夜の十時。轟家の門戸から鍵のチェックを俯瞰の視点で行い、問題なかったから、スマホのアプリで明日の予定を確認する。
 明日は、今から注文する食料品その他の受け取りだけ、か。あとはいつもの家事炊事。ちょっと楽だな。今日注文さえ終わらせてしまえば。
 ノートパソコンで大手のネットスーパーを開き、明日から三日分の食事メニューを考えながらポチポチと食材をカートに放り込んでいく。
 夏雄も焦凍もけっこー食べる。炎司さんはあの体格だから言わずもがな。
 でもあんまり買い込んでも冷蔵庫に入らないし、食材の調整にはいつも苦労する。
 冷蔵庫の中身と見比べながら食材を注文し、よし、と一息ついて天井に向けて手のひらを突き出してぐぐっと伸び。今日の最後の仕事が終わったぞ、と。
 最後にキッチンのガスなど一通り異常がないかを見て回ってからパソコンを抱えて自室に戻り、お風呂のときに外すコンタクトの代わりに俺の視力を補っていた眼鏡を机に置く。
 今日も一日、何事もなく終えた。お疲れ俺。

「はー」

 背中から畳の床に倒れ込んで、これで四年目になる部屋でごろりと横に転がる。
 住んでる人数に対して広すぎるだろ轟家、と思うのにはもう慣れた。
 おかげで掃除が大変だ。昼間他の家事代行の人が来て手伝ってくれなかったら間に合わないくらいに。
 ………焦凍と会って、これで四年。
 足掻きながら、努力しながら、主に家事炊事で苦労しながら、炎司さんに見放されない程度には仕事はやっていけている。
 このまま何事もなく焦凍が雄英まで行ってくれれば、そこからは、俺がよく知ってる時間軸になる。と思う。
 そうしたらようやく手が出せるなぁなんて考えながらごろりと畳を転がって起き上がり、寝るか、と寝間着のスウェット上下に着替えたときだった。とん、と襖戸と叩く控えめな音がしたのは。

「どーぞ」

 誰だろ、こんな時間に。何か急用でもできたのかな、と眼鏡をかけ直した俺の前で襖戸が開いて、立っていたのは焦凍だった。部屋着のジャージ姿でぎゅっとズボンを握り締めている。
 今年で十四歳になった焦凍は、世間一般で言う思春期まっただ中。小学生のときは一緒に寝たいって甘えてきてかわいかったけど、最近はちょっと態度がぎこちない。まぁそういう年齢なんだろうって思ってるけど、そんな焦凍が珍しく俺の部屋を訪ねてきたわけで……なんの用事だろ。
 ぴしゃ、と戸を閉めた焦凍が部屋に入ってきて畳の上に座り込む。なぜか体育座り。なんで。

「どうかした?」

 焦凍にはなるべく優しくしたいと思ってるから、眠気をしっしと追い払って笑いかけると、焦凍は膝に顔を埋めてなぜか首を横に振って紅白の髪を揺らしてだんまりを決め込む。
 ……ん?
 話しかけるときは「焦凍くん」と呼ぶようにしている焦凍は、俺の声にちらりとこっちを見やって、また膝に顔を埋めた。
 えーと。何かあった、んだろうけど。黙ってたらさすがにわかんないな……。「焦凍くん?」そっと手を伸ばして肩に触れるとびくりと大きく震える体があって、なんか悪いことをした気になって手を引っ込める。「えっと。何か、あった?」「………最近」あ、よかった。話してくれる。「うん」「俺のちんこが変だ」ちんこ。が。変。
 一瞬カチコチに固まった頭をなんとか解す。
 焦凍は中学生。よく女子に告白されるという贅沢(本人曰く鬱陶しいだけ)な思春期真っただ中。
 つまるところ、男子の身体の構造的に言う、精通とかそういうアレコレの道を通る年齢ともいえる。
 これまで焦凍とそういう話をしたことはなかった。ってことはつまり、そういう話だ、これは。
 体育座りをしていた焦凍がぎこちない動きで胡坐をかくと、ジャージの股間が膨れていた。これを隠したかったわけか。
 焦凍は顔を俯けたまま「なんか、ムズムズする、し、ちょっと痛ぇし。なんか、白いの出るときあるし。これ、病気か?」ちら、とこっちを見上げてる顔にごくりと生唾を飲み込む。勇気を出したんだろう、恥ずかしそうにしてる焦凍くそかわ。じゃなくて。

(耐えろ俺。成人してる奴が中学生相手に勃起してたらマズいと思う)

 なんとかいつもの笑顔を崩さず「保健体育でちょっとやってると思うけど、男の子として誰もが通る道だよ。病気じゃない」「…そ、か」ホッとしたのか、焦凍の表情が若干和らいだ。それで自分の股間に視線を落とすと「じゃあこれ、どうしたらいいんだ」とか言ってくる。
 確かに、学校じゃそこまでは教えてくれないだろうけど、さ。
 いやしかし、友達とかとそういう話をするはずじゃ、と考えて、記憶を手繰り寄せると、俺がヴィランしてた頃の焦凍はいつも一人だったことを思い出した。友達らしいものができたのは雄英に入ってからだ。つまり今の焦凍にはそういうことを話す相手っていうのがいない………。
 膝でこっちににじり寄った焦凍が俺の股間を凝視しているのに気付いた。同時に、今日の来訪目的も察した。「俺がどうしてるのか、ってこと?」「ん」焦凍はそれを聞きに来た、と。
 誰もが通る道。もちろん、俺も通った道。
 普通なら気になる女子とかそういう画像を思い浮かべながらするもんを、俺は焦凍で抜いた。とは口が裂けても言えない。

