ヴィラン連合の中心的存在、死柄木弔は、プロヒーローによる厳重な警護の中、タルタロスに連行された。
 無事に収監されたという連絡を受けたんだろう、親父は一段と険しい顔で携帯を耳に押し当てていたが、「そうか。わかった」と言って通話を切った。
 その顔から険が抜けたのは一瞬で、今度はさっきとは違う種類の険しい顔をする。
 正座して小さくなっているに、険しい顔で腕組みした親父に、その間に割って入っている俺といういつかにも見た構図で、のことを睨み下ろしている顔を睨んで返す。
 俺とがセックスしたから誘き出せた死柄木弔だが、それはつまり、俺とのそういう関係が露呈した、ということでもある。

「最初に言ったよな。『俺の世話係にする』って。あれにはこういう意味も含んでた」

 そう言ってみたところで、親父には俺がに言わされてるように見えるんだろうってのは顔見てればわかる。
 親父からすればは『どこの馬の骨とも知れない男』で『轟家に転がり込んだ人間』だ。その境遇に少しばかり同情し、俺が懐いているってことで轟の姓を与えはしたし、これで五年一緒に生活してきたが、俺にとっての五年と親父にとっての五年じゃ重みが違う。過ごした時間も違う。俺にはすべてと言えるこの五年の生活も、親父にとっちゃあそんなもの、なのだ。

「十歳の男児と交わるなど、常識外れもいいところだ。ましてや俺の最高傑作となど……恩を仇で返すとはこのことだな」

 深く息を吐いた親父の拳がミシッと音を立てたが、同じくらい、俺の眉間にも音を立てて青筋が浮いた気がする。「………相変わらず、自分の子供のことをモノ扱いか。変わってないよあんたは」少しは見直してやってたのに。
 俯いたままのの手を取って引っぱって立たせる。「行こう」もうこの部屋に、この家に用はない。「まだ話は終わっとらんぞ焦凍!」怒号のような声にが肩をビクつかせる。
 を脅かしているモノに右手を向けて氷の弾丸を撃ち出すが、すべて炎で溶かされた。ち、と舌打ちしつつを部屋の外に出し、ここでもやっぱりクソだった親父に言ってやる。

を受け入れないなら出ていく」
「焦凍! 駄々をこねるのもいい加減にしろ!」
「駄々じゃねぇ。本気だ。あんたの言う最高傑作は、好きな奴と一緒に生きるよ。ここじゃないどこかでな」

 パン、と襖戸を閉めて、暗い顔をしているの手を掴んで部屋に戻る。
 適当なバッグを二つ放り出して着替えだけ詰め込んでいると、隣で同じことをしていたの手が止まった。「あのさ。やっぱり、俺が、」「出ていく、って言うなら俺は首を吊って死ぬ」「は?」驚きと戸惑いで顔を上げたその人をじっと見つめる。アッシュブルーのくすんだ瞳と目を合わせる。

がいないなら死んだ方がマシだ」

 かつてこの人は、この人とは違うあなたは、俺のために崖から飛び下りて、最後には首をくくるようにして死んだ。自分から死にかけて、そして、本当に死んでしまった。
 それが俺の人生のためだからって、本気でそう思って、自分の心を殺して俺のことを手離して、ヴィランとして振舞って、自分で自分の頭を切り刻んで死んでみせた。
 同じ真似はできないけど。俺も、この人生で、命を懸けてこの人を愛すると決めた。

「………わかった。わかったから、そんな泣きそうな顔しなくていい」

 伸びた手に頭を撫でられる。
 困ったように笑う顔。その顔が少し、あの人に似ている。
 とくに未練のない部屋を出て、唯一無二の手を握って玄関へ行くと、冬姉と夏兄がいた。
 親父のクソでかい声だ。話の内容は丸聞こえだったに違いない。「焦凍…」声をかけてくる冬姉に目を伏せる。「ごめん。がいられないなら、俺は、といられる場所へ行く」……兄さんや姉さんのことが大事じゃないわけじゃない。ただ、俺の中での優先順位が決まっているって、それだけの話だ。
 夏兄が何か言おうと口を開いては失敗するってことを繰り返してる間に靴を履く。
 は口を真一文字に結んだままだったけど、「ありがとう、二人とも。お世話になりました」とこぼして頭を下げて、玄関を出た。
 行くアテなんてもちろんないし、金だってそうはないけど、特別不安はなかった。
 何にも代えられない人が隣にいて、俺の手を握って歩いている。俺にはそれだけで充分だった。

