陽が沈んでも暑さが残っていると感じる、残暑の季節。
 なかなかの激務だった一日を終え、腹減った、蕎麦食いたい、と思いながら事務所の扉を押し開けると、受付でパソコンの事務作業をしていた新人がガタッと勢いよく席を立った。「おかえりなさいショートさん、お疲れさまです」「ああ」適当に返事して階段に足をかけたところでがしっと腕を掴まれた。結構必死な感じで。
 それで、「ショートさん、驚かないで聞いてほしいんですけど……」事務所に帰還したと同時にそんな嫌な前置きともとれる声をかけられて眉根を寄せる。まさか、今帰った人間にまた仕事に行けってんじゃないだろうな。

「深刻な事件でも?」
「いや。いや。そうですね…事件といえば事件かも……とくに、ショートさんにとっては」

 どういう意味だとますます眉間に皺を寄せた俺の耳に「わん」という元気な犬の声がして、なんで事務所に犬がいるんだと階段の上を睨み上げる。
 と、さっき吠えたんだろう真っ黒い犬が見覚えのあるシャツを引きずるようにしながら勢いよく階段を下りてきたから、それで事情を察した。
 そのシャツ、憶えがある。のだ。真っ白い襟のあるシャツに王冠みたいなワンポイントが胸元に入ってた。
 そのシャツを蹴飛ばすようにして飛びついてくる大型犬を両腕で抱き止める。階段で危ねぇだろ、受け止めきれなかったらどうすんだ。つうか毛が暑い。

「あー…個性事故か」
「まぁ、そういうことです」

 世間に公表している俺のパートナー、は、今、犬になっていた。犬種はよくわからないが、持ち上げるのに苦労する重さがあるから、大型犬だと思う。
 そんな犬を抱えながらとりあえず事務所の個室に戻り、ぶんぶん尻尾を振って「わん!」とうるさい犬の頭を撫でて手を離す。「俺は仕事だ。報告書だけ作っちまわないと忘れる」今日あった事件は三つ。一つは移動中とかになんとかしたがあと二つ残ってる。
 ヒーローの仕事をやるようになって仕方なく憶えたタイピングでキーボードをカタカタと鳴らしていると、横に座り込んだ犬が……いや、この場合、俺の恋人のが、じっとこっちを見つめている。……………仕事に集中できない……。

(いつも澄ました顔でどこ吹く風のくせに)

 普段の恋人と、目元にある特徴的なほくろを思い浮かべたら手元が狂った。「あーくそ」一つ舌打ちしてガチャンと席を立ち、部屋の入り口まで行って扉を開け放つ。「外で待ってろ」「うう……」まるで抵抗するみたいに伏せたにがしがしと髪に手をやる。なんだってんだ。普段は全然、俺のそばになんていねぇくせに。
 意地でも外に出ない気らしいに諦めて扉を閉め、妥協案として、脱いだヒーロースーツの上着を頭に被せた。「大人しくしてろ」見られてなきゃまだ集中できる。
 今日あった事件のことを頭の中でさらいながら報告書の一枚目を作成。二枚目に取り掛かり、ちら、と視線を投げると、俺の上着を被ったままは大人しい。
 二枚目の報告書の作成をようやく終えた頃には、時刻は午後八時を過ぎていた。「はぁ……」ぎぃ、と椅子の背もたれに背中を預けて脱力する。
 それまで大人しかった犬がのそっと動いて上着の間から鼻先を覗かせた。「うう」そのまま上着を引きずりながらのしっと椅子に乗って来る。「おい」重いっつうの。
 そこでコンコンとノックの音がした。「はい」「報告書上がったの、確認しました。お疲れさまです」受付の新人の声だ。どうやらまだいたらしい。仕事熱心だなお前も。
 それでガチャッと扉を開けて入室すると、俺にのしかかるようにしてる犬を見て難しい顔をした。
 つかつかと革靴を鳴らして俺のそばに来ると、何かをプリントしたらしい紙の束を渡してくる。「なんだ、これ」とりあえず受け取ってパラパラめくってみると、犬が食っちゃ駄目なもんとか、犬の基本行動原理とか、そんな見出しが見えた。

「ええと、念のためにというか。ヴィランの個性によるものですから、どこまでが犬でどこまでが人間なのか、わからないんですけど。とりあえず、食べさせちゃマズいものとかあるので、その辺りは気をつけてもらった方がいいかなと思いまして」
「…なんか、わりぃな。迷惑かけて。コイツに個性かけたヴィランってのは?」
「それが、逃げられてしまいまして……なので、個性の解除方法も、今のところは」

