた今となっては知る由もないが、まぁいいか、と思う。
 誰かのことが好きになった。
 人のことなんてどうでもよかったのに、この人のことだけは放っておけなかった。
 結局のところ俺が感じて行動したことがすべてだ。たとえば出会いが誰かに仕組まれていたことだとしても、俺の気持ちも行動も強制はされていなかった。俺はしたいことをしたいようにしただけ。これはその結果。

「す、き?」
「ん? 轟のこと? 好きだよ。かわいい」
「かわぃ、くねぇ」
「かわいいよ。乳首コリコリ、ちんこも腹につくぐらい勃起して気持ちいって言ってるし、そーいうの素直でかわいいと思う」
「……ッ」
「お前の顔も好き。将来絶対イケメンになるのに、今はトロ顔しちゃってさ。俺がそうさせてるんだなって思うと興奮する。もっと言おうか?」

 狭い賃貸のアパートらしく狭い浴室内で、手のひらで口を押さえて声を殺しながら、気持ちのいいところをひたすら抉られる。家族のことも個性のことも敷かれたレールのことも全部頭から吹き飛ぶ快感と熱に支配される。
 ベッドでやわらかく抱かれるのも好きだけど、立ちっぱでするしかないような狭い場所でひたすら犯されるのも好きだ。
 耳たぶ噛まれて甘い声で「かわい。そんな気持ちい?」囁かれながら気持ちいところをゆっくり擦られて、透明な体液をぽたぽたと滴らせながら何度も頷く。それ好き。気持ちい。腰砕けそ。

「も、た、てな、」

 何度目になるかもわからない、白未満になった液体を漏らしながら喘いでこぼすと、がぐりぐりと腰を押しつけてきて中をかき回すもんだからまたイッた。「…ッ!」危ねぇ。声出すところだった。
 ……は大人だから、俺の腰が駄目になるまではシないし、無理強いもしない。
 もう立てない俺を浴槽の淵に腰かけさせ、泡立てたボディタオルできれいに洗っていく。
 まだおっ勃ててるくせに、ムカつくなぁ。いつかその余裕崩してやる。そんなことを思いながら大人しくきれいにされて、Tシャツと短パン姿でよろよろ歩きながらベッドに転がる。
 ちょっと休憩するつもりで目を閉じたら、いつの間にか寝てたらしく、ピンポーンという音で意識が醒めた。「はーい」の声に、薄く目を開けてベッドに手をついて起き上がる。腰もケツも違和感はあるけどそのうちよくなる。
 デリバリーの蕎麦にショートケーキ、俺が寝てる間に用意したんだろう、カフェで出てきてもおかしくない色取り取りのサラダというなんだかちぐはぐした食事が並んでいるテーブルをぼうっと眺める。

「起きれる?」
「……ん」

 紅茶色の髪の持ち主が差し出す手をしっかりと掴んで、少しふやけてる感じがする足腰に力を入れて立ち上がる。
 そのまま俺より細い人をぎゅうっと抱き締めるとなんだか満足できた。
 だって、俺の人だ。俺だけの人だ。俺だけを見てくれる、俺だけを愛してくれる、醜い俺を肯定してくれる、俺だけの人だ。
 いつも眉間に皺が寄ってると自覚してる自分の表情が少しだけやわらかくなり、口元が緩んで、抱き返してくる手の温度をぬくいと感じる。
 ああ、俺、今、すごく。

(しあわせ。だ)