もしもハッピーエンドというものがあったとしたら、きっとこれに違いない。

「おーいイオン!」
 ルークがこっちに向かって手を振っている。僕はフローリアンのように元気に子供のように手を振り返すことは性格上できなかったので控えめに手を振った。その視線が僕の後ろに気付いたようで、「シンクにフローリアンじゃないか」とほころぶ顔は嬉しさと喜びで満ちていた。
 僕の横をびゅんと走り抜けてルークに抱きついたのはフローリアンだ。「ルークルーク」と犬が主人を見つけて走り寄ったときのような嬉しそうな顔で彼に擦り寄っている。
 僕の隣に立ったシンクが呆れ顔で息を吐いた。もう仮面をつけていない横顔を風にさらしながら、呆れていながらもどこか羨ましそうに戸惑うルークとじゃれるフローリアンを見ている。
「あいつは子供でいいね」
「歳は僕らと同じですよ?」
「学んでることが違うよ。あいつ、頭空っぽだもん」
 僕は苦笑するしかなかった。それでもシンクが困ったような顔で笑っているルークに羨望の眼差しを向け続けるものだから、この人も大概素直でないとそっと吐息してその手を取った。シンクが訝しげにこっちを見て「何」と言う。僕は大きさの変わらない、それでも僕よりごつごつとした手を握って「ルークのところへ行きましょうよ」と笑った。言葉を詰まらせたシンクがルークの方をちらりと窺う。彼は動かない僕らに手を振って「二人ともこっち来いよ」と笑った。フローリアンが彼の腰に抱きついたまま「来いよー」とルークの真似をしてそう言って笑う。
「ほら、みんな笑ってる」
 あなただけですよ、そんな仏頂面。そう言って眉間に寄っている皺をつつけば、シンクは諦めたような顔をして息を吐いて目を閉じた。「全くあんた達ってお人好しの馬鹿…」そう呟きながらもその口元が僅かに緩んでいるのは僕でも分かった。
「だから僕らみんな生きてるんですよ」
 そう言えば、シンクは薄く笑って「そうだね」と言って目を開けた。歩き始めたその手に引っぱられて僕も一歩踏み出す。
 ルークが笑っている。皆笑っている。幸せなことだ、と思う。
 でも一番臆病なのはこの僕だ、と知っている。分かっている。ルークは最初から最後まで優しかった。
 僕はそんなルークが少しだけ恐ろしかった。最初の彼は自分のことを守ろうと必死だったけれど、髪を切ってからの彼は自分を守ろうとはしなかった。必死に誰かを守ろうとしていた。それが恐ろしかった。僕はルークが一番大事だと思っていたけれど、それでもこの身が滅ぶことはこわかった。預言で詠まれている通りいつか死ぬのだとしても、それは遠い遠い未来であってほしいと望んだ。
 ルーク、あなたは恐ろしくはないのですかと問いかけたことがある。何がだよ、と首を傾けてみせた彼。僕は震える手を隠すためにぎゅっと拳を握り、消えてしまうことがですとこぼした。彼はかちんと表情を固めたあとに、いつものように笑って言ったのだ。別に大丈夫だ、と。
 俺が消えてみんなが幸せになるなら、俺はそれでいい。
 そう言い切った彼は涙をこぼした僕に困ったような笑顔を向けた。何でお前が泣くんだよと言われてすみませんとしか返せなかった。僕はあなたに生きてほしい。涙を流しながらそう言ったら彼の指先が刹那止まって、何事もなかったかのように僕の涙を拭う。
 ありがとう、と。そう言った彼の笑顔の儚さを、今でも憶えている。
「あんたって臆病だね」
 耳を突いたその言葉にぎくりとして顔を上げれば、シンクがじゃれるフローリアンをべりっと引き剥がしたことだった。「離せよシンクっ」と暴れるフローリアンをぽいと放ってこっちを見た鋭い瞳。
 ルークが息を吐いて「サンキュシンク」と笑った。ふいを突かれたような顔をしたシンクが俯き加減に「別に」と答える。
 僕は言葉が出ず、ただごくりと唾を飲み込んだ。ルークが僕を見て「どうしたんだイオン。顔色悪いぞ」と僕に手を伸ばしてくしゃりと髪を撫でる。僕はルークを見上げる。やっぱりいつも笑っているのだ。もうそれ以外の表情を忘れてしまったかのように。
「ルーク、」
「ん?」
 彼が首を傾げる。僕の言葉を待っている。だけど僕自身、何を言いたいのか分からない。
 だから長いこと考えた末にぽっかりと浮かんだ言葉を口にした。「好きです」と。
 ルークが大きく目を開いて、シンクがかちんと動きを止めて、フローリアンがぱちぱちと瞬きした。ああ言ってしまった。そう思いながらも罪悪感はない。ただあるのはとめどない思いだけだ。あなたは死なないでほしい。どうか僕よりは生きて。そんなどうしようもない思い。
 あなたを失った世界で生きていくなど、僕には考えられない。
「イオン…」
 困ったような顔をする彼。僕は視線を下げて俯く。答えを聞くのはこわい。拒絶はこわい。だけど何よりこわいのはこの世界からあなたがいなくなること。

