その日、プロヒーローが駆けつけることになったテスト会場は閉鎖となった。とてもテストどころじゃない、と。
 雪が舞うビルの外を眺めながら、ヴィランに相対したということで警察の事情聴取を受けているを待っていると「焦凍」と気に入らない声。
 視線だけ投げてやればクソ親父がいた。連絡を受けてわざわざ来たんだろう。
 無骨な手には紙袋があって、「着替えろ」と顎をしゃくられた。
 放られた紙袋を黙って受け取り、スプリンクラーの雨を浴びて濡れていた服をトイレで着替えて戻ると、が解放されていた。駆け寄って濡れたままのセーターの袖を握ると、やんわりとした笑みを返される。「貴様も着替えろ、」「はい」するり、と離れた温度を追いかけたくなったが今は堪えた。親父の目が鬱陶しいから。
 帰りの車の中でが語ったのは、これまで喋ろうとしなかった過去。自分がヴィラン連合と自称するヴィランの組織にいたこと。テスト会場に現れたのはその中心的人物の一人だということ。
 ぽつぽつと語るに、親父は助手席で腕組みして話を聞いていた。

「なぜ今まで黙っていた」

 一通りを話し終えたに威圧的な声が降る。
 その声に口を開きかけた俺の手にの手が被さった。「すみません。命綱の、つもりでした。これを喋ってしまったら、次にあいつらと遭遇したとき、殺されるだろう、と思って」伏せられたアッシュブルーの瞳を見つめるとぱちっと目が合って、ゆるりと細くなるその瞳から目が逸らせなくなる。
 ……変わっていない。俺にとっての一度目の人生と同じだ。
 この人はヴィランに関わっていて、死柄木とかいう奴に執着されている。同じだ。同じ道を辿ってる。
 このままじゃ、また、同じになる。
 奥歯を噛みしめて親父を睨み上げ「は悪くない。状況が、環境が悪かっただけだ」と声を上げると、親父に睨み返された。「そういう問題ではない」「じゃあどういう問題だ。そうしなきゃ生きてこれなかったって奴を牢屋にぶち込むのがヒーローかよ」「……焦凍」被さった手が緩く俺の手を握り込む。困ったような顔でなんとか笑おうとしている。俺のために。俺を心配させまいと。また、俺のために、そういう顔をしようとしてる。
 その頬をばちんと両手で挟む。

「俺のために笑うな。自分のために笑え」

 俺と一緒に笑ってくれるなら、それは、嬉しいことだ。
 だけど、俺を気遣って俺のためだけに浮かべる笑顔なら、やめてほしい。
 そういうのはもうたくさんだ。俺だけを満足させるための笑顔ならいらない。そういうのは前にたくさんもらった。もらいすぎた。
 だから、もういいんだ。自分のためだけに笑って。そのために人生を使っていいんだよ。
 そこに俺がいて一緒に笑い合えることが理想で、望みだけど、子供の今くらい、自分のことで手いっぱいになっていいんだ。そうしていいんだ。それで普通なんだ。
 アッシュブルーの瞳を大きくして驚いた顔をしていたが目を伏せる。「お見通し、かぁ」「甘くみるな」「うん。ごめん」ぱ、と手を離す。この体はまだ八歳で、今のは八歳らしくなかったなとは思うが今更だ。
 親父は口をへの字にして俺たちのやり取りを見てたが、閉口していた口を開けると、渋々、といった感じでこう言った。

