右手をぐーにして左の掌を押し当てれば景気よくばきっと指が鳴る。少し腰を落として視線だけで辺りの状況をもう一度頭に叩き入れ、その時間がそうだと分からないように私は気軽な言葉を発する。
「あーあー、どうするのこれ。っていうかなんで私まで巻き込まれてるわけ? ユーリ」
 話を振った相手は私の後ろにいて背中合わせの状態。同じく腰を落としてこちらは竹刀を構えている。矛先は下がっているしいかにも無造作、やる気のないって感じで「知らねー。つーかお前竹刀は? ねぇなら俺の貸すけど」「お生憎、私コンビニでお菓子買った帰りだったから竹刀はありません。ユーリが使えば、それユーリのだし」「でもなぁ、お前の拳じゃ不安だなぁ」「そう思うなら喧嘩に巻き込まないでください」ぽいっと放られた竹刀をぱしとキャッチ。ぶんと一つ振って感触を確かめてから相手方に睨む視線を向ける。ここまでの会話で横槍入れてこないとは、お馬鹿なのか余裕こいてるのか。まぁどっちでもいいけど。
 左手をぐーにして右の掌を押し当て、ばきばきと指を鳴らしたユーリがへっと笑って高校生だろう相手を挑発。「どうしたかかってこいよ」と。リーダーっぽい太っちょの丸刈りが「後悔しやがれ!」とぐーを握って駆け出したのを合図にその喧嘩は開始された。
 悠長な始まりの喧嘩だっただけに、悠長な流れの喧嘩であった。全員でタコ殴りにするでもなくでたらめな行動で気ままに殴る蹴る突進を繰り返し、統一性もない。剣道というもので一瞬一瞬の集中した戦いを日常としている私の目にはただただ悠長な、気合いも腰も足りないと思うような流れの争いだった。
 まぁユーリが竹刀を貸してくれたことが大きい。慣れている道具があると自信もつくし、やってやるって気になる。女の拳は男のそれと比べたらやっぱり力や勢いで劣るものだ。それを竹刀でカバーする。
 ちらりとユーリを見る。私を巻き込んでの喧嘩だろうがそうでなかろうが、彼は楽しそうだった。「おらどうしたよ、最初の威勢いいのはどこいった!」「やりやがったなてめぇっ、死ね!」「そっちがな!」ばきっと景気よい音と一緒に相手を殴り倒すユーリ。体重のかけかたから持ってく方向まで、まぁさすがだと褒めておこう。
 容赦なく顔を狙ってくる拳を上体を反らせて避けて相手の足に足を引っかけて思い切り身体を捻って転ばせた。どしゃっと倒れる音。「てぇっ」と声。当たり前じゃんと思いながら倒れた相手の背中にどんと容赦なく膝をついて体重をかけ、さっきまで私のいた場所をすかっと殴った別の相手が舌打ちした音。
 慣れている。剣道だって要は喧嘩だ。気迫と気合い、そして度胸。根性。自分を貫く心構え。相手に呑まれてしまえば負ける。
 男女別の試合形式で、私はユーリと本気でやったことがない。でも多分、本気でやったらユーリが勝つだろう。それはぼんやり思っている。
 私は、ユーリの真似事をしてるだけなのだろうと。ぼんやりそんなことを思っている。
「いてっ、痛いって! もうちょい優しくっ」
「じゃあもう喧嘩巻き込まないでね。約束できる?」
「それは…ちょい自信ないかも」
「はいダメー」
「いてっ、いへぇ! くそ沁みるっ」
 喧嘩の結果、ユーリは頬に一発と胸に一発攻撃を食らってしまった。私は竹刀のおかげもあって無傷である。
 仕方がないから彼の手当てをする私。切れてる唇にわざと強くアロエをすり込んでやった。涙目で保冷材を頬に当ててるユーリが「いへぇ、いへぇ」と言うのが面白い。
 念のためシャツをめくって拳を食らったという胸を見てみた。特に色が変わってるわけでもないし、相手は喧嘩に慣れてないようだったし、本気じゃなかったんだろう。またはユーリの受け方が上手いってことだ。「胸はどこだって?」「ここ」とんと右胸を叩く彼。「一応湿布貼って」と言うから「はいはい」と返して薬箱をあさる。湿布、臭い控えめの湿布はどれだったかな。確かあったはずだけど。
 がさごそ薬箱をあさっている間、頬に保冷材を当てているユーリは無遠慮に私の部屋を眺めているようだった。見られて困るものが出ているわけじゃないけど、もうちょっと遠慮しようよ。