(家にいられなくなったのは、まぁ仕方がない。頭の硬い野郎だから、軟化するにしても時間がかかる。その間どう過ごすか、だな)

 俺は十歳、は十六歳。
 夜に警官やプロヒに見つかったら補導対象だ。昼間は問題ないとして、夜をどう過ごすかが課題になる。
 考えていると、頭を切り替えたんだろう、一つ息を吐いたがどこかを指した。「とりあえず、モール行こうか」「モール? なんで」「買い物しなきゃ。野宿しなきゃいけないんだから、寝袋とか、色々いる」寝袋。なるほど。言われてみればそうだな。「それに」伸びた手が俺の長い髪をさらった。ちゅ、と口付けて「この髪も、目立つから誤魔化さないと」……さらっとそういうことするなよ。そういうの、すげぇ、股間にクるから。
 紅白色ってだけで目立つのに長さもある俺の髪は、の手で肩口で切り揃えられて、薬局で売ってる染料で黒い色に染められた。
 あの人を真似て伸ばしていた髪は、結局、願い事もしないままに短くなった。
 これで色の入った伊達眼鏡をすれば、パッと見俺が轟焦凍だなんてことはわからない。
 ダメ押しでスカートも履くと言ったら、がものすごく複雑そうな顔をしてたけど、捕まるわけにはいかないと思ったんだろう、渋々許可された。

「今日はどこ行く?」

 轟の家から飛び出して、これで二週間になる。
 膝より少し長い丈のスカートを翻して振り返る俺に、今日は髪をオールバックにしているの視線がスカートからあっちへこっちへ迷う。「どこでもいいけど……そろそろ知ってる廃墟の数が少なくなってきたかな」「ふぅん」毎日寝床を変えてるから、思い当たる場所が減ってきてるらしい。
 考え込んでいるの隣に並んで、俺より高い位置にある横顔を薄い青の入ったグラス越しに見上げる。
 スーパーの弁当の味には飽きたし、硬い地面の上で眠るのは体が痛いし、満足にセックスもできないけど。この世界に俺とだけがいて、俺たち二人だけですべてが完結しているような、そんな錯覚を覚える、こういう時間も好きだった。
 手を差し出すと、気がついたが俺の手を握る。ゆっくりと解いて、指を絡めて、お互いを確かめるようにしっかりと握り直す。
 そんなまんざらでもない日々を過ごしているうちに、世間は梅雨に入った。
 雨傘は俺たちを程よく人から覆い隠し、降り続ける雨はセックスの音を紛らわせてくれる。だから好きだ。
 ザアザアと音を立てて降り出した雨で煙る景色が、この世界でを見つけたあの日を思い出させる。
 今日の昼は、今はセールで値段が下がっているらしいマクドナルドでハンバーガーのセットを頼んだ。
 不健康な味の塩辛いポテトをつまむ俺の横で、がそれとなく財布の中身を確認している。
 初日に俺の貯金を全額引き出して、それを大事に使ってはきたけど、そろそろ心許ないんだろう。財布を確認する回数の増えたを見ててそんなことを思う。
 轟の家を出て一ヶ月がたった。
 親父の頭は冷えたろうか。俺が本気だってことは伝わったろうか。
 さすがににひもじい思いはさせたくないから、有り金が尽きる前に家に帰ろうとは思ってるけど。親父の考え方がクソなままなら、帰っても意味がないしな。
 そんなことを考えながらハンバーガーをかじっていると、ビルに埋め込まれているテレビで『緊急速報』としてクソ親父の面が流れた。

『焦凍ォ! 帰って来い! 俺が悪かった!!』

 全然謝ってる声じゃなかったが、カメラに向かってそう怒鳴りつけて、緊急速報という名の短い映像は途切れた。
 ちら、とを見上げると目が合った。「どうする?」「…………」黙々とハンバーガーをかじり、そういえばあの人はこういう味が好きだったな、なんてことを思う。
 周囲にいる他の客はざわざわと騒がしい。「え、何今の。エンデヴァーだよね?」「ショウトって誰かな……っていうか、今の私用? 私用でテレビ使ったのあの人」……本当にな。家族としてこっちが恥ずかしいよ。他に方法あったろ。つーか、謝るのか怒鳴るのかどっちかにしろ、わかりにくい。
 親父のことを姉さんや兄さんが説得してくれたのかもしれない、って捉え方もできるし。補導できない俺に業を煮やした親父が家に戻った途端に俺たちを隔離、だけを追い出すってパターンも想定できる。
 考え込む俺に、隣でジュースをすすったが空になったカップを置いた。

