十二月も後半。期末試験、終業式を終えた中学は冬休みに入り、今年もの手作りのクリスマスの飯とケーキ屋のケーキを食った。
 クリスマスが終わって慌ただしく始まるのが年末の大掃除だ。
 ウチは無駄に広くてデカいから、掃除にも時間がかかる。クリスマスが終われば年末掃除。それが我が家の毎年の風景だ。
 家全体の大掃除はや他の家事代行の人の仕事だったから、自分の部屋くらいは自分ですませようと、いつもより時間をかけて丁寧に掃除をして、もう使わないだろう、いらないだろうと思うものを段ボールに入れて廊下に出しておくと、いつの間にかなくなっている。
 だけど、やっぱりいる、となればが倉庫から出してきてくれるから、すぐに捨てずに取っておいてくれてる、そういう気遣いにいつも助かってる。
 そうこうしてるうちにあっという間にやってきた年末、大晦日。
 夏兄と冬姉は友達と初詣に行くとかで、日付が変わる前に家を出て行った。だから今家には俺ととクソ親父の三人だけ。
 毎年年末年始はヴィラン犯罪が増えるからとヒーロー事務所に詰めてるくせに、今年は帰ってきやがった。誰も望んでないのに。
 俺と親父の間に会話らしいものがあるはずもなく、テレビから流れる年末特番の笑い声がどこか寒々しい。
 無言でみかんを食う俺と、茶をすする親父に、は始終困った顔をしていた。

「焦凍くん、初詣行く?」

 それで、出してくれた助け舟に飛びつくように「行く」と返してこたつから立ち上がった俺を親父が睨み上げてくる。
 何か小言を言おうとしてるのは明らかで、言われる前に言ってやろうかと睨みつける俺と親父の間にが割って入って「明日になれば混むでしょうから、今のうちにすませてきます」と先手を打つことで親父は閉口した。

「……事務所から連絡が入るかもしれんからな。俺は待機だ。行けん」

 誰もお前に行ってほしいとか思ってないし言ってない。「はい。すみませんが、留守をお願いします」「ふん」親父のご機嫌取りにもなれてるは低姿勢に出て頭を下げ、俺はその脇をすり抜けて自室に向かった。着替えとコートがいる。
 適当な服に着替えていると、袖とか裾とか、ちょっと短いことに気がついた。「…背ぇ伸びたかな」ぼやきながらコートを羽織る。
 寒さとか、暑さとか、俺は個性である程度カバーができるし、人よりは体温調節もできるから、ちょっと袖とか裾が短くて寒いくらいは問題ない。
 それよりも、またと二人で出かけられる。そのことにそわそわしてる自分がいる。
 玄関で待つ間、落ち着きなく携帯を弄っていると、「ごめんねお待たせ」と声。
 覚悟を決めて視線を上げると、普段は白いシャツにカーディガン、家事代行の印であるエプロンをしてることが常のが私服姿でやって来たところで、それだけで心臓がきゅうってした。実はあんまり見る機会がないのだ、この人の私服は。
 どこかのファッション誌に載ってそうだな、と思う格好のが革靴を履くのをぼんやり眺める。
 は手足が長いから、何着せても様になるんだよな。
 俺はファッションとかよくわからないけど、親父に文句言われないように気を遣ってるんだろうってことはキレイめな格好を見てればわかる。私服なんだから何着たって自由だろと思うけど、轟家に出入りする人間である以上……とか、アイツなら言いそう。

「行こうか?」
「ん」

 じっと見つめていたところから視線を引き剥がして玄関の引き戸を開け、風のない深夜の空気の中に一歩を踏み出す。
 この辺りで夜に神社が開いてて賑わってるといえば場所は一つだったけど、が向かったのは真逆の方向だった。「なぁ、あっちじゃねぇのか」初詣といえば馴染みの神社の方角を指す俺には苦笑いをしてみせる。「そっち行くと、夏くんや冬美さんがいるよ」「……そりゃあ」そりゃあそうだけど。
 道行く人とは真逆の方向に向かいながら、だんだんと人が少なくなってきた夜道をいいことに、肩をくっつけて歩く。それでやっぱ背伸びたなと実感する。の肩の高さともうあんま違いがない。


