俺も手を貸した、ヴィラン連合によるUSJ襲撃事件。
 ついこの間とも思える、ヒーロー殺しステインと連合による保須市襲撃事件。
 ヴィランの活動の活発化に伴い、本来なら二年生で取得する仮免を一年にも取得させるために計画された夏休みの林間合宿、その前日の夜。俺は畳の自室でガラスのケースに入った煙草の吸殻をじっと見つめていた。
 先日、たまたま見つけた先輩は、なんだか今にも死にそうな、酷い顔色をしていた。だから思わず声をかけてしまった。先輩が引いた線を、離れた距離を、自分から詰めてしまった。
 ………先輩とさよならしてから。自分なりにがむしゃらに、なりたいヒーローになるために頑張ってきた。と思う。
 けど、この吸殻を前にすると、俺はこれでいいんだろうかと考えてしまう。
 オールマイトみたいなヒーローになりたいと思ってる。それは本当だ。
 お母さんに会って、左の炎を使うようになって、狭く曇っていた視野は広く晴れたと思う。
 俺の原点を思い出させた緑谷とは友達になったし、クラスメイトとの距離も前よりは遠くなくなった。
 学生としての充実した日々に、けど、何かが足りないと、いつも思っていた。
 何かが足りない。
 ……甘くて苦いあの香りが。あの人が、足りない。

「せんぱい」

 吸殻をそう呼んでみたところであの人になるわけでもないし、呼べるわけでもない。
 あの人は俺のために行ってしまった。ヴィランである自分とヒーローの卵である俺。間にある溝の深さを知っていて、その困難さを思って、俺を想って、行ってしまった。
 あの日からいつも口寂しい。唇もそうだし、尻もそうだ。二週間毎日セックスしていた。急に日課がなくなって、あの快楽がなくなって、耐えられたのはたったの一週間。二週間目には自分で尻を弄ってイくことを憶えていた。
 あの熱い時間を思い出すと疼いてくる体でぐっと拳を握る。
 ヒーローになりたい。でもあの人を失くしたくない。俺の天秤は二つの皿がシーソーみたいに浮いたり沈んだりする。気持ちが揺れている。あんな顔した先輩に会ってしまって、天秤は余計に不安定になってしまった……。

(だって、先輩、死にそうだった。今にも死にそうな顔をしてた。あの人が死んだら、俺は)

 ポチャン、と音を立てて、先輩と書かれた重しが心の中に沈み込む。
 だから、林間合宿をヴィラン連合が襲撃してきたとわかったとき。敵と邂逅したとき。俺は驚きとともに、嬉しさも感じてしまったんだ。先輩に会えるかもしれない、って。
 あの人は情報収集や裏方をメインに動いてる人だ。今回の襲撃も裏で調べをしただけで、現場に駆り出される可能性は低いと頭ではわかってる。
 だけどもし会えたら、俺は、ヒーローとしてではなく、一人の人間として、あの人に、伝えたいことがある。
 暴走した常闇が俺らを防戦一方に追い込んでたヴィランを倒し、合流した緑谷、障子、正気に戻った常闇とともに、燃えやすい木々に囲まれていて実力が出せない爆豪を中心に据えながら、道なき道を行く。まっすぐ施設に戻る道。
 背負ってるB組男子が邪魔だな、と思いながら殿を務めて意識してゆっくり走り、わざとみんなから距離を取る。そうとはわからないようにゆっくりと。
 もし、先輩が来ていて、俺に用があるとして。もし声をかけてくるんだとしたらそれは、

「轟」

 それは、俺が、一人になったとき。
 望んでいた声に足が止まった。
 茂みの向こう、木立の向こう。暗い場所から先輩の声がする。
 意識のないB組男子をこの場に残すことが危険だということはわかっていたが、俺の心の中は先輩でいっぱいだった。悪いな、と思いながらその場に寝かせ、「轟」と呼ぶ甘い声のまま茂みの中に入る。
 灯り一つない夜の森は暗い。だいぶ夜には慣れた目でも先が見通せない。先輩の姿が見つからない。どこだ、先輩。
 今どんな顔してるんだ。いや、今、ちゃんと、生きてるのか。先輩。

