ソイツとの出会い方は、一言で言って最悪だった。
 オフのその日、緑谷たちと久しぶりに飯を食って近状を話し合い、お互い頑張ろう、と別れたあと。
 オフの日にしかできないこと……たまには映画でも観るかと、映画館に行き、今話題の映画ってやつを一人観てみたが、『CGよくできてんなぁ』とか『音響すげぇな』とか月並みすぎる感想しか抱けずに映画館を出て、ソレを見た。
 どこにでもいる十代だろう少女の手を引く、これもどこにでもいるだろう二十代くらいの男。
 ありふれたカップルの様相なら俺はそのまま視線を外して蕎麦屋にでも入るつもりだった。
 ただ、少女の方が、だらりと俯いて男に引っぱられるままに歩いているように見えて。『薬か、それとも個性でやられてる状態なのかもしれない』とヒーローらしい思考が働いた結果、俺は二人のあとをつけることにした。
 途中で雨が降ってきて、雨音と足音の差に気をつけながら被っている帽子を深く被り直し……二人が街の裏通り、倉庫が並んでいるような路地に入るのを見た。
 そこは業者が出入りはすれど、年頃のカップルが出向いて何があるという場所でもない。
 ヤりてぇならホテル街が他にいくつもある。こんな人気のない場所に来る理由は、一個だろ。
 二人が一番奥にある真新しい倉庫に入り、シャッターが閉まる前に右足を踏んで完全に閉まる前に動きを止めさせ中へと滑り込めば、意識がないんだろう少女が無数の触手だかスライムだかに囲まれているところだった。

「ああ、ヒーロー。ついてないなぁ」

 男はなんてことなさそうにぼやいたあと、にこり、と笑った。この状況で。俺が炎か氷を使えばお前の制圧は簡単だっていうのに。「彼女を離せ」「嫌だよ。ご飯だし」「は?」意味がわからず顔を顰めた俺に、ぬるっとした動きで紫色をした触手が少女のスカートを裂いた。下着をずり下ろしてそのまま秘部へピタッと密着する様に右の氷を振るおうとしていた手が止まる。

「動いたら、この子の処女膜ぶち破るよ」

 にっこり、笑顔で、何を言うかと思えば。「あ、簡単に言うと、俺の個性の触手でブチ犯すよって意味」「…………」「そうしてもいいならどうぞ、動いて? ヒーローショートは熱と氷、どっちも使えるって聞いてるけど、ここで炎使ったら彼女も巻き込むから使わないだろ。じゃあ氷ってなると、炎ほど速度は出ない。俺の触手が彼女の処女膜ぶち破る方が早い」……ち、と舌打ちして腕を下げる。
 初動を、失敗した。もう少し様子を見てからでも遅くはなかったか。
 動けない俺に、男はシャッターの動きを止めている氷を溶かすよう指示。言うとおりに従えば、真新しいシャッターがガシャアンと音を立てて閉まり、密閉された空間が出来上がる。
 外の雨は激しさを増している。そしてここは裏通り、一番奥まった場所にある倉庫。偶然通りかかるヒーローや警官の期待はできないし、叫んだところで、届くかどうか。
 俺のことを上から下までジロジロ見てきた男のことを睨み返していると、こっちに歩いて来た。「噂通りイケメンだなー」言うが早いかキスされて、は? と思考が固まる。唇を撫でて割り込んできた舌に噛んでやろうかと思ったが、下手をすれば少女に添えられた触手が動く。逆らえない。
 舌を吸われるキスをして、口の中全部を舐め回すように犯されて、それで、相手はなんでか泣いていた。まるで意味がわからなかった。

「おいしい」

 思わずこぼれたというようなその言葉の意味も、まったくもってわからなかった。
 それから、俺は男に、というより、触手に犯された。
 少女に手を出してほしくないならお前が代わりをやってよと言われ、人質に取られたら、犯されるしか選択肢がなかった。
 気持ちよくなれるから飲めと言われた触手が吐き出す液体を喉の奥に注がれて、そのあとのことは、ぼんやりとしか憶えていない。