「何? 人の部屋じろじろ見て」
「いや、すっきりしてんなーと思って」
「ユーリの部屋は汚部屋だもんねぇ」
「うっせ。片付けとか苦手なんだよ俺は」
「はいはい」
 残り少ない臭い控えめの湿布を発見、べりべり透明フィルムを剥がしてユーリの右胸に照準。「ちょっとシャツ持ってて」「ん」ぺた、と肌に湿布を押しつけて皺にならないよう上手に貼った。
 それにしても、無駄のない身体だ。贅肉つけろよこの野郎、思いっきり笑ってやるからさ。
 ぱさとシャツを落とした彼が頬を押さえて大袈裟に「おーいて」とかぼやくからふんと息を吐いて立ち上がる。売られた喧嘩を買ったのか喧嘩を売ったのかは知らないけど、自業自得だ。
 薬箱を片付けてる間、彼はまた私の部屋に視線を移していた。それにふうと吐息する。
 すっきりしてるって、つまり、女の子らしくない部屋だってこと、だろうか。
 ユーリの真似をしようと明確に思ったわけじゃない。ただ、ユーリのそばにいるにはユーリと同じことができないといけないと思ったのが始まりだった。
 竹刀を手に取ったきっかけはユーリが習い始めたからだし、喧嘩が上手くなったのもユーリが喧嘩っ早い性格だったからだし、髪を長くしようと決めたのもユーリの長い髪がきれいだと思ったからだし、女の子女の子してたらユーリに相手にされないと思ったのも、ユーリが告白してきた子をあっさりフったからだ。イマドキの細くて髪をくるくるに巻いている女の子らしい女の子を。
 ユーリは困った顔でその子にこう言った。悪い、俺そういうの無理だと思うと。きっと幻滅するから俺なんかはやめといた方がいい。そう言った。女の子は納得した顔はしていなかったけど、ユーリの言葉はそれだけだった。
 すぐ戻るから待っててくれと言われて竹刀と鞄を預けられて、立ち尽くしていた私の耳にも聞こえた言葉。
 ユーリは両手を合わせて頭を下げた。だからごめん。そう断って私のもとに戻ってきて、竹刀と鞄を担いで帰ろうぜと私に笑う。あっさりしたいつもの顔で。
 私の方が逆に女の子を窺って振り返ってしまいそうになった。
 ユーリはあっさりしすぎていた。だから代わりに気にかけてしまいそうになって、やめた。
 私はユーリと付き合ってるわけじゃない。ユーリは私をそういう相手だとは思っていない。私もユーリを、そういう相手だとは思ってない。はずだ。
 いつもの顔で今度デザート食べに行こうぜ、新しい店見つけたんだよ。これがけっこー評判でさと笑って話をする彼に一人で行けばいいじゃないとつっけんどんに返せば、眉根を寄せた彼があのなぁ、男が一人でデザート頼めるかよ。な、俺のためだと思ってさ! とウインクされると、私は溜息しかつけない。そして結局はいはいと投げやりな答えを返し、彼がよっしと拳を握って笑うのだ。
 私はユーリと付き合ってるわけじゃない。ただいつも一緒にいるだけで、一緒にいたいと思うだけで、それだけなのだ。
 恋ってなんだろう。愛ってなんだろう。気付いたときからユーリばかりを見てユーリのしていることをしようと思った幼い私は、ユーリに何を抱いていたんだろうか。

「…ん、」
 ぱちと目を開けると木目の机が見えた。頬をこすりつつ顔を上げると、私の席の前にフレンが立っているのが見える。呆れたように息を吐いて「風邪を引くよ。それから次、教室移動だ」「ああ…そうだった」昼休みに入って、お弁当を食べたら眠気が襲ってきたから気の向くままに寝ていた。ユーリみたいだと思って唇の端で笑う。ほんと、ユーリばっかり頭の中にいるな、私。
 教科書やらノートやらを取り出している間、フレンは私を観察するようにじっとこっちを見ていた。そういう無遠慮なところはユーリと似てる。私とユーリとフレンは所謂幼馴染、似ているところが一つ二つ三つあっても驚かないけど。
「何?」
「また喧嘩をしたって聞いたけど」
「…その情報どこから行くんだか」
「顔を見れば分かる。ユーリの頬に殴られた痕があったから」
「あーなるほどね。っていうか、正しくはユーリが私を巻き込んだので、私は被害者です」
「そうか。…ならユーリを置いて逃げていいのに」
