顔の左側の引きつるような痛みと刺すような熱が引いた頃に、ガキだった自分は死んだ。
 唯一甘えられる、弱音を吐ける、そんな母を取り上げられ、クソ親父に『個性の特訓』という名の暴力を振るわれる日々。
 そんな日が続けばそりゃあガキの心は死ぬし、肉体的にも死んでやろうか、なんて自暴自棄になるのも仕方がない。
 無駄に広いだけで心を満たすものがない空虚な轟家の庭を歩き、ぼんやり死に場所を考える、そんな日も増えた。
(いっそ自分が死ねばあのクソ野郎を見返せるんじゃないか。あの野郎の道に汚点を作ってやれば、足を引っぱれる……)
 覇道がどうだ、個性がどうだ、毎日のようにそればかりを説いてくるクソ野郎の顔を思い出して火傷の痕がヒリつく。
 優しかった母がおかしくなったのはあの野郎のせいで。
 自分の顔に火傷ができたのもあの野郎のせいで。
 見返してやるには。ざまぁみろと嗤ってやるには。もう、死ぬしか。醜い汚点になるしか。
 暗い思考で灯りのない庭を歩いて、気付けば敷地の端まで来ていたらしい。ふと顔を上げると見慣れない蔵がポツンと一つだけ建っていた。「…?」普段こんな端まで来ることはないが、遠目でも蔵を見たら気付くはず。なぜ今までこの蔵のことを知らずにいたんだ?
 興味をそそられて忍び足で近づき、外から施錠されている鉄の扉を見上げる。錠前がかかっていて手は届いても開きそうにはない。ガチャリ、と鉄の重い音が響くだけ。

「だれ、ですか」

 蔵の中から聞こえた声にとっさに距離を取り、相手が子供だったと気付いてもう一度蔵に忍び寄る。
 子供。
 あのクソ野郎には俺以外にも子供はいる。兄や姉。それは知ってる。知ってるが。この声はたぶん、知らない。
 俺が生まれて、俺が自分の理想とする個性持ちだとわかってから、兄や姉は『役立たず』として放任され、普通の生活を送っている。その中にこの声はない、と思う。忘れてるだけかもしれないが…。
 自分は轟焦凍だと名乗ると、静かだった蔵の中で衣擦れの音がした。それから重い鎖を引きずるような音も。ジャラ、という冷たい音が扉の向こうから聞こえる。ぺたぺたとした音は素足で床を踏む音か。

「しょうと。ここにはなにもなかった。あなたはなにもみなかった。いいね」

 名乗りもせずここを立ち去るよう言う声にむっと眉根が寄る。
 扉を叩いて、なぜここにいるのか、お前は誰なのかと問うたが、答えのようなものは返ってこない。ただ、また鎖と布地を引きずる音がして、静かになる。扉の前から離れたんだろう、かろうじて感じていた人の気配がわからなくなる。
 以降、どれだけ扉を叩いても返事はなかったので、朝になる前に自室へと引き上げた。クソ親父に見つかってうるさく言われて殴られるよりはそっちの方がいい。
 畳の上に敷いた布団に潜り込んで、ふと気づく。
 死のう。そう思っていたのに、知っていると思っていた敷地の中に不可思議な蔵があって、中には子供がいて、外から鍵がかかってて、そんなモノを見つけたせいで頭から死が吹き飛んでいた。
 ………死ぬにせよ、生きて見返すにせよ、自分ちの敷地内に知らないもんがあって、そこに子供が閉じ込められているってのは気分が悪いしスッキリしない。

(アレがなんなのか、はっきりさせないとな)