「ん?」
「俺、背ぇ伸びた。服の袖とか短い」

 コートのポケットから右手を出して腕を伸ばすと手首が見えた。「ほんとだ。買わないとね」冬の空気に晒された手首を長い指が撫でる、その感触がこそばゆい。
 そのまま、流れるような動作で右手を握り込まれて、恋人しかやらないような指を絡める握り方をされて、顔にがあっと熱が上がった。
 のコートのポケットに握った手ごと突っ込まれて、握るなら左手にすればいいのに、と思う。右は氷を使う方だ。左にすればあっためてやることもできるのに。
 誰もいないのをいいことに、くっついて歩いて、恋人しかしないような手の繋ぎ方をして。それが幸せだなと思う。
 たとえ行く先が他に誰もいないような寂れた神社で、そこで形ばっかりの初詣をするんだとしても、幸せだな、と思った。
 寂れた賽銭箱に五円玉を投げ入れて手を合わせ、目を閉じる。
 願うことがあるとすれば、それは隣にいるこの人との幸せな時間だけだ。それ以上に望むことなんてない。
 ヒーローになることも大事だ。……大事、だった。昔の俺にはそれしかなかったから。でも今はそうじゃない。
 薄く目を開けて隣を窺えば、目を閉じて手を合わせたままのがいる。
 この人は何を願ったろう。その願いの中に俺はいるだろうか。
 俺は、あんたに左について言われた日から、色々と考えた。考えて考えて、一つ、答えが出たよ。
 あのときのこと、ちゃんと答えておこうか、と口を開きかけたとき。カツカツと神社を上がってくる足音が二人分聞こえて、自然とそっちに視線がいった。こんな寂れた神社にも他に人が来るんだな。
 それで、階段を上がってきたのは、無数の手、に見える何かをつけた男と、顔とかが影みたいにもやもやしてる二人組で、その異様な姿に思わず目を見張る。
 この個性時代だ、人は見かけで判断しちゃいけないとわかっちゃいる。けどあの手をつけた男、ファッションだとして、異質すぎだろ。

「あ? 何見てんだクソガキ。殺すぞ」

 それで吐く言葉がこれだ。ガン見してたのはこっちだけど、言い方ってもんがあるだろう。
 むっと眉根を寄せた俺の手を引いたが「すみません、どうぞ」と賽銭箱の前を譲るから、手を引かれるままに歩いて……その顔色が悪いことに気がついた。「?」小声で呼ぶとなんとか笑ってみせたけど、唇の色が悪いし、震えている気がする。
 それで足早に俺の手を引いてその場を去ろうとする、その隣に小走りで追いつくと、背後から声がした。「げ、五円玉ねぇじゃん。おい、お前ら五円寄越せ」カツアゲかよ。つうか、初詣来たならそれくらい用意してろ。
 背後を振り返った俺は二人組のことを睨みつけた。
 別に、五円くらいくれてやってもいいが。俺はこいつら、というか、この手の男のことが気に入らない。
 顔にまで手をつけている男の赤い目が眇められる。

「お前、生意気だな。ガキのくせに」

 ポケットに突っ込んでいた手を出してかざす男に一歩引いて構える。
 仕掛けてくるなら応じるまでだ。その辺の奴に個性で喧嘩して負ける気はしない。
 俺はやる気満々だったが、は違った。「はい、五円! 」俺と男の間に割って入ったがピンと弾いた五円玉。それをキャッチした相手は無言で賽銭箱に五円を投げ入れる。「行くよ」青を通り越して白い顔のに手を引っぱられるまま階段を駆け下りながら、俺はつい背後を振り返っている。「なんで」「ああいうのには関わっちゃ駄目だ」そりゃそうかもしれないけど。
 震えている気がする手をぎゅっと握り締めて、足早に神社を後にする。
 そんなふうにしてその夜は更けた。
 一月一日といえば、と冬姉も手伝ってのおせちが我が家の定番だ。
 人数分の食器を並べながらの顔色を窺ったけど、昨日のことはなかったみたいにいつも通りだった。
 あの顔色の悪さを思い出すと、あれは異様な二人組に対しての反応というだけじゃなくて、もっと他に理由があるんじゃないか、なんて深く考えそうになる。

(知り合い。とか)

 ………そんなわけがないか。
 見た目で判断するわけじゃないけど、あんな、ヴィランみたいな連中。知り合いのはずがない。
 夏兄と冬姉が飯のあとそれぞれの予定のために部屋に戻ったあと、皿洗いを続けてるの背中に体をくっつけた。昨日のこともあるし、おせちの飯の最中もいつも通りの顔をしてはいたけど、心配だ。

