私は自分のことを冷めている鬼だと思っていた。
 それはつまり、『何にも熱くならず』『冷静で』『正しい判断のできる』己だと思っていたということだ。
 十年と少し前までは私はそういう生き物だった。
 鬼らしく、無駄がなく、生きるのに困ることはなく、必要だからお稚児を作って生き血をすする。唾液を飲む。汗や涙を舐め取る。その繰り返し。
 人間を選ぶ理由は単純に『持ち』がいいからだ。
 牛も馬も大きさのわりに三十年と生きないが、健康にさせていれば、人間は倍持つ。取り換える手間が少なくなっていい。賢く育てれば暇潰しの話し相手にもなる。
 この顔で微笑んで手を差し出して、取らなかった人間はいない。
 焦凍だってその一人。親に虐待されていたかわいそうな子供。優しさに飢えている子供。誑し込むことなんてわけはなかった。騒がず、怯えず、逃げ出す面倒もない、私の手を取る最高の条件が揃っていた。焦凍を選んだ理由はただそれだけだった。

「アっ、ああ゛、ひ、ィ、きたぐ、な…! も、イきた、な、」

 這ってでも逃げようとする焦凍は私より体格がいいから、術を使ってでも布団の上に縛り付ける。それでも焦凍は抵抗した。「ゃ、ら、。も、や」足を閉じようとする焦凍に仕方なく腕に力を入れて開かせれば、前も後ろもとろとろになっている。
 これで何度目だったかな。忘れてしまったな。
 なおも言い募ろうとする焦凍を光らせた目で見据えれば、私の腕を掴んで抵抗していた手がぱったりと落ちた。「あ……」だらしなく開いた口からこぼれた唾液を吸い上げて舐め取る。いつもより少し薄いが、甘い。
 もう精液が枯れ果てたのだろう、達しても透明な液体をこぼすだけになった焦凍の陰茎を舌で舐め上げ、刺激すれば、緩くなっていた孔がきゅうっと締まった。うん、そう、それでいい。

(気持ちよくしてあげるから。いい子だから、全部呑み込んで、自分の力として蓄えなさい)

 ……正直、ここまで自分が抜けているとは思っていなかった。
 焦凍は私の灰を飲んだ。その灰が核になった。焦凍は意図せず私に寄生される形になり、その体の半分は鬼になってしまった。
 そう、鬼になったのだ。私と同じモノに。
 元が人間、半分はまだ人間。完全に鬼のルールが当てはまる体ではないが、この半年、私は焦凍から鬼としての力を奪い続けて自分の糧にしていたことになる。
 私の力をある程度分け与えなくては、焦凍の中の鬼が枯れてしまう。
 へその下辺りが私の形になるくらい突き込んで、中に出す。「ア、ぁ、」がくがくと痙攣している焦凍の中を私で埋めて、目の焦点が合っていない顔の左側を手のひらで撫でる。
 もういいだろうか。まだ足りないだろうか。半年奪い続けた力を返したいが、どのくらい出せばいいのか、初めてのことで加減が分からない。

「焦凍」

 白く泡立って溢れている、私を咥え込んでいる場所を眺める。
 こぼれてしまっている。余さず吸収してほしいのだけどな。
 一体どのくらい出せばいいのか。考えながら、たぷたぷと揺れている大きなお腹を撫でる。「もういいかな」これだけ出せば、抜いてしまって溢れたとしても、焦凍の栄養になるくらいの分は残るだろうか。
 私が弱ってしまってもいけない。今日はこのくらいにして、また今度あげよう。
 ぬぽん、と音を立てて小さくした性器を引き抜くと、一瞬あとに白っぽい液体がドロドロと溢れてきた。「焦凍。締めて」「う、」「焦凍」これじゃあこぼれていくばかりだ。せっかくたくさん出したのにもったいない。
 もったいないから、私が舐め取って、体内に戻しておこう。
 そうやってこぼれていく液体を舌で拭っていると、とんとん、と控えめに小屋の扉が叩かれる音がした。「あの、さん。焦凍くん、ご飯を食べないと。そろそろ丸一日です」出久だ。恐る恐るやって来たというのが声から伝わってくる。
 ご飯。ああ、人間的な方の。
 焦凍、と頬を叩くが、小さく痙攣を繰り返すだけで動かない。返事もしない。もう術は解いているのに。
 なんだかこれはまずいのではないかと思って着物を引きずって羽織りながら引き戸の扉を開け放って「出久、焦凍がおかしい」と言うとびゃっと飛び上がられた。「あ、えっと僕何も見てな…焦凍くんっ!?」私から焦凍へと視線を移した出久がぎょっとした顔で中に駆け込んでいく。

「うわぁお腹が…ッ、かっちゃーん!!」

 それで、出久の叫び声で舌打ちしながら登場した勝己は、焦凍を見るとカチンと固まった。次いで私を見やると、あろうことか、蹴り飛ばした。
 ずっと抱いていたし、ずっと出していたから、精魂尽きてる私は抗う力もなくて、簡単に蹴飛ばされて小屋の外まで転がされた。痛い。

「何をしとんだテメェは!!!」

 怒号のような声に、蹴られたお腹を押さえながら起き上がる。痛いな。「何って……奪った分の力を、返そうと思って」「限度ってモンがあるだろうが! 相手は半分人間だってことを忘れとンのか! 一気に取り込めるわけがねェ!」……そうか。じゃあ溢れてしまっているのは、そういうことか。毎日少しずつ返さないといけなかったのか。
 このときも、私は自分の愚かさに辟易した。
 出久がお風呂で焦凍の介抱をしてる間も、ブチ切れた勝己に怒られている間も、私は自分の愚かさを呪った。
 私は、自分は冷めている鬼だと思っていた。何にも熱くなれない鬼なのだと思っていた。自分はそういう生まれついての生き物なのだろうと思っていたのに。
 罰として命じられた掃除のため、箒を手に枯れ葉を集めながら、垂れてきた黒髪をかき上げてじっと空を睨みつけると、あの顔が浮かんでくる。顔のない顔、潰れた顔が。
 今はなき鬼の都を誰が治めるのかという段階になって出てきた立候補者、通称悪食。奴と俊典が伝統に則って闘い、勝利したのが俊典。だから彼があそこを治めていた。

(私は、焦っているのか。あの鬼を前にして。冷静さを欠くくらいには)

 悪食。俊典と同等の強さがあると言われていた鬼で、この今も配下の数を増やし続けている。
 彼の思考は、端的に言って、鬼らしく悪だ。
 他者を利用することを躊躇わない。いや。自分以外のすべては自分のためにあると思っている。弄ぶことも、命を奪うことも、拾い上げることも、捨てることも、奴の中ではすべてが等価値で、すべてがどうでもいいのだ。
 人間、物の怪、妖、すべてを手中に取り込みながら、奴は自分に反する鬼を消そうとまで目論んでいる……。
 焦凍は、鬼でもなければ、人間でもない。中途半端な存在となってしまった彼に居場所を作ってやれるのは私だけ。それなのに私の力は未だ弱く、子供以外の姿を取れない。
 そうだ。しばらくなりを潜めていたあの鬼を前にして私は焦っている。だから空回りばかりしている。
 荼毘と名乗るあの男が現れてから、その向こうに奴が見えてから、私はずっと焦っていたんだ。そんなことに今頃気が付いた。

「ああ、くそ」

 その焦りを焦凍にぶつけてしまった。そんなことをしてもどうにもならないのに。