「あとは、だいたい想像できるでしょ。
 エンデヴァーが仕方なくわたしを引き取って、ここに入れた。暴走するかもしれない個性を封じるために、色々して……焦凍がわたしを見つけてしまったのは、誤算だったと思う」

 ぽつぽつと語るわたしに、焦凍は静かだった。時々相槌を打つ声がするくらいで、鉄扉の向こうにいるだろう彼の感情の機微もわからない。
 でも、確かに手が緩んでいた。わたしをあたためていた彼の指が解けていた。それが答えだ。
 最後にその手をぎゅっと握って、離す。
 大丈夫。これでいい。焦凍はわたしとは違う。そりゃあ、父親は同じで、だからこそ恵まれている人生は送れてないと思う。色々、こじれてると思う。
 それでも、あなたの道には自由がある。光がある。わたしとは違うんだから。

「だから、焦凍は、いって」

 光の方へ。続く道の先へ。あなたが目指す、あなたのなりたい自分へ。
 これから輝くその道に、わたしのような出来損ないはいらない。
 せいいっぱい強がって突き放したわたしに、彼の手がするりと外に逃げていった。
 じわ、と視界が滲むのを堪える。
 泣いちゃダメだ。泣いたら焦凍が行ってくれない。焦凍のためだ。それがわたしのためでもあるんだから。泣くな。泣くな。
 泣くな。
 じわじわと滲んでいく視界に、震えそうになる身体を両腕でぎゅっと抱き締める。
 泣くな、わたし。

「そこ、退いてろ」

 焦凍のぼそっと落とした声に肩が震える。そこ。そこって、この場所のこと?
 一体どういう意味なのかと考えているわたしの後ろで、ピキピキピキと冷たい音がした。まるで冬の氷が割れるみたいな音だ。「…?」決して開くことのない鉄扉に、ガンッ、と何かが叩きつけられて、驚いて肩が跳ねた。涙も跳ねて落ちた。
 目を瞬かせるわたしの前で、ガン、ガン、と鉄扉が殴られ歪んでいく。「やっぱりな。万一お前が暴走したときのために、耐熱仕様に特化してる。氷にも衝撃にも強くはない」バキ、と音を立てて扉の一部がへこんで落ちた。そこから外が見えた。夜の外。この暗闇よりは明るい、外の世界。
 氷と、炎。どちらも使える焦凍は氷の拳で鉄扉を破壊した。
 鍵なんて無意味だとばかりに力任せにぶち壊した彼の背後には大きな月。



 暗闇で目を瞬かせるわたしに差し出される手のひら。
 彼の左目の周辺には火傷の痕があって、ああ、あれが話していた痕なんだな、なんてふと思う。
 彼はそれが醜いと言っていたけど。その痕があってもなお、整った顔をしている。…まるでエンデヴァーに似ていないんだなぁ。お母さん似なのかもしれない。
 動けないわたしに、彼は気付いた顔でわたしの足にある鎖を氷の刃で断ち切った。
 それでもわたしは動けなかった。動いちゃいけない気がした。
 動いてしまったら、彼に触れてしまったら最後、甘えてしまう。
 彼はもうここまでしてしまったけれど、わたしが外に出なければまだ可能性はある。怒られるだろうけど、それだけですむかもしれない。
 彼の汚点になってはいけない。彼の荷物になってはいけない。母のようにしてしまうかもしれない。だから、わたしは、彼の、



 動かないわたしを抱き寄せた温度に、滲んだ視界が崩壊した。
 これまでの孤独が、心の底に積もっていたものが、全部が涙になって溢れていく。
 考えるよりも先に手が動いて、わたしより広くて大きい背中に必死に腕を回していた。
 彼の汚点になってはいけない。彼の荷物になってはいけない。だからここにいた。闇に沈んでいた。澱んだ空気に浸かっていた。
 だけど、本当はずっと、寂しかった。誰かと一緒にいたかった。
 人殺しのわたしなのに、この蔵で首をくくって死にきれなかったのは、あなたがわたしを見つけてしまって、あなたがわたしにほんの少しの希望を見せてしまったから。
 あなたと一緒にいる未来。それが諦めきれなくて。でも苦しくて。
 結局、未練がましく息を続けてしまった。

(いっそあなたの手がわたしを氷漬けにしてくれればいいのに。そうしたらきっと、幸せに、死ねるのに)