とある夏祭りに女装して出かけて、クラスメイトに遭遇するという悲劇に見舞われた。
 母親に付き合ってた僕を見つけてしまったのは轟焦凍。
 頭もいいし顔もいいし、個性も強いけど、そのとっつきにくさは有名で、性格に難あり。簡単に説明するとそんな男子だ。
 轟に見つかったときには『終わった』って思ったけど、性格に難あり、と記憶してる相手は僕の女装にも興味がないらしく、涼しい顔であげたかき氷を食べているだけだった。
 そんな夏祭りのあった夏休み、中日の登校日。
 今日も猛暑だと言ってたテレビのとおり、学校に着くまでにかいてしまった汗はタオルで拭って、トイレの鏡の前で今日もクラスの『姫』らしい顔作りをする。
 なるべくいつもどおりに。でも覚悟を決めながら「おはよー」と教室に入れば、「おはよ姫〜」「おはよー」「今日も暑いね〜」「姫今日もかわいー」「ありがと〜」いつものように挨拶やら囃し立てる声やらで迎えられて、いつものように愛想笑いで返した。
 ぬるいとはいえ、教室にはエアコンが入っている。外よりは数段マシだ。
 自分の席に鞄を下ろしながらちらりと視線をやれば、紅白頭の轟はいつも通り、退屈そうな顔で自分の席に座って携帯を弄っているだけ。
 つまり。本当に僕のことを黙っててくれたのだ。あの女装を見なかったことにしてくれた。

(なんだ。わりといい奴なんだ)

 轟に対してはどちらかというと苦手意識というか、関わらぬが吉、みたいなことを思ってたけど、その考えは改めないとな。
 なんてことを思いながらいつもみたいに朝の時間を過ごし、やって来た先生がホームルームを始めて、先生らしくつまらない話をする。
 唯一みんなが興味を示したことといえば文化祭の出し物のことくらいだろうか。
 夏休みが明けてから考えるので充分だけど、今のうちから意見をまとめるなり案を出すなりすればその分スムーズに事が運べる。
 というわけで、楽をしたい先生の思惑により、余った時間は『文化祭の出し物について』話し合う時間になってしまった。
 つまり、クラス委員長である僕の出番というわけだ。ちくしょーめんどくさい。

「文化祭か〜〜何やる?」
「やっぱり姫を持ち上げての劇っしょ!」
「だったら轟くんが王子様の劇にしようよ!」
「ね〜妥当なとこいこうよ〜玉せんとかさ〜」

 飛び交う声に苦く笑いながら、クラス委員長として、とりあえず意見を黒板に書き留める。
 誰だ僕主役の劇って言った奴。冗談じゃないぞ。絶対嫌だからな。
 あと轟が主役の劇って言った奴。自分が相手の姫役とかやりたいだけだろ。
 中途半端な時間でまとまるはずがなかった意見を黒板からノートに書き写しながら、司会進行を先生にバトンタッチ。いつもやる気のない先生のつまらない話を聞いて今日の登校はお開きとなった。
 クラスのためのノートにまとめた文化祭の案を改めて眺める。みんな劇多すぎ。「姫お先〜」「はーい」「またね〜」「バイバイ」この劇希望の多さ。台詞のある役以外は楽だからって魂胆が丸見えだぞ。このままだと僕が姫で轟が王子というポジションの何かになってしまうじゃないか。
 僕が姫になるのは男子からの推しで、轟が王子になるのは女子からの推し。
 轟、顔に何かの痕はあるけど、イケメンだからなぁ。気持ちはわかるけど。無理じゃないかなぁ轟から表情引き出すのは……。



 僕のことを姫って呼ばないクラスメイトは少ない。それが暗黙の了解みたいにみんなが姫姫言うから。
 周りに合わせて笑って流しているけど。本当は、そう呼ばれるの、好きじゃない。
 だから轟に普通に苗字で呼ばれたときはちょっと嬉しかった。「何?」っていうか学校で声かけてきたのこれが初めてじゃないか。
 轟はいつの間にか空になってる教室を指して「もうみんな帰ったぞ」と首を捻る。お前は帰らないのか、って意味か。「あー。うん」ノートに視線を落として苦く笑う。

「轟は文化祭でしたいことないわけ? このままだと、僕と轟が主役の劇とかに決まっちゃうよ」
「ふぅん」
「……興味ないだろ? 劇とか台詞憶えたりで面倒だし」

 ぱたん、とノートを閉じて先生の机の引き出しの方に戻し、鞄を肩に引っかけた僕に、轟は微妙な顔をしていた。眉間に皺を寄せてなんかこっちを睨んでる。「……?」言いたいことはズバッと言うイメージがあったけど、そうでもないのかな。
 教室は僕と轟で最後みたいだったから、窓と扉を施錠し、鍵を職員室に戻しに行く。轟はなぜかそれについてきた。「え、何」「別に」「んん? なんか言いたいことある?」たとえばあの夏祭りの日のこと、やっぱり脅す気になったとか。
 轟は制服のポケットに両手を突っ込んで睨むような目つきで僕を見ているだけで、とくに何かを言うでもない。
 僕はお前の怖い顔とか平気だけどさ。せっかくイケメンなんだから、もうちょっと面を活かすってことを憶えた方がいいと思うよ、お前は。
 それまで最低限しか関わりのなかった轟焦凍というクラスメイト。
 彼と本格的に関わることが決定したのは、多数決で文化祭の出し物が僕と轟が主役の劇になってしまったから。だった。

