腹が重い。何か重しでもつけて重量を増やして修行してるのかってくらいに重い。
 あと、すごく動きにくい。
 歩くだけで揺れるし、重いからいちいち手をやって支えてしまうし、そのせいで片手が塞がりがちだ。
 今も、なんとか二人分の食器をきれいにしたが、腹が重くて休憩を入れないと次の行動に移れない。
 が待ってる。早く行かないと。
 陶磁器のようにひんやりとした、すべらかなあの肌に触れたい。甘い声で焦凍と呼ばれたい。宝石の瞳に愛でられたい。
 でも、腹が重くて。今までみたいに動けないのがとにかく歯がゆい。
 ここに来る前は半日歩きっぱなしとか普通にできたのに、今はとんでもねぇことしてたなって思う。

「焦凍」
「、」

 腰かけていたところからぱっと顔を上げれば戸口にがいた。「大丈夫かい」外見年齢で言うと十歳と少し。まだ全然子供の姿をした鬼は、子供が遊ぶような毬が跳ねて転がっている不思議な着物を着て、困ったように眉尻を下げている。
 俺を孕ませてから、お前はそういう顔ばっかりだ。
 ………の紅い目を見るだけで腹の奥が疼く。
 破裂する、と思うくらいのを注ぎ込まれたあの一日は、体にも頭にも、今も鮮明に焼き付いている。だから疼く。あの苦しさに口内には苦い味が広がるのに、無茶苦茶にされて雌みたいによがるしかなかった快楽を思い出して疼いている。
 もう四日シてない。『反省させるために仕事に出した』とかで、この三日は姿すら見ることがなかった。
 寂しかった。
 すごく、寂しかった。
 体もそうだけど。心が、寂しかった。

「腹が、重い」

 吐露した俺に、そばに来たがひょいと軽く俺のことを抱き上げた。そりゃあ相手は鬼だから、しようと思えば俺を抱き上げるくらい簡単なんだろうが。
 すり、と頬を寄せられて吐息がかかって、心拍数があっという間に上がる。
 白檀の良い香りがする。この四日、嗅ぎたくて仕方がなかったにおい。だ。
 自然と腕が伸びての頭を抱き締めていた。どこでもいいから、とにかく触れたくて仕方がなかった。
 抱き上げられたまま小屋の方に連れて行かれて、俺が触れれば、自然と引き戸が開いた。
 汚いのは我慢がならないとかで勝己が勝手に小綺麗にしていった小屋。勝手にきれいにされた布団はの香りがしなくて、いつも落ち着かなかったんだ。
 俺を下ろしたが畳んである布団を敷いていくのをぼんやり眺めて、疼く腹を押さえる。
 この、何が入ってるのかわからない腹は、お湯に浸かりながら何度もかき出して、それでも治ることがなかった。だから『孕んだ』って言ってる。状況からしてもそれで間違ってない、と思う。
 半分鬼になった俺から力を奪うばかりだったから、与えてくれようとした。そのやり方が自分の体液を注ぐこと。俺の唾液や精液を食べていたが、自分の唾液や精液を食べさせようとした。理屈はわかる。ただ、全然、人間的な意味での加減ができてなかったってだけで。

「焦凍」

 きれいな布団の上でこてんと首を傾げるは美しい鬼だ。細い肩を流れる夜色の長髪に、宝石のような紅い瞳。人形みたいに整った顔、手足のパーツ。どこを取っても完全で、完成している。
 そんな鬼に愛された。孕まされた。
 にそのつもりはなかったのかもしれない。だけど、こうなった。それはこの鬼のどこかしらに『そうしたい』という気持ちがあったからじゃないのか。俺のことを、食糧のお稚児としてだけじゃなく、それ以上の存在として見てくれてるんじゃないのか。
 この重たい腹は、その証なんじゃないのか。
 ……さっきから腹の下の方に硬いのが当たってる。
 三日ぶりに会って、四日ぶりにまぐわるとはいえ。呼ばれて見つめられただけで勃起してるとか、どうなんだ、俺。
 にめちゃくちゃにされた夜がそんなに気持ちよかったのかといえば、気持ちよかった。
 苦しかったかと言われれば、苦しかった。
 もうあんなことは嫌だろうと言われれば、嫌じゃない、かも、という曖昧な答えになる。
 きれいな床板を踏みつけて、布団の上にゆっくり膝をついて上着の羽織を落とす。「」「うん」あの日から必要以上に触れてこようとしない小さな手を緩く締めているだけの腰帯に置く。
 解いてしまえば、着物の他には何も纏っていない肌がある。
 この膨らんだ腹じゃ袴もキツいし、褌も地味に辛い。別に外に出るわけでもねぇし、他の誰が見るわけでもないからって、着物と上着と、首に布を巻いてるだけだった。そんな俺をがぽかんとした顔で見上げている。
 言いたいことはわかる。これじゃまるで遊女だよな。

「血だけじゃ、足りないだろ」

 食べてくれと囁いた俺に紅い瞳がゆるりと細くなって、子供の指が腹を撫でる。「一番楽な体勢は?」……なんだそれ。俺のこと気遣ってるのか。別に、いいのに。「横になる、とか?」「とか?」ちゅ、と触れるだけの口付けにむず痒さを覚える。いつもみたいに吸えばいいのに。
 正直、立ってようが座ってようが、仰向けに寝てようが、腹は重いし邪魔だ。楽って感じるのは風呂のときくらい。
 重い腹って状態はピンとこないだろうからぼそぼそと説明すると、は考えるように顎に手を当てた。「水の中」「……?」さすがに風呂場ではしないぞ。声聞かれるのは嫌だし。
 何か考えていたが難しい顔で指を鳴らすと、腹が軽くなった。なんか髪もふよふよしてる。まるで水の中にいるみたいだ。「どう?」「楽。だ」腹はまだたぷたぷしてるけど、重くはない。
 よかった、とこぼしたの手にいつの間にか香油があって、なんだかふわふわしている俺の尻に油で濡れた細長い指が埋まる。それだけで期待で腰が揺れる。
 自分でもはしたないと思うが、気持ちよくなりたかった。男としてじゃなく女として、突かれて喘いで、穿たれてよがって、そういう気持ちよさがほしかった。
 細長い指が気持ちいいところを刺激する度にあの夜が甦って、もっと、もっとって腰が揺れる。

「今日は、少し試したいことがあるのだけど」
「…ッ? 何、を」
「焦凍のことをもっと気持ちよくしたいんだ」
「なんで」
「この間の、お詫びに」

 ……よくわからねぇけど。がそうしたいって言うなら、拒む理由はない。
 こく、と頷いた俺に微笑む子供はやっぱりきれいで。お前がそうやって笑うなら、俺は結局なんでも許してしまうんじゃないかと思う。
 たとえば、この重い腹も。あのとき頭の中が蕩けるくらいに洗脳されたことも。腹が破裂するかと思うくらい注ぎ込まれたことも。布団から出て行くなと縛り付けられたことも。別に、嫌じゃ、なかった。
 お前に乱暴にされるの。嫌じゃなかった。

(ずっと優しいだけだったお前の一面を知れた気がして、むしろ、俺は、嬉しかった)