「轟」
「、」

 音も。いや、気配すらなく、背後に立たれていたということに甘い囁き声で気がついた。
 いつかに俺の首を絞めてみせた。そのときも、その速さは俺の目で追えなかった。まるであのときみたいだ。
 知っている指が俺の首筋を撫でている。「ごめんね」と謝る声は憶えているものより掠れている。
 それで、首に何か打たれて、俺はそのときようやく動けた。今更だったし今頃だった。先輩がヴィランとして動いているということを知って、ヒーローとしてその手を振り払った。けどもう遅い。「……ッ」体が。すげぇ。熱い。
 よろけた俺に、木の下に立っていた先輩が一歩距離を詰めてくる。「ごめんね轟」と謝りながら。
 白いシャツの間から見える鎖骨は浮き出ていて、首も細くなってて、頬もこけそうな勢いで、先輩は痩せていた。というよりはやつれていた。そんな先輩を前にしてかざしかけた右手が迷う。
 氷を。先輩の足元を固めるだけでいい。動きを止められればそれで。それで話はできるのに。俺はあんたに言いたいことがあるのに。
 ああ、なんか、体がすげぇ熱いな。

「お前のこと、連れてくよ」
「……、」
「拒否権はないんだ」

 熱、に犯されてその場に膝をつく。
 こんなときなのにちんこがすげぇ痛い。尻も疼く。先輩を前にしてるからってだけじゃない。これはたぶん、打たれた薬が、そういうやつだから……。
 乾いている、と思う唇でキスされた。それだけでびくんと体が跳ねた。
 先輩の手が服の中に滑り込んでくる。
 たった二週間、俺を愛でただけの指が、あの頃みたいに俺に触れる。片手が乳首をつねって、片手がズボンのチャックを引き下げて、痛いくらい勃起している俺のに触れる。
 これは薬のせいだから。
 そんな言い訳をしながら、口を開けて、先輩の舌を受け入れる。随分久しぶりのキスをする。甘い香りと煙草の味がするキス。
 …………たくさん、考えて、たくさん、悩んだけど。俺は、あんたのことも、ヒーローになることも、諦めたくない。でも今はただ。

(セックス、したい)

 先輩とシなくてなってから、ずっと一人でシてきた。一人でやんのもそれなりに気持ちよくはなれるけど、先輩としたセックスの快感には程遠かった。
 今目の前に欲しいものがあって、体はすげぇ熱い。
 林間合宿、ヴィランに襲撃されている、みんなが危険だ。ぼんやりしてきた頭のまだ冷静な部分が投げてくる正論が今はただうるさい。
 ヒーローになるためにこの林間合宿にいるはずの俺は、今は夢中で先輩のちんこをしゃぶっていた。硬く勃起したそれが欲しくて仕方がなくて、自分から尻まで解している。
 懐かしい味のせいか、薬のせいか、ぼうっとする頭のせいか、なんでか知らないけど泣けてくる。
 自分でケツを弄ってフェラする俺を、先輩が見下ろしている。懐かしい手が俺の頭を撫でている。いい子だとでも言うようにアッシュブルーの眼差しは優しい。

「ほしーの?」

 腰が揺れてる俺に、甘い声が落ちて、細長い指がケツに埋まる。「う、」自分じゃ届くのに苦労するところを先輩の細くて長い指がなんなく抉ってきてびくんと体が跳ねる。イッた。ちょっとぐりってされたくらいでイッた。
 口の中から逃げていった先輩の熱を前にげほと一つ咳き込んで、薬のせいか、だんだんと痺れてきた体で、先輩の言葉に答えを返したくて、四つん這いで体を反転させる。自分からケツを突き出して犯してほしいとねだる。
 セックスがしたい。先輩とシたい。体が熱くて、その熱をどうにかしたくて、それ以外もう何も考えられない。

「せ、ぱぃ」

 たったの二週間、幸せだった頃にしていたセックスとは、何もかも状況が違うのに、先輩の熱に貫かれた俺は悦んでいた。あの頃と同じように。体はどこまでも正直だった。「あッ、あ、」気持ちいい場所を擦られる度に喘ぎながら、どこかで上がっている青い炎に照らされた先輩の顔を眺める。
 その表情が、あの頃みたいに優しかったから。俺の気持ちはまた揺れて、天秤は、先輩の方へと傾いて沈んでいく。