翌日の朝、不自然に思われぬよういつもと同じ時間帯に起き出し、いつものようにクソ親父にしばき倒されながら、あの蔵を探した。
 昼間だ。陽の光がある。まぁまぁ広い轟の敷地内の端にあろうともあの蔵は視認できるはず。
 そう思って時間を見つけてはあちこちを観察したが、庭の隅にポツンとあるはずの蔵を見つけることはできなかった。
 それがまた不可解で自然と眉根が寄る。
 隠された蔵。中に閉じ込められている子供。…いい想像はどうしたってできない。
 夜、クソ眠かったが家の中が静かになるまでなんとか意識を保ち、どうしても眠くなったら右から氷を出して自分を冷やして叱咤しながら、昨日蔵があったはずの場所に向かった。遠目からではやはりそこには何もなく、外とこことを隔てる高い塀があるだけ。
 昨日のことは、もしや死にたがりの俺が見た幻覚のようなものあったのか。そう自分を疑いだしたときだった。

「……あった」

 そうこぼした自分の声は思ったよりも驚いていた。
 ついさっきまで、目の前には何もなかったのに。敷地の端っこ、塀と地面があるだけの代わり映えのしない景色だったのに。今この目には夜闇に沈むくすんだ色の蔵が確かに見えていた。
 何かの個性による力だろうか。そうまでしてこの子供をここに隠し、閉じ込める、その意味は?
 昨日同様そろそろと近づき、子供の俺では開けることが叶わない錠前のついた鉄の扉を見上げる。重くて冷たい色。
 昨日はこの蔵と中にいる子供の存在に気を取られていて気付けなかったが、よく見れば、鉄の扉の一部には高さ十センチ、幅三十センチくらいの小さな差し入れ口がついていた。
 火傷の痕をみてもらうのに病院に行ったとき、見た。扉を開けることができない場合、この小さなところから食事のトレイを押し込んだりする…。
 つまり、本当に、ここにいる子供は轟家の蔵に軟禁されていて。食事も与えられるものを食べるだけで。鍵がかかっているから外に出ることは叶わず。それでも生きている…?
 子供の俺でも背伸びすれば届く口に手をかけ、開けて、中を覗き見る。……暗くて何も見えない。

「また、きたの」
「、」

 思っているよりも近くで声がした。どうやら相手は鉄の扉の向こうに座り込んでいるらしい。見えないはずだ。
 この場所は幻じゃなかった。俺の幻覚じゃなかった。そのことにホッとする。…でもなぜ?

「ここで、なにしてる」
「みてわかるとおり。ここにいる」
「なんで」
「……しって、どうするの」
「きになるだろ。じぶんちのにわに、じぶんとおなじくらいのこどもをとじこめてるくらがあるんだぞ」

 ゴン、と扉を拳で叩く。
 扉を挟んだ向こう側にいるはずの子供は口をつぐんだ。「とどろき、しょうと。あなたのなまえ」「…そうだな」「エンデヴァーの、さいこうけっさく」クソ親父の名前が出たとたん全身がざわついた。力任せに扉を殴りつけたくなった。俺の前であのクソ野郎の話をするな。

「わたしは、しっぱいさく」
「…あ?」
「わたしは、ひとごろし」
「……なにいってる」
「しっぱいさくで、ひとごろし。だからここにいる」

 失敗作。人殺し?
 こんな場所に閉じ込められているんだ。そういうことをしそうなのはあのクソ親父で、クソ親父がそういうことをするってんなら自分の子供関係かと考えてはいた。たとえば愛人とか。俺って子供が自分の理想とする個性持ちだとわかるまで、あの野郎は外道を繰り返したんじゃないか。
 そんな気はしていた、が。人殺しってどういうことだ。
 ぐるぐると思考だけが回って言葉が出てこない俺に、ジャラ、と鉄の音がした。足枷か手枷か。自らを人殺しだと言う蔵の中の子供が動いて、俺が覗いている差し出し口の前に白い手を見せる。人殺しの、手を。
 何も考えていなかったのに反射で距離を取っていた。その間に蔵は視界から溶けて消えていた。
 残ったのは更けた静かな夜だけ。