 マジか。コイツがいつまで犬でいるかもわからない、と。
 犬のの背中をぽんぽんと叩く。「わんっ」うるせぇ。耳元で吠えるな。
 仕事熱心な後輩がまとめてくれた資料によれば、犬が食うのはちょっとってもんは結構多岐に渡っていた。野菜から菓子から魚介に肉に………。
 かといって、帰りに買ったドッグフード(まぁまぁいいやつ)には口をつけようともしないところを見るに、食事は人間的な何かじゃないとダメってことなんだろう。
 俺は蕎麦ですませてしまいたいんだが。仕方ない。
 今日は犬が食べても大丈夫な食材を使った雑炊を作り、氷で少し冷ましてやったのを皿に盛ってやると、鼻先を突っ込むようにして食い出した。どうやら腹は減ってたらしい。
 いつもなら俳優顔負けの綺麗な食べ方しかしない、綺麗な表情しかしない、そんな相手が鼻先突っ込んで雑炊を食っている。そんな珍しい光景を眺めながら自分の口にも雑炊を運び、夜飯をすませる。
 ヒーローじゃなくて俳優でもやればいいんだと思う相手のきれいな黒髪が、今は黒い体毛が、雑炊で汚い。
 はぁー、と息を吐いて、水だっているだろうと皿に水を入れてやると、べちゃべちゃ下手くそに舐めて床を汚しながら水を飲む。これだって普段のからは想像もつかないことだ。いつも小綺麗な動作しかしないし。
 仕方なく床を拭いて、新しいタオルの上にいつでも飲めるようにと水を用意し、飯食って汚くなったを引きずって風呂場へ連行する。
 犬は風呂は平気ってのは知ってたが、は大人しかった。大人しく俺に洗われて、俺が湯に浸かってる間も別に暴れもしない。
 ドライヤーで黒い毛を乾かすのは時間がかかったがなんとかなった。
 問題はベッドに転がってからだった。

「……重い…」

 寝転がって布団を被った俺の上に乗ってくる黒い犬は重かった。「横が空いてるだろうが。乗るな」何度注意して下ろしてもは俺の上に乗ってくる。
 なんなんだ。俺は仕事とお前の世話で疲れてるんだぞ。さっさと寝たいってのに……。
 それで、ぐいぐい無理矢理布団と俺の間に入り込んだが羽根布団をばさっと床に落とした。「おい、」伸ばしかけた手を犬の手、いや足か、で踏んづけられる。
 お前な、と視線を上げると、べろんと顔を舐められた。「ちょ、まて」べろべろ顔中舐められてくすぐったい。あとべたべたする。
 逃げるように枕に顔を押しつけて寝転がると、さすがに舐められなくなった。顔中べたべただ。洗いてぇ。

(つうか、個性かけたヴィラン、追わなきゃだろ。これじゃ俺も面倒だし、コイツだって不本意だろうし……)

 ヒーロー専用のネットでとりあえずそれっぽい個性を持つヴィランについて調べていると、ぐい、と寝間着のスウェットを引っぱられた。「服で遊ぶなよ……」ぼやきつつ、あまり気にせず携帯を睨んでヴィランの一覧に目を通していると、アンダーごとズボンをずりさげられた。
 これにはさすがに顔を上げて振り返る。
 それで黒い姿をよく見てみれば、たぶん、あれ、犬の性器だ。いや、よく知らねぇけどあの形状はそうだろ。勃起してやがる。「ちょっと待て、待て。マジで」犬の鼻先が、舌が、心も体も準備してない後ろの孔をべろりと舐めて、ぞわ、と背筋が震えた。手から携帯が落ちてぼすと音を立てる。
 確かにお前は犬のナリをしてるがかもしれない。犬のナリをしてるだけで俺のパートナーかもしれない。だけど俺は犬とする趣味はない。
 だっていうのに、ケツの穴に鼻先突っ込んで舌を押し入れてくる、そのぬるい温度にうまいこと足が動かない。蹴飛ばして止めてやりたいのに。「や、め、ろ…ッ」ぬちゃぬちゃと音を立てて中を舐めてくる舌が、人間のそれよりずっと長くて、指でされて気持ちがいい場所に簡単に届いた。「は、ぁ、」今は犬のくせに、俺の弱いところ憶えてやがる……。
 犬に舌で中から愛撫されて息を荒くしながら、なんとか止めようと右手を向けて……犬。体毛に包まれたその体を見て、凍らせることはできなかった。溶かすために炎を使ったら燃えちまう。そしたら、下手すれば死んじまう。
 ぐるぐると思考が回る。どうすればいい。どうすればいい? 俺は今どうすれば……。
 とにかく、動いて、逃げようと。そう思って身動ぎした俺にいったん舌を抜いたが全身でのしかかってきた。俺の背中の上に乗って、自重で動けないようにして、それでまたケツん中に、前立腺まで舌を捻じ込んでくる。