「…それは、考えなかったなぁ」
 がたんと席を立つ。教室を施錠したフレンと一緒に廊下を歩きながら「ねぇ、なんか怒ってるの?」と彼の横顔を見上げた。すらりとしていて端整な顔をしているフレンは前を見ているだけでこっちを見ない。やがて「別に」とぼそりと一言こぼした。ああ怒ってるんだな、きっと女の子は拳の喧嘩なんてするんじゃないとか思ってるんだろうな、分かりやすいなと思いながらフレンから視線を外したところ、ぱちっと視線の合った女子を見つめ返す。明らかに睨まれていた。メイクばっちり、メヂカラで嫌でも気付いてしまう。
 フレンはちょっとお堅いけど真面目でいい人に映ってるだろうし、ユーリも破天荒だけどきっと彼氏にしたら面白いとか、守ってくれそうとか、そう考える女の子はきっと多いんだろう。近くにいれたらと考える子は多いんだろう。そういう子にとって私は敵だ。のうのうと二人の間に居座っている敵。でも目に分かるいじめがないのは私が剣道をやっていて強いというのが知れているからであり、フレンはそういうことに敏感な次期生徒会長候補で、ユーリは曲がったことが大嫌いだから。
 私はフレンのようになんでも生真面目に取り組むことはできない。かといってユーリのように大雑把すぎるつもりもない。いわば、二人の中間。
 移動教室なのに誰も声をかけてくれないのはいつものことだし、同じクラスのフレンがカバーしてくれるのもいつものことだし、合同体育になれば隣のクラスのユーリとも一緒になる。私は決して一人ではない。
(だから私は、このままで、きっといい)
 授業が終わって部活の時間になる。
 今日もフレンとユーリの対決は熱いようだ。ばしばし打ち合う二人を尻目に私は後輩に形を教えていた。それなりに大きな声で指導しているにも関わらず右から左へ耳を突き抜けていく二人の声がかなりうるさい。
「だから、喧嘩するなら一人でしたらいいと言ってるんだ! 女子を喧嘩に巻き込むなんて男のすることじゃないぞ!」
「うるせーなぁ、いいだろは強いんだから! 竹刀持たせればそこいらの男になんて絶対負けねぇよ!」
「負けるとか勝つとか強いとか弱いとか、君はそればかりだなっ! 少しは紳士的になったらどうだっ」
「う・る・せ・ぇ! 紳士なんて俺とは無縁の言葉だよ! つーか大声出させんな、傷に響く!」
 ばしばしばしばし、竹刀が高速で打ち合う音が体育館に響く。張り上げている声も当然響く。ついでに私の名前も当然響く。仰け反っていた頭をかくりと落としてはぁと溜息。傷に響くとか言ってるわりに元気いっぱいに言い返してるじゃん、ユーリ。
 うん、いつもの光景だ。いつもすぎてもう一つ溜息が漏れた。
 後輩の子がおずおずと「あのー先輩」と声をかけてくるから「何かな後輩」と返して竹刀を指す。「これ関係以外の質問は禁止です」そう言ったら口ごもってしまった。他の後輩の視線を見るに、問いたいのは私とユーリとフレンの関係性とか、そんなところか。
 剣道というよりただの竹刀のぶつけ合いになってる二人をくるりと振り返り、すうと息を吸って手でメガホンを作って「静かにしろ二人とも! うっさいっ!!」と声を張り上げたところばしんという音を最後に打ち合いが止まった。防具をつけた顔を突きつけあっていた二人がお互いそっぽを向いて別方向に歩き出す。
 はぁともう一つ溜息。それから後輩に向き直ってこほんと一つ咳払いをして、「ああいうのはただの喧嘩なので、見本にしないように」と言っておいた。後輩にとっていくら強い先輩とはいえ、あんなのは見習ってほしくない。
 防具を脱ぎ捨てたユーリと違ってフレンは私と一緒に指導側に立ってくれたけど、さっきがさっきだけにちょっとピリピリしている。いつもより厳しく細かい指導を眺めつつ、私は剣道経験のある子と竹刀を交え、その日の部活動は終了していった。
「え、フレンまだ残るの? もう七時だよ」
「先生に呼ばれてるんだ。多分、生徒会のことだと思う」
「ああー…大変だねぇ」
