十刃というのは、私達破面の中でも特に秀でて強い人達のことをいう。
 強さというのは破面にとってとても重要だ。私達の間にあるのは強いかそうでないかという実力だけ。私達は常に弱肉強食の連鎖の中にいる。それはとても分かりやすくてそして簡単で、本能を隠す必要なく、私達はただ全てを曝け出せばそれでよかった。
 人の姿になれるようになって、それでも私達は虚のままだった。虚だったのだからそれが破面という形を得たとしてもやっぱり本質は何も変わらないのだろうなと私は思っていた。だからきっとずっと私はこんなふうで、そうしてそのうちどこかで死んでいくのだろうとも思った。
 強い人に殺されるのなら、戦って勝てない相手に負けたのなら。それで死んでいくのなら、それはそれで素敵じゃないか。弱ければいずれ死んでしまうのがこの世界なのだから。だから強い人に殺されたのなら、それならきっと私は納得して大人しく死んでいける。

「なーんてこと思ってたのよ…ってねぇ聞いてる? ウルキオラー」
「聞いている。耳元で喚くな騒がしい」
「ぶー」

 かつんこつんとブーツの音が響く白い回廊。その中を行く私とウルキオラ。彼の階級は四番目。私は彼の従属官。
 いつも無関心な顔そのものの彼が喚くなうるさい迷惑だって感じで眉を顰めていた。だから私はそれに小さく笑って口を閉じる。それでそのまま何も言わずにかつんこつんとブーツを響かせて歩く彼の隣を黙って歩いていたら、きっちり三分経ってから言われた。「何故黙っている」と。だから私はにっこり笑って言う。「ウルキオラが黙れって顔してたからだよ」と。そうするとウルキオラはすぐにこう言う。「誰も黙れとは言っていない」と。
 だから私はまた笑みをこぼす。そうするとウルキオラがまた顔を顰める。「何を笑っている」と。私はくるくる回って白いロングスカートをふわふわさせながら「べつに〜」と返す。
 この白い宮殿にいるようになって憶えたことがいくつもある。それこそ今では数え切れないくらいたくさんのことを学んだように思う。学ぶなんて言葉従属官になるまで縁がないものだったけど、従属官になってからは仕えている人のために学ぶことが当たり前になった。強さだけじゃなくて、もっとほかのことを色々知るようになった。
 たとえば、仕えている十刃の人とは違う十刃の人とお話をする。仕事上の連絡なんかが主だったけれど、それでもお話して少しでもその人の空気に触れることができる。それは私にとっては新鮮な感覚だ。戦うでもなく逃げるでもなく、会って話をする。義務的な会話でも話をする。それはこの白い宮殿にいるからこそできることだ。

「ねぇ、私また現世に行きたい」
「…何故」
「最近音楽がいいなーって思い始めたの。ファッションも興味あるんだけど、音も面白いわ。色々あって」
「そうか」
「うん。そう」

 がしゃんと白い扉が上下に開く。広いばっかりの部屋に入ってぼすとソファに座り込んだ。それから適当なテーブルを引き寄せてその上に浮かべたままだった書類の束をばさりと落とす。同じように隅っこの机の上のペン立てに入ってるペンを数本引き寄せた。ソファに座り直して飛んできたペンをキャッチ、数本横に転がして一本を手にして書類の処理にかかる。
 私が得意とするこの能力は破面の中でも稀有なものらしく、あのウルキオラでも関心を見せた。だからこそ私は彼の従属官としてここにいるわけだけど。
 私のこの判断しづらい能力を彼がどう思っているのか。私はよく分からないけれど、まぁ便利だからそれでよし。
 従属官だから、当然仕えているその人の仕事を手伝う。というか私の場合あまり戦闘は得意でないし、やることはもっぱら事務処理だ。こういう書類とか伝言役、事務から雑務まで何でも。特にウルキオラは従属官を増やそうとしないから私一人にこれが回ってくる。たまに響転であっちへこっちへ行くことはあるけど、それも今では慣れたものだ。
 一枚目の書類終了。インクが乾くようにそれを空中に浮かばせて次の一枚に取りかかる。それからちらりとウルキオラの方を窺ってみたら、私がこの間一人で現世に行って買いたい放題で買ってきた物を眺めていた。服とか鞄とかその他もろもろ。
 見てて面白いのかなと思いつつ書類に視線を落とす。内容を一読してからこう記す。特に筆記すべきことなし。