「ァ、も、や、め…っ」

 生暖かくてやわらかいものに刺激され続けて、俺まで勃っちまった。動くとシーツの布地とすれて気持ちがいい。
 そういや最近シてなかったな、なんて、こんなときに思い出す。お互いヒーローしてればすれ違うのなんて珍しい話じゃないが、一ヶ月くらい、まともに触れ合ってなかった気がする。
 ふいに舌の生ぬるさが抜けた。ほっとしたのも束の間、俺の上でもぞもぞ動く体重に、ぴた、と据えられた硬くて熱いものに、体がカチコチに固まる。

「や、やめ、」

 人のサイズによく似た、でも犬の性器が、ずぶ、と中に入って来る。「あ…ッ」びく、と体が跳ねる。
 なんの準備もしてない。慣らしてもいない。ちょっと前立腺刺激されて気持ちよくなっただけ。そんだけなのに挿入されたら。
 ずぶずぶ俺の中に押し入って来る性器が硬い。サイズも人のによく似てる。それで、上からのしかかられてて、相手の姿が見えない。から。に、アイツにされてるのだと思えば、まだなんとか、握った拳を凍らせるだけで我慢ができる。
 ずぷ、ずぷ、とゆっくり動き始めたにパキンと凍らせた右手を噛む。いてぇ。唾液で濡らしただけじゃ足りないんだ。「ふ、ぅ」そのくせ自分の腰が動いてちんこをシーツに擦りつけるようにしている。少しでも快感を感じようとしている。そんな自分に我ながら呆れる。
 ああくそ、早く気持ちよくなりたい、と枕に顔を押しつけながら片手で乳首も弄って、いつもここを弄るアイツの指を思い出す。顔の小綺麗さとはかけ離れた、傷だらけの指を。
 荒い息を吐きながら、自然と揺れる腰でシーツに亀頭を押しつけて先走りを漏らしながら、自分の中にどぷっと何かが出されたのがわかった。何かって、この場合精液しかないわけだが。「あ…ッ?」それで滑りがよくなったんだろう、それまでゆっくりだったピストン運動が激しさを増して、ごりごりと前立腺を抉り始めた。
 それで、ぼこ、と中でデカくなった陰茎に、ぼやっとしてきた頭で枕元のリモコンに手を伸ばす。あちぃ。クーラー……。

(犬の、セックスって。一回入れると、抜けないように、陰茎にコブがついてるとかなんとか……)

 ピ、とボタンを押してクーラーをつけ、人間じゃ体力と筋力いるだろうなと思うピストンで俺の中を犯す熱にただ喘ぐ。「あ、アぁ、あぐ…っ!」びく、と腰が跳ねる。どぷ、とまた中に出された。その分また滑りがよくなる。気持ちい場所が擦られる度にセックスの快感を呼び起こし、思い出させ、情事のときだけ焦凍と呼ぶ声を聞く。耳を食む、優しいくせに獰猛な声を。
 ばちゅばちゅと容赦なく犯されながら、奥まで届いた熱に上がりそうになった悲鳴を顔を枕に押しつけることでなんとか堪えた。
 何度目かも忘れた精液をどぷりと中に出され、腹が、重く、なってきた。
 漏れないように。受精しやすいように。そうやってコブみたいに膨らんだ陰茎が塞いでるから、出されたもんが外に流れていかない。腹に溜まり続けてる。「はっ、はぁ、や、ァ、いぐ…ッ」ごりゅ、と奥を抉られてシーツの上で熱が弾けた。それが自分のとこすれ合うもんだからまた気持ちよくて、前も後ろもぐちゃぐちゃにしながら、ただ、喘ぐ。一ヶ月お預けだったセックスという快楽の海に溺れる。
 途中、ブー、とマナーにしている携帯が震えているのには気付いていたが、取るような余裕はなかった。

、もっと、もっと、奥も…っ! お゛、アッ、あアぁ゛!」

 びゅ、と二度目になる精液を吐き出して、快感で滲んだ視界で、どぷ、と中に出される熱に、膨らみ始めた腹に手を添える。
 ひょっとして、このまま孕んじまうんじゃないのか。そんな馬鹿なことを考えながら犯され続けて、気がついたら意識を飛ばしていて、気がついたら、犬のはもういなかった。ベッドに胡坐をかいていたのは、バツが悪そうに眉尻を下げた顔をした、黒い長髪に目元に泣きぼくろのある人間。俺の知っているだった。