「これは、俺の見方なんだけど」
「ん」
「あの人、焦凍が家出したって届け出てないと思う。なんでかって、そういう外聞気にしそうだから」
「まぁ。そうかも」
「だから、今テレビでああいうふうに出ることにしたのは、あの人の中でもかなり葛藤があったと思う。そのくらいには、お前のこと、考えてるんじゃないかな」
「そりゃ、『最高傑作』だからな」

 家を出ていく前に言われた言葉をぼやいて唇の端で笑う。
 そういう俺の肩を抱き寄せるにくっついて、くっついたまま、ハンバーガーのソースがついた指を舐めた。
 は『帰ってもいいんじゃないか』と言ってる。俺たちの懐事情とか、色々含めて、帰った方がいいんじゃないか、って言ってる。
 俺は。別に。どっちでもいいけど。いい加減、の作る飯を食いたいし、畳に敷いた布団で眠りたいし、気が済むまでセックスがしたい。
 全部が叶うのは、あの家だけだ。

「…………かえる」

 小さくぼやいた俺に、ぽん、と背中を叩いた手が空になったカップやゴミの載ったトレイを回収して捨てに行ってくれる。
 に手を引かれ、一ヶ月ぶりに仕方なく帰った轟の家は、何も変わっていない。家事代行の人が出入りしてて、俺たちが帰って来たことにも無関心。「おかえりなさいませ」と頭を下げるだけで、余分なことは何もしてこない。
 今日は平日だから、冬姉も夏兄もいない。親父はもちろんいない。仕事だろう。
 誰かが待ち伏せていて俺たちを引き離すなんてこともなく、拍子抜けするくらい、家はいつも通りだった。

「お風呂に入ろっか」

 腰を撫でる手に浅く頷いて、もう髪を染めてる必要もなくなったから染料を落として、ついでに風呂でシた。
 外は、いつ誰が来るのかわからないし、に集中できなかった。やっと、ちゃんと、を感じられる。腹の奥の熱とか、形とか、わかる。
 お湯がパシャパシャと揺れる音を聞きながら、浴槽の淵に手を突いて突き出した尻を犯される。後ろから一回。次は前から、浴室の壁に背中を預けながらスる。「ああァ、ぁ…ッ」ぎゅう、とにしがみついて中でイって、お湯以外の液体がぽたぽたと落ちる音を聞く。
 視界にかかったアッシュブルーの濡れた髪をかき上げる仕種をぼんやり見上げて、なんでこう、股間にクるんだろ、なんて考える。俺だけかな。
 のぼせる前に風呂から上がって、Tシャツと短パン姿でのろのろ自室に行くと、あの日のままだった。掃除だけがされてて、何にも手をつけられてない。

「昼寝しよっか。疲れたろ」

 畳に布団を敷くの姿に、さっきシてある程度満足してたはずの体がまた熱を持つ。

(もっとシたい。もっとたくさんシたい。気持ちいとこトントンしてほしい。俺が潮吹いてもやめないで奥突いてほしい)

 障害だった死柄木弔はもういないんだ。お前を脅かす奴はもういない。
 なら、好きにしても、いいだろ。もう気を抜いてもいいだろ。



 短パンもパンツも脱いで敷かれた布団に転がると、熱っぽく緩んだ瞳が俺のことを愛でる。「さっきシただろ」「もっと、する」ついさっきまでが入ってた場所を指で広げる。まだやわらかいから入ると思う。
 足を抱えた俺に、は欲しいものをくれなかった。
 俺の中に入ってきたのは二本の指で、こりこりと気持ちいい場所を擦ってくる。「ち、が…っ。指、や」「なんで。気持ちいだろ」ちゅ、と額にキスされる。そこも欲しいところじゃない。意地悪。だ。
 中を攻める指が三本になって、でも、欲しい物量と熱には届かない。
 気持ちいけど。でも、欲しいものじゃない。

「ちんこ、ほし…ッ」

 まだ短い腕を伸ばしての体に縋りつけば、硬くなってるもんをごりっと擦りつけられる。「もっかい挿れたら、俺、止まれそうにないけど。いいの」耳を食む声にこくこくと頷く。
 誰かを気遣う必要なんてない。
 俺たちは、俺たちのことだけ考えて、生きてけばいいんだ。