「あ、が…ッ!」

 どす、と腹の奥を触手のブツブツしたもので突かれて、ビリッとした刺激に咳き込む。
 腹が熱い。触られても熱いのに、触ってもらえないと気が狂いそうなくらいに熱い。どうにかなりそうだ。
 最初こそこんなことには屈しないって唇を噛みしめて声を上げるのだって我慢してたのに、今ではだらしなく口を開けて、思うままに声を上げている。交尾に耽る獣みたいに。「アっ、あぁ、あー、」ゴリュ、ゴリュ、と規則的に腹の熱い部分を擦られてイった。それが何度目かはもう忘れた。
 俺を犯すのは触手で、男は何をしてるかといえば、最初から最後までずっと俺のを咥えて、射精した精液やら漏れた体液やらを飲んでいた。なんでか泣きながら。
 熱と、快楽と、とろけた思考と。犯されているのに悦んでいる体と。
 頭も体もぐちゃぐちゃな中で、ずっと泣いていた男のことだけが、頭の隅に引っかかっていた。
 そろそろ何か胃に入れようと思ってスーパーに立ち寄り、値引きされてる弁当を買ってイートインスペースで適当に腹に押し込み、買ったお茶をすすりながら、その味のしないことに辟易した。
 これは病気なんじゃないかと、幼い頃、両親に病院に連れて行ってもらって検査をした。いくつもの病院を巡った。でも結果らしい結果も病名らしいものももらえず、現在まで、俺は味のしない食生活を続けている。
 唯一味がするものが何かの体液。
 たとえば血。おいしくはないけど自分のでも舐めれば味はする。
 たとえば尿。これは当初かなりの抵抗があったけど、体液といえば体液になる……と思ってちょっとだけ指をつけて舐めてみた結果、味がしたから、今では自分の尿も立派な飲み物として成立している。
 街を歩けば溢れ返っている食べ物の広告。新作の宣伝。焼肉屋。カフェ。レストラン。俺にはどれを食べたって無味だ。そんなものに金を出す意味がない。
 だからといってやっすいジャンクフードですませていればいいかというとこれも違う。それじゃあ俺の味覚的には楽でどうでもよくっても、体の方が栄養が足りないって悲鳴を上げるのだ。
 まったく、なんて不便な体で生まれてきたのか。
 せめてもっとマシな個性だったらな、と思いながら、指の先からにょろりと出てきた紫の色の触手を眺める。「……そろそろ、飯が、いるな」勝手に出てきてるってことはそういうことだ。
 この間、ヒーローショートを犯した。
 あまりにも腹が減ってて、飢えてて、気が狂いそうで、その辺の女子の体液を頂戴しようって思ってたときに現れたヒーロー。
 結果的にショートは女子の安全を優先して、自分が犯されることを選んだ。

(うまかったなぁ)

 唾液も。精液も。尿も。全部。
 思い出すだけで涎が垂れそうになって袖で拭う。
 俺は物の味がわからないから、うまいこと比べることができないんだけど。なんていうのかな。とにかくうまかったんだ。今まで食べてきたものの中で一番といっていいほどに。
 でもまぁ、もうあの味を口にすることはないんだろう。
 そう思うとなんだか急に、生きていることが億劫になってきた。「はぁ……」何を食べても味のしない食事。味がするものといえば自分や誰かの体液。それをなるべく犯罪に手を出さないで頂戴しないとならないという不自由。生きづらさ。
 もちろん、人間として生活しないとならないわけだから、バイトで食いつなぐような社会人生活だってしないとならない。
 ………最後に美味いものも味わえたことだし。もう、いいかなぁ。
 そんな思考でふらふらと駅に行き、かかっている鉄橋の真ん中に立ち、下を高速で通り過ぎていく新幹線や電車を眺める。
 ここから落ちて撥ねられれば無事に死ねるだろう。この面倒な体ともおさらばだ。

(もう、生きるの、面倒くさいから)