「……もど、た、のか」
「おかげさまで。お前が許したから」
「………?」

 なんのことか意味がわからねぇな、と思いながら動こうとして、どろりと股が濡れる感覚に体が固まる。
 そうだった。中にたくさん出されたんだった。動いたらベッド汚す。いや、もう汚れまくってるだろうけど。
 一つ息を吐いた相手が怪力の個性で俺のことを抱き上げ、問答無用で風呂場に連行。頭からシャワーの湯を被りながら、バスタブに湯を溜めていく。
 綺麗な顔に見合わず怪力の個性を持ち合わせている相手は、怪我の目立つ指で俺の腹をなぞった。普段より膨れてる気がする場所を。「悪かった」…しおらしい声だ。いつももっと、余裕があって、隙になることなんて見せないくせに。
 後ろから緩く俺のことを抱いてくる相手を振り返って、キスをする。パートナーらしく。
 ………これは契約だったんだ。『お互い無駄にモテるし、そういうコトにしておけば寄って来る羽虫は少なくなるだろう』って、そういう契約だった。だからお互い、必要以上に干渉はしないし、好きになるつもりだってなかった。
 ちゅ、と音を立てて離れた唇が真ん中が空いてる風呂の椅子を足で引き寄せた。「…お前、そういうこと、するっけ?」足でなんかやるとか。あと、言葉遣い、いつもと違う気がするし。いつも王子様とか揶揄されてるくらい丁寧な所作言動してたくせに。「あー。もういいんだ。猫被るのやめたから」スケベ椅子に俺を座らせて鎖骨をかじられる。濡れた指が俺の中に入って、白くて濁ったものをゆっくり掻き出す。「自分でやれる…」「俺がやる」お前は喘いでればいいと耳元で囁かれて背筋がぞくぞくする。
 昨日どんだけ出されたのか、の指が何度中をまさぐっても、白い体液が落ちる。落ちる。何度でも。
 声を出さないように唇を噛んではいるものの、どうしたって中をまさぐる指は気持ちいところを掠る。「ん…ッ」なるべく奥まで入った二本の指が中身を掻き出して、また奥に入って、掻き出して………キリがないとわかったのか、はシャワーで濡れた長い髪をかき上げると眉間に皺を刻んだ。いつもはしない顔だ。俺の知ってるじゃない。

「勃起してるけど」
「、」

 慌てて膝を閉じたところで、腹につくくらいデカくなっちまってるもんを隠せるはずもなく。
 そんでもって、同じくらいか、それ以上に勃起してるのが見えて、ごくり、と唾を飲み込む。
 舐めたい。
 そんな思いつきのまま、気がついたら口を開けて、デカいな、と思うのをしゃぶっていた。「ん、ぅ、」シャワーで濡れてるけどしょっぱい。俺だって勃って漏らしてたけど、だってそうだったんじゃないか。
 結局、中のものを掻き出すシャワーのはずが、セックスをして風呂に浸かるという意味あるのかっていう行為になった。
 熱を発散してやっと落ち着いた体で、今日は後ろから俺のことを緩く抱くの肩に頭を預ける。
 ……こうやって気兼ねなくくっついてみたいって、本当は、ずっと、思ってた。

「仕事、休みの連絡入れといたから。今日は腹痛すげぇって覚悟しとけよ」
「ん……。誰のせいだ、それ」
「俺」
「………で、個性。なんで解けたんだ。条件わかってたのか」

 そこでの言葉が途切れた。視線だけ上げると、何か言い淀むみたいに口元を手で隠している。「あー」「…?」「解除条件はな」「ん」「素直になること。だった」「すなお」オウム返しに繰り返して、犬になったが取った行動というのを思い返してみる。
 俺に抱きつく。俺と離れたがらない。俺に世話を焼かれたがる。俺が気を失うくらい中出しセックスをする………。これが全部、素直に、なること?
 ぶわ、と顔が熱くなったのは俺だけじゃないようで、は明後日の方向を向いていた。

(なんだよ。じゃあ今までのは。お綺麗な所作と顔で澄ましてみせてたのは。全部フリだったって。さっきの、猫被るのやめたってのも。そういう)

 けど、かく言う俺も、お前のことをとやかく言えたもんじゃない。
 犬のお前だってわかってたのにセックスに溺れたし、お前に犯してほしかったし、犬だったけど、そばにいられたのは嬉しかったんだ。いつも素っ気なくどっか行っちまうし、それで平気だって顔をしてるから、俺だってそれを真似してたけど。本当は寂しかったんだ。
 こちん、との顔に頭をぶつける。「じゃあもういいよな。お互い、意地、張らなくて」「そうだな」「今日は抱っこして運んでくれ。食事は全部あーんで」「……急に甘えすぎじゃねぇ?」笑った相手に、俺も笑う。繕わない笑顔で。

「知らなかったのか? 俺は甘えん坊だぞ」

 お前と同じで、外面がうまかっただけだ。好きな相手に本当の自分隠し続けられるほど器用じゃない。
 今日は一日困らせてやるからな。覚悟しろよ。