「大丈夫か」
「ん? 何が」
「昨日の」
「ああ……」

 最後のカップを洗い終えたが苦笑いでお湯を止める。「まぁ、もう会うこともないでしょ」そうだな。そうだといい。あんな顔色のあんたはもう見たくない。
 今は誰の目もないしと顔を寄せて甘えていると、耳を食まれた。甘い声で「部屋おいで」と言われて背筋がぞわっとして、気のせいか、目の前まで揺れている。気がする。
 期待、を、するわけじゃないけど。キスと、手でシてもらうこと以外したことがない俺たちだけど。もしかしたらもう少し先にいけるかもしれないと、そんな期待で下腹部の辺りが疼いた。
 が部屋に戻ったあと、いったん自室に取って返した俺は携帯でそういった知識を一通り確認して、いざ、轟家の一番奥まった場所にある部屋へ。
 とん、と襖戸を叩く。「」「どーぞ」カラ、と襖戸を開ければ、いつも通りのがノートパソコンを操作していた。家の仕事のウチの一つ、買い出しかなんかだろう。
 その姿が本当にいつも通りで、淡い期待を抱いていた分むっと眉間に皺が寄る。
 ピシャッと戸を閉めてパソコンを覗き込むと、いかがわしいモノを扱ったいかがわしいページ、だった。ローションとか。電マとか。そういうものが画面いっぱいにある……。
 腰を引き寄せられて膝をついて、首筋に埋まった唇の感触に体がビクつく。

「思ったけど、中学生で抱こうが、高校生で抱こうが、未成年抱いてるって時点で色々犯罪だった」

 ぬるい温度で首を舐め上げられて背筋が粟立つ。「あ…」無意味に喘いで、目が合ったから、キスをした。自分から舌を捻じ込んで、体も押しつけて、敷かれたままの布団の上に転がる。
 俺ももお互いが好きだって伝え合ったのに、全然手を出してくれないなって思ってたけど。やっと、叶う。
 唇がふやけるくらいにキスをする。体をまさぐり合う。触ってみたかった、ずっと触ったことがなかった場所に触れて、俺相手に硬くなってることにホッとする。ちゃんと俺のことそういう目で見てるんだなと安心する。

「おれ、じゅんび、してない」

 ふやけた口で呟くと、がやんわりと笑って俺の腰から尻にかけてを指でなぞった。「いいよ汚して。今日は慣らすだけだから」「……いれねぇの?」期待していただけにちょっと気落ちした俺の唇をが噛んだ。それで至近距離のまま「あんま煽るなよ。我慢してるんだから」と言われて、硬くて熱いのを手のひらで撫でる。
 いきなり入らない、ってのは知識として知ってる。ちゃんと慣らしていかないと痛いってのも知ってる。俺のためを思っての言葉だ。俺も我慢をしなきゃ。……でも。

「じゃあ、口で、シたい」

 のを手のひらで撫でると、脈打った気がした。「焦凍ってエッチだよね」いつかに夢で聞いた気がする甘い声に背筋がどうしようもなく騒ぐ。
 そうだよ。男子中学生なんてそんなもんだろ。
 俺は、あんたのを咥えて口をいっぱいにしたくて仕方がなかったよ。尻が駄目っていうならせめて口を犯してほしいって思うくらいには変態だよ。
 いいよ、と囁く声にごくりと生唾を飲み込み、小学校のとき一緒に風呂に入った以来になるの性器と対面して、もう一回唾を飲み込む。想像してたよりデカい。
 そろりと顔を寄せて、歯を立てないように、舌を出して先っぽにキスする。舐めてみる。煙草とはまた違った苦さのある独特の味がする。
 口に入るか、わからなかったけど、できる限りの大口で先っぽから咥え込むと、頭を撫でられた。いい子だと言われている気がする。

「ごめんね」
「…?」

 聞こえた声に視線を上げようとして、頭を撫でていた手が俺のことを掴んで押した。口の奥、喉までのが入ってくる。「ぅ、」苦しい。口ん中犯されたいって思ってたけど、けっこー、苦しい。
 咳き込みながらも、ネットで得た知識の通り、ストロー吸うみたいな要領で。口じゃなくて顔を動かして。
 叩き込みの知識でフェラってやつをしながら、苦しいくせに、喉の奥に当たる形に興奮してる俺はやっぱ変態なんだろう。

(でも、だって中学生の俺に欲情してるわけだから、お互い変態ってことだろ。なら別にいいか)