 好きだという言葉が、思いが、あなたを縛りこの世界に引き止めてくれるのなら、僕は、それで構わない。

 シンクがぼすとぶっきらぼうにルークの背中を拳で叩いて、「ボクだって好きだよ」とぶっきらぼうに吐き捨てた。え、と振り返ったルークが目を丸くする。シンクの頬は朱色に染まっていた。そういう感情を明かすのはきっと初めてなのだろう。俯き加減のその顔が照れ一色に染まっている。
 今までの彼の生活を考えれば、好きとか嫌いとか考えられることがあったとは思えない。だから彼にとってルークは大切な人だ。唯一救ってくれた人。救いをくれた人。それ以外のものもたくさんくれた人。僕らはルークが好きなのだ。
 フローリアンがばふとルークに抱きついて「僕もー!」と嬉しそうに笑う。
 ルークが困ったような顔からふうと息を吐いて、「お前らなぁ」と人差し指で頬を掻いた。
「好きだとか、俺男じゃんか」
「…関係ないです。性別なんて」
「惚れさせといてそれってずるくないルーク」
「好きーっ」
 声が四つ響く。ルークは参ったなと笑って、僕はあははと苦笑いして、シンクは仏頂面で俯き加減だけれどそれは照れ隠しなわけで、フローリアンはにこにこ笑顔で、なんていうかまさに幸せって、そういう感じで。
「そりゃ、俺だってお前らのこと好きだけどさ」
 ぽりぽりと頬を掻いてルークがぽつりとこぼした。それから照れたように困ったように笑う。
「なんか夢みたいだなぁこういうの」
(それは今僕も思いました。本当に、夢のようだ)
 くすりと笑って彼の手を取り、「現実ですよルーク」と彼の手の甲を額に押し当てる。現実です、と目を閉じて呟く。彼の体温を感じる。それだけで幸せだと思う。
「あなたが僕らをハッピーエンドに導いてくれたんです」
 目を開けて顔を上げる。彼は困ったように笑っていた。シンクがルークを小突いて「だから責任取ってよねちゃんと」口元だけで笑ってみせる。フローリアンがぴょんと飛び跳ねて「ハッピーハッピー!」と楽しそうにくるくる回った。
(他の誰がなんと言おうとも、僕らは救われた。それはルークのおかげだ)
 導師イオンとしてではなく、自分という存在として。僕は微笑みを浮かべてルークの手の甲に口付けた。ぎょっとしたようにルークが驚き、でもやっぱり最後には笑う。参ったなぁと笑う。
「じゃあ最後までハッピーでいないとな」
「そうですよ」
 僕は笑った。でも本当はまだ少しこわかった。こんなにも幸せいいんだろうかと思った。だからこわかった。いつか誰かが僕らからルークを奪っていくのではないかと。ルークが奪われた世界に僕は未練はない。だからきっと喜んで後を追う。シンクもきっとそうだ。フローリアンはどうか分からないけれど。
 だから祈る。はにかむような笑顔で僕の頭を撫で、シンクの頭を撫でて、抱きついてくるフローリアンを抱き止める彼の無事を。

(誰でもいいからどうか僕の願いを聞き届けてはくれませんか僕は彼が消えてしまうことがこの上なくこわいそう自分が消えてなくなることよりもずっとずっと恐ろしいだって彼のいなくなった世界で息をするのなんてそんな拷問、)

耐えられないから




あとがき

リク受けてから随分と遅くなりましたが、壁紙を悩んだ挙句こんなものに仕上がりました
遅くなって申し訳ないです瑞樹さん!ようやく完成であります
一応イオシンルクっていうかそこら辺を目指してみたつもりですがうーん。うーん…(悩
か、勘弁してください(脱兎

瑞樹さんはどうぞお持ち帰りしてください!2万ヒット踏んでくださってありがとうございましたー