「お前のことは、正式にウチで身受けする」
「え」
「轟を名乗れ。それでヴィランであったお前は消える。いいな」

 親父の言わんとしていることを俺とは同時のタイミングで呑み込んだ。
 俺は親父のことをちょっと見直したし、は唇を噛んで深く頭を下げていた。
 結果として今回のことは丸く収まったわけだが、ヴィラン連合、死柄木弔の発覚によって、ヒーロー界はにわかに騒がしくなった。
 オールマイトが平和の象徴となってから久しく途絶えていた、ヴィラン同士が徒党を組んでの計画的な犯罪。
 実は水面下ですでに敵は動いていたのだと知り、実際活性化してきているヴィランを潰すため、ヒーローの日夜はこれまで以上に忙しい。
 そんな夜は、夏兄と冬姉が自室に戻ってしまえば、轟の家には俺とだけになる。
 じり、と膝でにじり寄った俺にがスウェット上下姿でじりっと後退した。「えっと、焦凍。これはその」今年で十四歳になったが視線を泳がせている。
 膨らんでるな、と思う股間に手を伸ばして掴む。「やめなさい」「いやだ」勃ってる。やっとそういう年齢になったんだ。
 トイレのとき以外、四六時中一緒だった。
 たとえばトイレでこっそり抜いてたとして、誰のこと思いながらシたのかなんてわかりきってる。「手を離しなさい」「なんで」「なんでも」そのままずるっとスウェットを脱がせた俺にが顔を手で隠した。照れてる。「あーどうしてやめてくれないかな……」やめるわけがない。こうなる日をずっと待ってたんだから。

「勃ってる」

 じりっとまた一つにじり寄った俺に、「なんでそーいうこと知ってんのお前は」と呆れたようにぼやく声。
 そりゃあ、二度目の人生だから。なんてことは口が裂けても言えないけど、言い訳は用意してあって、「姉さんのお古の教科書。暇潰しに読んでたから」とくに目は通してないけど用意だけはしておいた中学の保健体育の教科書を指すと、が諦めたような呆れたような息を吐く。
 ………随分味わってないなと思う性が懐かしく、まだ未成熟の体が疼いた気がして、また一つ膝でへとにじり寄る。「たんま」「いやだ」「待てマテ何しようとしてんのっ」ずる、とボクサーパンツをずり下げて、俺と違って大人の形になってきている性器の先っぽに唇を舐めて口を付ける。

(懐かしい味がする)

 口が小さいから、入らないかな、と思いながら、できるだけ大口でのをしゃぶると、堪えるようにアッシュブルーの瞳が細くなる。
 口いっぱいにのを頬張りながら、あんまりうまいのも俺の年齢的に変だろうと、へたくそに舐めることにする。
 それでも、誰かの温度に包まれるってこと自体がにとっては初めてだから、俺のフェラに耐えられたのは二十秒くらいだった。
 どこか赤い顔でがしっと頭を掴まれて「お前が悪い」と言われて、そうだよ、俺のせいにしていいよと思いながら、口の奥まで突っ込まれた熱に息を詰まらせる。苦しい。
 喉の奥に当たる熱に咳き込みながら、突き込まれる感覚に尻とか腹の奥が疼くのを感じながら、その日、久しぶりにの味を飲んだ。
 口に出されて、げほ、と咳き込む。
 全部飲んだ俺を見下ろすアッシュブルーの瞳が熱を帯びて揺れている。

(好きにしていいんだ。汚していいし、酷くしていい)

 前のときは、優しくしか、俺のことを抱かなかった。
 もういいんだ。したいようにしてくれて。
 自分勝手に抱いていいし、痛くしていいし、泣かせたっていい。そうされたって俺は嫌じゃない。
 腕を掴まれて、布団まで引きずられていって倒されて、長くなった髪をシーツの上に散らしながら、ぼんやりした意識でのことを見上げる。「お前が悪い」とこぼしながら俺のパジャマにかかる手を払いのける気は最初からない。
 死柄木弔との初接触から一年がたった冬。
 相も変わらず学校に行っていない俺は、また例のテストのために家を出なくてはならなかった。小学校卒業という肩書のためとはいえ面倒だ。
 今回も付き添いでついてくると一緒に指定の会場に行き、一年前の事態を受けてからプロヒーローがつくことになった教室でテストを受け、終わったらさっさと退室。料理本に目を通してるを呼んで会場を出る。
 轟の家は、真新しさこそ何もないが、安全だ。出入りする人間は限られているし、警備システムがしっかりしている。あそこで過ごしているのがにとって一番安全だし、俺も安心できる。
 あれから一年たったが、ヴィラン連合の下っ端の下っ端。トカゲの尻尾切りみたいな雑魚な連中は捕らえられても、の言う首魁に近い人物たちは警察とヒーローの捜査網に掠りもしていない。そのことに軽い苛立ちを覚える。
 別に、侮ってるわけじゃない。あいつらのせいで雄英が襲撃されたことは憶えてる。死柄木弔の個性も強力だ。わかってる。そんな簡単にどうこうできる相手じゃない。
 だけどこのままじゃ、世界はまた同じ流れを辿る。
 俺からこの人を奪って、俺は、その喪失感に耐えられなくて、また、死ぬ。