「ええー……轟、いいの?」

 僕はクラス委員長だし、姫だし、いやだいやだとごねれる立場じゃないけど。でも轟がやらないって突っぱねてくれれば劇が却下される可能性もある。
 嫌だって言ってほしいな〜〜って視線を送ってみたけど、轟はあろうことか「やる」と劇をOKしてしまったものだから、我がクラスはもうおおはしゃぎ(主に女子が)だ。
 なんで。どうして。そんな疑問で埋まりながらも、司会進行役である僕は、今度は劇の内容についての意見をまとめないといけなくなった。はっきり言って面倒くさい。
 当然というか、与えられた時間内で劇の内容まで意見がまとまらなかったから、先生にプリントを作ってもらって『劇名と内容』を書いてきてもらうよう宿題としてもらう。
 その日の昼の時間。いつも一人でつまらなそうに食事している轟のところへ行ってドンッと弁当箱を置くと驚いた顔をされた。お前もそういう顔するんだ。

「なんで却下しなかったんだ」
「…? 劇か?」
「そう。僕は面倒くさいと思ってる」
「そうか。俺は別に………いや。違うな」
「?」

 轟の前の人はいないみたいだったから椅子だけ借りて轟の机に弁当箱を広げる。
 今日も女子みたいな弁当と内容量の昼飯は絶対に足りないから、最近は購買で菓子パンとかおにぎりとか買い足してる。
 そんな僕のお昼を見て轟が首を捻った。「お前のお母さんって」「シー」轟の唇に指を押しつけて黙らせる。
 僕の母親は、一言で言うと、頭がおかしい。
 いくら息子が中性的な見た目しててかわいいからって、本当は娘が欲しかったからって、美咲なんて呼んで、まるで女子みたいに扱って。昼飯もそうなら服もそうだし、最近は全部が全部女子みたいに扱われて、はっきり言って貞操の危機すら感じてる。ちんこ取られるんじゃないかって意味で。
 頭がおかしいから父親にも捨てられた人だ。僕だって逃げたいくらいなんだ。だから毎日意味もなく学校に残ってなるべく家に帰る時間を減らしてるくらい。
 家に帰れば美咲美咲ってうるさい母親のことを思い出してげんなりしていると、轟が自分の弁当箱からからあげをつまんで僕のご飯の上にのせた。「…くれんの?」「ん」じゃあ遠慮なくいただきます。
 その日以降、劇が僕と轟が主役のものとなってしまったこともあり、彼とは話す機会が増えた。

「美女と野獣、ロミオとジュリエット、白雪姫……王道なところが候補なのは難しくなくて嬉しいけど、これ全部、キスシーンあるやつ…」
「ふぅん」
「そこは別にほっぺとかで誤魔化せばいいんだけど。普通にラブロマンスっていうか……轟、そういうの興味ないだろ。演じれる?」
「わからねぇ」
「そうだよねぇ。轟って恋とかしたことなさそう」
はあるのか」
「ないねー。恋はされる側かなー。迷惑なやつを」

 三つに絞られた劇の候補案を前に主役二人で言葉を交わし、結局決まったのは、美女と野獣のアレンジ版。
 どのへんをアレンジするかというと、轟の顔の左側の何かの痕を野獣の代わりに『醜さ』ということで表現して、呪われる前、呪いが溶けた後は化粧とかで痕を隠してきれいなお顔を見せようってわけだ。
 でもこれは、さすがに轟の内側に踏み込みすぎじゃないだろうか。
 轟の顔の痕がどういう経緯でできたのかを僕は知らないけど、顔っていう人に晒すしかない部分に消えない傷が残る。そんな出来事がいい思い出のはずがない。中学生ってのはそんなことも思いやれないのかな。それとも、その痕以外は完璧な彼への当てつけも含まれてるのか。
 クラスメイトの無遠慮な言葉に、僕は内心ハラハラしながら轟の動向を見守った。
 轟は自分の顔の左側を手のひらで撫でて……それから僕を見た。「は」「はい」「それでもいいのか」「ん? 何が」「醜い俺で、いいのか」自分の顔の左側をなぞってそうぼやく轟にぐっと唇を噛む。
 ……合わせてくれるのか。このクラスに。この流れに。こんなガキどもに。お前、いい奴だな。

「大丈夫、愛するよ」

 ちょっと茶化して劇風に言ってみれば、どっとクラスが沸いた。
 轟は笑わなかったけど、顔の左側を手のひらで覆って、少しだけ唇を緩めた気がした。