 控え室を出たところでばったり会ったフレンは、きっちり制服を着てシャツもちゃんとズボンの中に入れて、少しだけ疲れた顔で私に笑ってみせた。「じゃあまた」「あ、うん。フレン帰ったらちゃんと休むんだよー」「君もね。帰り道、暗いだろうから気をつけて」「はいはーい」職員室や限られた教室にだけ明かりが残っている校舎に消える背中にひらひらと手を振って一息。フレンは頑張るなぁとしみじみ思ってからロッカーのある控え室を離れて、そのまま校門へ。確かに暗くなってきてるなと空を見上げて思いつつ、閉じられている門の端っこの扉に手をかけてがちゃんと開ける。さて、今日も学業終了。
「おせー」
「、ユーリ」
 驚いて足を止めると、時間が合わなかったりした場合先に帰ってることが常のユーリが私を待っていた。かなり珍しいことに目を白黒させていると、頭の後ろで手を組んだ彼が「帰ろーぜ。俺腹減った」と言うから門扉から手を離した。お腹減ったには同意。
 歩幅の違いイコール身長の違い、ひいては足の長さの違い。そんなことを思いつつ歩く私と、頭の後ろで手を組んで空を見たまま歩くユーリ。転ぶよそれ。器用だと思うけど。彼の横顔というか喧嘩で殴られただろう頬に視線を向けて「そういえば、傷は? 痛む?」と訊いてみる。ひらりと一つ手を振ったユーリが「まぁな。三日もすれば治るだろうさ」そう返されてまぁそうかと思った。女子より男子の方が体力なんかが勝ってるんだし、ユーリは喧嘩ぐらいじゃへこたれないし、早く治ったらそれでいいや。
「…悪かった。な」
「は? 何が」
「喧嘩。巻き込んだの」
「はぁ? なんで謝るの。私を巻き込むために喧嘩してるわけじゃないでしょ? ユーリ、自分を曲げたくないから喧嘩売ったり売られた喧嘩買ったりしてるんでしょ?」
「そりゃまぁな。俺は自分が悪くねぇと思ったら貫くし」
「でしょ。なら謝ることないじゃない」
「いや、だから…うーん」
 腕を組んだ彼が唸って足を止める。いつも勝気な態度を崩さない彼が頭を垂れて、うなだれたように「フレンに言われて気付いたっつーか…ちっとばかし自分勝手が過ぎたかなぁとか」「…それ、今更だし」吐息してそうこぼせば「うるせぇ」と弱い声で反論された。いつもの勢いがないからちっとも張り合いがない。
 一つ、二つ、三つと自分の中で数えてみる。ユーリは顔を上げない。自分の中できっと何かと格闘している。プライドかもしれないし意地かもしれないしもっと別の何かかもしれない。
 でも私は、嫌なことに付き合ってきたつもりはない。ユーリの真似事をしているのは私だ。私の方なのだ。彼の近くにいたくて彼を真似ている私は、彼と同じことができる自分に喜びを感じているのだ。ただの女だと一線を引かれないところも、気兼ねなく声をかけてくれることも、それがときに無遠慮であると思っても、私は。
 そっと手を伸ばして、うなだれているユーリの黒い髪を撫でた。ツヤツヤだ、相変わらず。どうせ手入れなんてしないで、お風呂とかシャワーのあと濡れっ放しのくせに。
「私、自分が嫌だと思ったことまでしてるつもり、全然ないよ。ユーリが喧嘩持ってくるのは、ときどきめんどくさいなと思ったりはするけどさ。私のこと、頼ってくれてるんでしょ」
「……まぁ」
「うん。私もユーリを頼ってるよ」
「…そういう感じ、あんましねぇけど」
「そう? そうかな。でも私は、」
 ユーリが顔を上げる。頭を撫でていた手を握られて、竹刀を握る手に握られて、その体温に胸が騒いだ。
 成長するにつれ触れ合ってまで遊び合うことのなくなった私達だったけど、きっとどこの男女もそんなのは同じ。いつぶりだろうか、こんなふうに手を握られたのは。
 まっすぐ私の目を見て彼が言う。「俺も、お前に甘えてると思う」と。逃げるように視線を伏せると「でも、お前だからこうできるっていうか…喧嘩が強いとか、甘いもんが好きなのが一緒だとか、そういうことだけじゃなくて。そういうことだけじゃなくて……あーっ!」そこまで言ってから握ってる手をぶんぶんさせて「よく分かんねぇ! 分かんねぇけど、隣で歩いてるならがいいし、喧嘩で背中預けるならお前がいいし。まぁフレンでもいいけどっ」腕をぶんぶんされてる私はがくがくしながら「いや、ユーリ、難しいことは無理して言わなくていいよ」と慰めのようなそうでないような言葉をかけた。余計腕をぶんぶんさせる彼が「馬鹿にすんなよ、俺は成績上げんだよ! 最近真面目に授業受けてんだぞっ」「へー」同じクラスでない私には分からない光景である。ユーリが真面目に勉強ねぇ。小学校のときとか平気で寝てたよなぁ、つまんないとかって。あれ治ったのかなぁ。
