好きなんだ、どうしようもなく。







けほけほ、と数回咳が出た。最近では一度咳をしだすと中々止まらなくて息が出来ないくらい苦しいのだから末期だ。 酷い時には吐血してしまうのだから嫌でも自分の命の短さを思い知らされる。 ああ、これはもう長く生きることが出来ないしるしだ、と自分でも十分理解していた。 そんな地獄の中のような闘病生活だけれど、今僕が気を張ってこうして一瞬でも長く意識を保っていられるのは少なからずの存在が有るからだ、と思う。
今も彼女は止まらない咳に苦しむ僕の背中をさすり、 「大丈夫ですかイオン様」と、それだけを何度も繰り返し言っている。 まるでその言葉を唱え続ければ治癒する、と信じているかのように。 そんなの気休めにしかならないだろ、と 心の中で毒づいてみるも彼女の優しさが嬉しかったのは事実だ。 嬉しいものはやっぱり何時でも嬉しいものだ。 きっと僕はこの優しさに一度も抗えずに、 この優しさこそが腐りきった世界に残留する唯一の未練の糸になると分かっていても 黙ってそれを受け入れていくのだろう。 でもそれっておかしいじゃないか、矛盾してる。 でも何故だか幸せな気分だったので感情の赴くまま、苦しかったけど笑ってみたら やっぱり笑顔は不恰好なものになったのが自分でもわかった。 (その証拠に、ほら、彼女は悲しそうな顔で僕を見て、)
こうして背中をさすられている間でも、【死】が近づいてくるのを感じる。 死というものは何の音も立てず、 それでいてひたひたと確実に僕との距離をつめてくるものなのだから 憎らしくて気味が悪い。 僕は昔から病気がちで、それ故、死というものともそう遠くないものだったらしく、 死の足音に気づかぬまま予言を詠む日々を送った結果がこのザマだ。
駄目だ、まだ来るな。僕はに伝えたい事があるんだ。 目を瞑ればすぐそこに待ち構えている闇を振り払うように僕は部屋の隅、ただ一点を睨んだ。

「イオン様、新しいお水をお持ちいたしましょうか」
「ああ、頼むよ」

幾分が治まってきた咳。 自力で殺せるくらいまで弱まった咳をする僕を見てはそう訊いた。 頼む、と言えばはにこりと笑って古い水が入った水差しを持って静かに退室していった。 ふと、無意識に彼女の後姿を目で追う自分が居るのに我ながら苦笑した。
そう、これはきっと恋なのだ。 今まで散々[年の割りに大人びている]と言われてきたが、生憎今まで恋だの愛だの 色の付いたものに僕の興味はこれっぽっちも向いてこなかった。 それは職務上詠まなければならなかったユリアの予言に記された死に、 僕が少なからず絶望していたからだ。絶望して、そして世界を恨んだ。 僕は予言を詠む。こんなにも努力しているというのにユリアは無慈悲だ。 僕を生かそうとなどと思っていないようなのだから。 だから、色恋沙汰に精神を磨り減らして不必要に疲れていく理由なんて無いと思った。
けれど、その精神を磨り減らしてでも手に入れたいものが僕には出来た。それがだ。 いつでも真っ直ぐに自分の感情に素直に生きていて、 それでいて忠誠心とかそういった綺麗でいて汚いものもちゃんと持っている。 (そしてそれが綺麗で汚いものだということを、彼女は理解している。) 僕はと言えば外っかわだけはいつも綺麗にしてみせて、内側はもうカオス状態。 自分に正直に生きたことなんてまるで覚えていない。 所詮予言を詠むだけの存在なのだと割り切って生きてきた人生だったから。 この世界の愚かなひとびとは、予言を望んでいる。 僕は予言をもとめてなどいないのに、いつの間にか【詠まなければならない】と刷り込まれている。 そう、流れを作ってているようで流されていた。皮肉にも僕自身が。 そんな卑屈の塊みたいな僕が、引きつけられたんだ。に。
けれど、今更自分の気持ちに正直になった所で一体何が残るというのだろう。 僕はいずれそう遠くない未来に死んでしまうのに。は無常観に満ち溢れていた僕の価値観を変えてくれたけれど、 それでも『消えてゆく命なら何も残さない方がいっそのこと心地良い』という 僕の根底は変わらなかった。
けれどなんだ?これは。
死の淵に立たされてから僕はものすごく後悔している。どうして僕はに何も大切なことを打ち明けてこなかったんだろう。 少しでも、少しの間でも幸せを共有出来る様な時間があればそれで良かったじゃないか。 我侭だなんて百も承知だ。それでもこれは、 このまま何も伝えずに終わるのは僕が恋をした意味が無くなる気がした。 それ即ち、僕がここまで一瞬でも長く生きてきた意味が砕けるという事だ。

「失礼します」

ひかえめなノックの音と共にが戻ってきた。 その手に包まれた水差しの水が彼女の歩調に合わせて、たぷんと揺れた。 ただただ憂いを纏って動くを揶揄してみたくなって、僕はそっけなく言った。

「ねえ。僕はきっともうじき死ぬよ」
「っ、……そのような事はおっしゃらないでください………」

一瞬はっと目を見開いたあと、哀しげに目を伏せて僕の両の手を包み込むようにの手は握られた。 その手は僕のよりずっと優しくてあたたかな手で、そうかはこれからもずっと生きていくんだ(そしての隣に僕は居ないのだ)、と嫌でも思い知らされた。

、死ぬ前にひとつだけ、に言いたいことがあるんだけど」
「はい、私に出来ることならば何なりとお申しつけ下さい」

すう、と息をできるだけ吸ってみた。喉の奥に空気が触れて、冷たい感触がした。 これ以上無いってくらい心臓が動いた。また咳が出そうだ。押し殺して、平常を装った。

「…、僕はが好きだ。」

伏せられていた目が徐々に丸くなっていく。吃驚した表情をしてまたは迷うように目を伏せた。 そうしてから彼女はぱっと顔を上げた。そうして、笑って、

「私、 私もイオン様の事が好きです」

たくさんの悲しみが混ざった幸せそうな笑顔をつくって、はそう言った。
彼女は子供じゃないからきっと僕の伝えたかった事を 本当の意味で受け取ってくれただろう。 そして、ふたりで過ごす時間は残り少ないのだ、 ということも理解してくれただろう。
言えば彼女は今よりもっと悲しむだろうから口には出さなかったけれど、 思わず言いそうになった言葉を僕は必死で飲み込んだことを君は知っているだろうか。
(ねえ。僕は今なら、きっと幸せの内に死ねるよ。)





But I do not die!

























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あとがき。
しな様に相互記念夢として捧げます!
何を隠そう、オリイオ様を書いたのは人生初めてでした…!
資料も何も無しに捏造状態のオリイオ様です。路線ズレてる感満々です。
オリイオ様の持つ独特の狂気を一片も匂わせることの無いまま撃沈してしまいました。
いや、甘さと狂気を同棲させるって難しいのですね!
しな様、オリイオ様のリクエストありがとうございました!
誤字脱字等ありましたらご連絡下さい!

070317   凛 芥子


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わあい芥子さんっ、どうもありがとうございます!
これはしっかりオリイオ様ですよ!自信持っちゃってバッチオウケーですよ!わーい

甘さと狂気を一緒に書こうと思うと、私の場合ものすごく暗くなると思います(…
それか鬼畜ちゃんになっちゃうか(ちょっと待て
げふごふん、とにかく難しいですよね!オリイオ様っておいしいキャラだと思いますよほんと

サイトは閉鎖されてしまいましたが、夢はこちらに飾っておきますね