「じゃあ、教えてあげるから。ここおいで」
「……ん」

 弔のときだって教えた。同じだ。同じようにやればいい。
 ただあのときは、本当にそういう気持ちが一ミリもない状態だったから作業的にやってみせたわけで。好きな相手のちんこを邪な気持ちを隠してしごくってのは、俺の理性的に地獄なんじゃないだろうか。
 小学生だったときは一緒にお風呂入ったりもしたけど、見るのはそれ以来ぶりになる。
 布団の上に座った焦凍のズボンをアンダーごとずり下ろすと、勢いよくちんこがこんにちわしてちょっと驚く。お腹についてるじゃん。なんとなく勃ってるとかいうレベルじゃない。けど。そこは気にしちゃ駄目だ。「触るよ」「ん」恥ずかしいのか、顔を隠したいのか、焦凍が俺の胸に顔を寄せてくるのがまたかわいい。
 くそ、かわいいとか思っちゃ駄目だ。勃つ。根性見せろ俺。
 自分で触ったことがないんだろう、亀頭は皮を被ったままだ。
 俺もこうだったなーなんて思いつつ、部屋に常備してるローションをつけて指でちょっとだけ皮をめくる。「痛い?」首を横に振る焦凍の先っぽから透明な汁が出てきた。ちょっと触っただけなのにエッチだなぁ。
 皮は剥けても剥けなくてもどっちでもいいけど、痛くないように、あと、気持ちがいいように。焦凍の様子をチラ見して確認しながらなるべくゆっくり皮を剥いて亀頭を露出させていく。
 俺の胸に顔を押しつけて荒い息を吐いている焦凍にごくりと生唾を飲み込んで、「声、出そうなら、キスしよっか」と持ち掛けると朱色に染まった頬と涙目で見上げられて、股間が。痛くなってきた。
 これは性的教育というかそういう類のものであって、やましい気持ちはあるけど決してやましいことをしようとしているんではないんであり。なんてことを頭の中で轟家のみなさんに言い訳しながら、焦凍と二度目になるキスをする。
 この間は触れるだけで終わらせたけど。今日はそうはいかない。

「ふ、」

 声をこぼしそうになる焦凍の唇を舌で抉じ開けて、強制的に舌を奪う。うまく声が出せないように。
 そうやって焦凍の熱を治めた翌日は、仕事でヘマが重なった。包丁で指を切るし、煮物は吹きこぼすし、普段ならやらないような失敗をした。

「あー……」

 いくら冷静ぶっても、この手は好きな相手のオナニーを手伝ったわけで、それでこの口は焦凍と始終キスをしていたわけで。
 切った指から滲む血を水道水で流しながら、指を伝う水の流れに、焦凍の白い体液を思い出している。
 焦凍を部屋に返したあと抜いたけど、それで治まってくれるほど、この四年ガマンしてきてない。「困ったな」一人ぼやいて、切った指に絆創膏を貼る。
 焦凍はまだ十四歳、中学二年生。対して俺は二十歳の大人。俺が大人として自分の気持ちを飲み込んで我慢をすべきなのは明白なのに、思ってるより根性ないなぁ、俺。
 昼間はお手伝いさんが帰ったら誰もいなくなるから、縁側に腰かけて煙草を取り出し、一本吸う。「はぁ」煙を吐き出して、そういえばあのキスはやってないなぁなんて思いながら、俺はまた焦凍のことで頭がいっぱいになっている。
 煙草の煙と唾液を流し込むキスしたら、どんな顔するかな、焦凍。

(いやいや)

 頭の中で想像しかけた表情を緩く頭を振って追い払う。
 そんなことよりだ。今朝だってぎこちなかったのに、これ以上焦凍とぎこちない関係になるのはマズいぞ。昨日のは『性的教育』で通ったとして、次はないだろうし。
 ………ここまで来ておいてなんだけど、焦凍は俺のことちゃんと好きになってくれるだろうか。
 前は色々こじらせてたし、お互い好きとも伝えてなかった。お互いの態度とか視線とかでそうなんだろうなって思ってただけで、実際に好きだって伝えたことはない。この世界の焦凍が俺を好きになってくれるという確証だってないわけだ。
 俺は、それでも好きだけどさ。
 幸せになれ、と言って消えていったもう一人の俺のことを思うと、さっさと幸せになりたいな、と思うけど。今だって、轟家の一員として生きれてるわけだから、まぁまぁ幸せなんだけど。俺の幸せって結局のところ焦凍がいないと始まらないんだよなぁ、なんて。

「ふー」

 煙を吐き出して、吸い殻を携帯している灰皿に押し込む。
 とにかく、中学生相手にいい大人がセックス強要するような展開だけは避けなくては。頑張れ、俺。