 幼い頃のユーリを思い出して、一緒に遊んでいた頃を思い出して、フレンと三人で鬼ごっこやかくれんぼをしていたことを思い出した。手を引っぱり合ってかけっこしたり、棒切れを拾って剣劇ごっこをしたり、誰か一人の家に集って一緒に宿題をしたり。
 もうあの頃には戻れない。時間は容赦なく進み、何もしていなければ、私達はその流れにただ引き裂かれていただろう。
 誰かが努力をしていたと思う。それはフレンの真面目さであったり、ユーリの不器用な優しさであったり、私の意地であったと思う。みんながみんな、離れたくないとどこかで思っていたからこそこうして今も一緒にいられる。頼っていたり甘えていたり、お互いがお互いに色々なことを思っていたと思うけど、まだ私達は共にあることができる。それは素晴らしいことなのだ。
 ぶんぶん上下されていた腕がぴたっと止まった。焦点を現在のユーリに戻すと、またうなだれたように頭を垂れている彼がいる。
「ユーリ?」
「なぁ
「ん? 何」
「俺達は、変わらない。よな。こういうの」
「…そう思う」
 ユーリに握られているだけだった手をぎゅっと握り返して、私は彼に笑いかける。「私、ユーリと一緒がいいな」と、そうぽろっと言ってしまってからはっとした。何言っちゃってるんだ私。
 しかしながら天然も入ってるだろうユーリはいつもの勝気な顔で「おう、俺もお前と一緒がいい」と笑うわけで。
 きっと恋ではない。きっと愛ではない。でも私はユーリを、ユーリは私を、大切だと思っていると思う。
(ま、いいか)
 ちょうどそのときだった。「何をしてるんだ君達は」と知った声がして、ユーリが分かりやすくげっと呻いた。確認するまでもないけど一応ユーリの後ろを見れば、馴染んでいるフレンの金髪が見えた。
「あれフレン、早いね」
「ああ。少し話をしただけだから。…ユーリ、その手は?」
「いや別に」
 さっと手を頭の後ろで組んだユーリ。じと目のフレンに私は苦笑いする。それから思い立ってユーリとフレンの間に立ち、二人の手を片手ずつで握った。ぎょっとした顔のフレンときょとんとした顔のユーリを見ながら笑う。「ね、今日はこうして帰ろうか」と。分かりやすく「いや、目立つし、三人並んで歩くのは、ちょっと」そう言って視線をうろうろさせるフレン。にっと笑ったユーリは私に賛同してくれたようで「ま、たまにはいいか」と先陣切って歩き出した。手を繋いでるわけだから当然私が続き、フレンも否応なしについてくる。ここで振り払う的な行動をしないのがフレンである。
、離してくれ。僕はいい」
「恥ずかしくないない、高校生が手繋いで帰っても別に全然ダイジョーブ」
「そうそう、全然大丈夫。小さい頃はこんなことよくしてたのにねー」
「僕らはもう子供じゃない、だろ」
「子供じゃないと手は繋いじゃいけないの?」
「そうは言ってない。ただその、学校で、君の立場が」
 ごにょごにょそんなことを言うフレンに私は唇の端を緩める。
 そう、フレンは優しい。こんなことでそんなところまで気にかけてくれる。そうだね、フレンの言うとおり、そういうのもあるかもしれない。でも私は。
 ユーリがへっと鼻で笑って「なんだよ、弱気だな。いざってときは俺とお前でを守る。そんだけだろ」「…さらっと言ってくれるねユーリ」はぁと息を吐いたフレンがようやく私の手を握ってくれた。少しだけ上げた視線で「まぁ、たまにはいいかな」と目元を和らげてこぼす姿に私は満足した。そして思った。ああ幸せだな、と。

 できるなら。願ってもいいのなら、私はこうやってずっと生きていきたい。
 続かないから幸せだと感じるのであり、時間が流れている限りいつか必ず私達の道が別たれる日が来るのだとしても、私は、この幸せを、このかたちを、願っていたい。