「はい?」
「これは何だ」
「お人形兼クッション。かわいいでしょ?」
「…これには意味が在るのか?」
「意味はないかもしれないけど…」

 茶色いチョコケーキの形をしてて、なおかつ抱き締めれるくらいの大きさがあるクッション。それを睨んでいる彼。顔が無表情だけに真剣に悩んでるように見えて、人形相手にそれはどうなんだろうとか私は一人笑えてくるのであって。そうするとウルキオラの緑の瞳がこっちを見て「何を笑っている」と言うから。だから私はこほんと咳をして笑いを引っ込める。もしここで相手がグリムジョーとかだったら私は殺されてるかも。ウルキオラはどうしてとか理由を訊いて思考判断してくれるから大丈夫だけど、グリムジョーとかはどちらかというと感情で、本能で動く人だと聞いている。そしたら私は強い人に殺されるただの弱い破面で、それで終わってよかったはずなのに、最近未練ができたのだ。現世のものもそうだけど、それよりも。
 ウルキオラの手からふわと人形を浮かばせて取り上げる。こっちに引き寄せてソファの隣にぽんと落とし、それからペンを離して人形を抱き締めた。チョコケーキの三角形に目の点が二つ、笑みの形の口が一つ。やっぱりかわいい。
 ぎゅーと抱き締めて「ね、かわいいでしょ?」と問いかければ、ウルキオラは「知らん」とかさっぱり言ってくれた。肩を竦めて人形をクッション代わりにソファと背中の間に挟んで、それからまたペンを取ってかりかりと書類に取りかかる。そうすると興味が尽きたのかはたまた納得したのか、彼の視線は私から逸れて、でもやっぱり私のものに行くんだな、彼の目は。
 現世のものがそんなに珍しいんだろうか。それなら現世に行って直接確かめればいいのに。でも彼の霊圧はすごいから、現世に降りたらそんなことじゃすまないかも。消すのにだって限界があるし。
 私はどうせ下っ端だーなんて思いながら書類二枚目終了。ざっと見て今日の会議から持ち帰った書類は二十枚くらい。多分一時間もあればこれも終わってしまう。それでそれぞれの場所へ提出したら、またすることがなくなる。白い宮殿にきて得た平穏な時間は退屈という言葉に変わった。いつからだろう。退屈なんて、贅沢な言葉を思うようになったのは。
(もしもここがあの荒野だったら? 私は意識を張り巡らせて、いつどこから誰が襲ってくるか分からないことに恐怖しながら息をしてるだろうに)
 考えても仕方のないことだけど。だって私はあの場所を脱したのだから。今いるのはここなのだから。この場所なのだから。
 ふいにぱさと頭に何かふってきて顔を上げる。見ればいつかに買った白いキャスケットの帽子が頭にある。当然それを私の頭に落とした人がいるわけで、それでその人が誰かなんていうのは、確かめるまでもない。

「ウルキオラ?」
「無駄な物を持ち帰ってくるな、お前は」
「えー。かわいいでしょう? これはこうやって頭にするの、帽子。ちょっと仮面の邪魔になるんだけど」

 頭の右側にくっついてるびみょーな形の仮面の名残。邪魔だなぁと思いつつぼすとキャスケットを被る。まぁどうにかごまかせる。仮面が顔にあったらやっぱりちょっと残念だし、私としては。
 じっと注がれている上からの視線。もしかして帽子似合ってない? 白い色ならこっちで被っててもかわいいと思って選んだんだけど、似合ってない、かな。
 鏡がほしい。そう思って隅っこのテーブルに置いてある手鏡を引き寄せた。試しに鏡で見てみれば私の後ろには当然というかウルキオラが立っている。帽子に手をやって、ちょっと跳ねてる髪に手をやって「変?」と訊いてみた。彼が眉を顰めて「どういう意味だ?」と言うから「だから、これ、似合ってるか似合ってないかって意味」と返す。そうしたら彼ときたら口を閉ざして沈黙した。ま、まさかほんとに似合ってないんだろうかと一生懸命鏡を睨む私。さすがに似合わない帽子を被って歩く気には。

「…似合う似合わないだったな」
「え?」
「それで分類するなら、似合っている」

 鏡に映る彼から目を逸らして振り返る。相変わらずの無表情で相変わらずの、よく分からない人だけど。それでも最近思うに、私の未練は、ここに来てから。彼のもとに来てから増えるようになった気がする。
 こんなどうしようもない会話もやり取りも、また視線を私のものに戻す彼も。どちらかがいなくては成り立たない今の時間も。もう一回鏡を見て、似合ってると言われた帽子を所在なくいじって照れてるのを隠してる自分も、彼がいなくては成り立たないこと。

君への気持ちを隠したまま
死ねるわけないでしょう?
(ね、ウルキオラ)
あとがき

シラトリさんとの総悟相互記念のウルキー夢でございます!(笑
やっぱりウルキーって難しいですな。漫画横に置きながら書いてみたものの…さすがウルキーだぜ、手強い←
こんなものでもよろしければどうぞお納めくだせーシラトリさん。そしてこれからもよろしくですよー

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