 家に帰るなり甘えて抱きつくと、緩く抱き返された。「お疲れさま」別に疲れてはいないけど、疲れたということにしておいてキスをする。
 平日の昼間、今日は家事代行の人たちももういない。昼間からベタベタできるとか最高だ。
 がおからのクッキーを作ってくれるというから、隣にべったりくっついて、ときどきキスしながらおやつ作りを見守る。

「焦凍はほんと、俺のこと好きだね」

 どこか呆れたように笑う顔を眺めて「うん。好き」と惜しげもなく返す。
 前は言いそびれてしまったから、この人生では飽きるくらいに伝えようと思っていた。だから何度だって言う。「好きだ」と。
 じっと見つめていると、言い出したのはのくせに勝手に照れて顔を背けている。「集中できません。なんかしててよ」「ん」別に困らせたいわけじゃないし、とそばを離れてテレビをつけて適当にチャンネルを変える。
 とくに何か見たいわけじゃないけど、テレビの音があれば気は紛れるだろう。
 食卓で頬杖をついてクッキー作りを眺めながら、こんな時間が永遠に続けばいいのに、と思う。
 長かった紺の髪の真似ごと。願掛けで伸ばしている自分の紅白の髪をつまんで、離す。
 伸びきるまでは面倒だったけど、だいぶ伸びた今は、に手入れしてもらう口実にもなってる。邪魔は邪魔だけど、櫛を入れて結ってもらう時間が好きだから、今後もまだ伸ばすつもりでいる。
 ……今ここにいるの髪は短い。肩にかかってきた辺りでいつも適当に切ってしまう。長いのは面倒だから、と。
 あの人はなんて願いを込めて髪を伸ばしていたんだろう。
 俺が出会ったときはもう長かった。なら、その願いに俺は関係がないのだろうけど。あの面倒くさがりの人が願掛けするくらいの願いって、なんだったろう。
 ぼやっとしていると、型抜きしたクッキーがオーブンに消えていた。「よし、あとは待つだけ」おからクッキーとはいっても多少砂糖だって入ってるわけで、どこか甘い香りのするに誘われて席を立ってぎゅっと抱き締めると、また呆れたように笑われた。

「俺にくっついてないと死ぬの?」
「うん」

 目を閉じて甘い香りを吸い込んでいると、煙草のことを思い出した。香りばっかりが甘かった苦い煙草味のキス。「がいないと死ぬんだ」心も、体も。全然息ができなかったんだ。とっくに自分は死んでるんじゃないかって思うくらい、世界に色もなかったんだ。
 もうあんなのはごめんだ。
 力の限り抱き締めていると、吐息のあとに抱き上げられた。身長も伸びてきたし、体重だって増えて、昔より重くなったのに、俺のことを部屋まで連れ帰ったがエプロンを放り投げる。

「ムリ。抱く」

 ……俺は今年で九歳で、は十五歳になる。
 この人が先輩だったとき、年齢を誤魔化して学校に通っていたってことも、俺は知らなかった。あの人のことを本当に何も知らなかった。だから、今回は絶対、全部、知らない部分がないってくらいにこの人のことを知っていこうと思ってた。
 ああ、余裕のないもいいなぁなんて思いながら笑ったら、キスで奪われた。求められるままに口を開けて自分より大きな舌を受け入れ、シャツの上から触れてくる手がもどかしくて、自分からぷちぷちとボタンを外す。
 くすんだ色の瞳に愛でられるだけで体が火照ってくる。
 九歳相手に欲情するだし、年齢に不相応な性行為を求める俺も俺だ。
 どんだけちんこが熱くなってもまだイけない。だけど後ろで中イキすることはもう体が覚えた。

「さわって」

 自分から脱いだ俺にの瞳が細くなる。獣の目。性に余裕のない歳相応の。
 先輩だったときは見せなかった目に、男はみんな狼ってほんとなんだな、なんて実感した。