 それでもつうっと頬を伝った涙が鬱陶しかった。終わらせたいと思ってここに立ってるのに、まだ生きたいとばかりに流れる涙に苛立った。「もういいだろ。あの味以外で這うように生きるなら、死ぬ」自分に言い聞かせ、飛び下り防止のための鉄線が食い込むのも構わずガシャンと掴んで、その腕を誰かに捕まれた。うざい、と相手も見ずに触手で払おうとして、その触手がパキンと凍らされる。
 驚いて顔を向けると、ショートが立っていた。目立つ髪と顔を隠すためなんだろう、目深に帽子を被ったまま、先週と同じ格好をしている。

「何してる」
「……見てわかんない? 終わろうと思って」

 鉄線が食い込んで血が出ている手のひらを眺めて舐める。まずいけど味はする。
 ショートはそんな俺をじっと眺めたあと、何か放って来た。傷ついてない方の手でキャッチすると鍵だった。なんか高そうな鍵。俺のボロアパートとは違う感じの。ご丁寧に住所の書いた紙がくくりつけてある。

「あとで来い」
「は?」
「いいから、来い」

 ショートはそれだけ言ってくるりと背を向け歩いて行ってしまった。
 残された俺は手のひらにある合鍵だろうものをぽかんとした顔で見つめて、ゴオ、と音を立てて走っていく新幹線を見送る破目になった。あれに撥ねられるつもりだったのに……。
 ショートが残した鍵を引っくり返したり弄ったり、色々してみたけど、とくに仕掛けがあるわけでもない。
 俺のことを捕まえるつもりだったなら、今この場でよかったはずだ。それなのに鍵を寄越した。あとで来い、って。
 ………何かな。なんか、罠かな。
 でもまぁいいか。どうせ死ぬところだったんだし。泣いて懇願したらキスで唾液くらいくれるかもしれないし。そしたら本当に、心置きなく死ねるな。
 さっきより幾分か軽い足取りで指定された住所に行くと、ドーン、と高級マンションが聳え立っていた。「ええ……」俺の格好じゃ気後れするくらいに立派な建物である。
 それでもここだし、とそろそろ中に入って、受付に常駐してるんだろう人に「あの、この部屋に行きたいんですけど」ショートに渡された鍵を見せると軽く驚かれたものの、通された。ここのエレベーターは受付の人が操作することで動くタイプらしく、中からは何もできない鉄の箱だ。
 その箱が随分上の方まで行ってからポーンと音を立てて口を開ける。
 鍵の番号の部屋の前に行って、ごくり、と唾を飲み込んでから開ければ、俺の人生にはまったく関係がないような高級な玄関に出迎えられた。「うわ……」思わず引く。玄関だけで広すぎ。何人用だよ。
 なんとなくそろりそろりとした足取りで汚いスニーカーを脱ぎ、そろりそろりと廊下を行くと、広いリビングダイニングに出た。窓がでかくてテレビもデカい。
 ショートはテレビの前のソファにいて、なんでかバスローブ姿だった。それまで流れていた映画か何かには興味がなかったらしく画面が消える。「遅かったな」「知らない場所だし……」それ以上中に入れず立ち尽くしていると、立ち上がったショートが手を差し出す。
 その意味を考えて沈黙する俺に、ショートは首を傾げた。左右で色の違う髪がさらりと揺れる。

「シないのか」
「は?」

 素っ頓狂な声を上げた俺の意志とは関係なく体からしゅるしゅると触手が出てくる。「お、ちょ、待て、待てマテっ」俺の制止なんて聞かずショートのバスローブを剥ぎ取って乳首に吸い付き、口に突っ込んだ一本が媚薬効果のある液体をどぷっと注入、ショートは抵抗もせずそれを飲んだ。
 理性を総動員して勝手にする触手を体に全部戻したけど、もう遅い。ショートのバスローブは床に落ちて破けているし、気持ちよくなる液を飲んで顔は赤くなり始めている。
 物言わずとも、左右で色の違う瞳にある熱を見ればわかる。望まれてることくらい。

「お前、懲りて、ないわけ」

 俺は犯したんだぞ。人質取って、この子を犯されたくないならお前が犯されてよ、なんて笑ったんだぞ。
 ショートは薄く笑うとベッドを指した。「あっち行こう」「…っ」ふらっと歩いていく裸体に抗えず、あの味をもう一度知りたくて、倒れ込んだショートの唇をすぐに塞ぐ。舌を吸う。唾液を吸う。
 おいしい。おいしい。この世にこんなにうまいものがあったのかって思うくらいにおいしい。
 気付けば泣いている俺の目元を無骨な指が拭っていく。「お前、ずっと、泣いてた」「……なんのこと」「最初。俺を犯したとき。おいしい、って、泣いてた」かなりの量の媚薬をぶち込んだはずだけど、あのときのショートにはそのくらいの意識はあったらしい。
 じっとこっちを見上げている瞳から視線を逃がす。
 合意を得てしまったセックスに俺の触手が悦んでショートを犯し始めた。足を押し広げ、解して待っていたんだろう穴につぷりと先端を挿れる。

「さっき、死のうと、してたのと。関係…、ぁ、あるんだろ、ッ」

 ぐりぐりと前立腺を刺激されて喘ぎながら問われて、今まで誰にも言ってこなかったことを、最後に言ってみる気になった。
 これで否定されるなら諦めもつく。
 このセックスでショートを味わったら大人しく死ぬ。そう決めながら、俺は自分のことを話した。そのおいしさに涙しながらショートの精液を舐め、ときには飲み、メスイキして漏らしたもんも全部飲んだ。
 イきすぎて何も出なくなってきたちんこを舐めるだけでも満足だった。「あ…ッ」全身性感帯になったらしいショートの口から垂れてる涎を舐めて拭う。おいしい。
 ゴリュゴリュと遠慮なくショートの中を突き続けた触手は、俺の腹が満たされたことで満足したらしい。ずる、とショートの中から抜けていくと俺の体に戻っていった。
 イきすぎてぼやっとしているショートは、それでもまだ意識があった。「めし、が、ほしいなら。やる」「え?」「だから。めし。これ」とん、と自分の胸を叩いたショートが疲れたように目を閉じる。

「いや、お前にメリットないし……」
「ぁる。きもちい」
「…セックス好き?」
「……ん」

 自分で足を広げて、まだヒクヒクと痙攣してる孔をみせて「おまえも、シろよ」と言われて、あのときはそのうまさに感激するばっかりで勃起なんてしてなかった自分のちんこを自覚して額に手をやった。「いや、でも、もうお前限界だろうし……」言いながらもズボンのチャック下げてる俺も俺だ。
 ショートが放ってきたコンドームをつけて、そういやいつも触手で犯してたから俺はシたことなかったな、なんて思いながら、人の温度であたたかい中へと自身を埋めていく。「あ、ぁ」切なそうに喘いで手を伸ばしてくるショートと指を絡めて手を握る。
 触手でさんざん抉っていた場所を俺ので擦るとショートから甘い声が上がった。「そこ、そこたくさん、もっと、」「…じゃあこっちはこれね」いつもなら俺が咥えるから垂れ流しにはなってない、ショートのちんこの方は触手に咥えさせる。「あ、ぅ」ひくひくと腰を跳ねさせるショートの前は触手が、後ろは俺が、思うように犯して、犯して、犯し尽くす。
 触手が吸い上げた体液で俺の腹の方までいっぱいになり、ちょっと過剰摂取すぎると判断、ぬぽっとちんこを抜く。「…っ」いくらうまいもんでも限度がある。今、知った。
 ぼやっとした顔のショートの左側、なんかの痕をそっと撫でて「今日はおしまい。おかげで俺はすごく満足。ありがとう」「………し、ぬ、なよ」「うん。死なないよ」それでかくりと意識を失ったショートを前に腕組みして考える。
 ………とりあえず。シャワーをお借りして。タオル濡らしてショートのこときれいにして。料理とかしたことないけど、弁当とか、買い出し、くらいはしてこよう。