じわり、ぽたり。分泌された塩分を含む液体が止まらない。クナイを握る手が震えているのに失笑して、目の前で呆れた顔をしているサスケを睨みつけた。なんて恥ずかしい。体力が落ちたな、と薄ら思う。



忍をやめて、わたしは実家の忍具専門店を継いだ。両親はまだ元気ではあるが、そろそろ世代交代だと満足げにわたしに言うものだから、わたしは僅か十七歳で店を任されることになったのだ。特別上忍だったのに、と周りからは勿体ないと言われ続けているが、生憎後悔はしていない。



サスケと忍具の修行をするのは本当に久し振りのことだった。いつからしてないっけ、と思ってよく考えてみたら、もう五年もしていなかったらしい。サスケが教えてくれた。わたしは、年を取るごとに時間が短く感じられるのが嫌だった。その五年の月日が長いのか短いのか、よく分かってはいなけれど。



手裏剣術を教えて欲しい、そう言ってわたしの足元にぴったりくっ付いていた幼い子供の姿は、ここにはない。ある程度の力を持って、強くなったサスケがここにいる。成長スピードの速さには、どうしても悔しい思いをするばかりだ。



「弱くなったんじゃないか、



余裕の表情を浮かべて、サスケはそう言った。流石にむっとなって、眉間にしわを寄せる。確かに忍をやめて、もう随分月日は流れている。実力が低下するのは免れないことだ。仕方ない。だから、反抗したくなった。



「サスケが強くなったのよ」



わたしのことを、いつから呼び捨てで呼ぶようになったのだろう?昔はわたしを本当に血の繋がった姉だと思い込んでいたので、姉さん姉さんと可愛らしかった。でも、その面影はどこかに葬られてしまったのだろう。わたしに甘えることは、もうない。



クナイを指先で回して、宙へ放り投げる。くるくる回転して、落下して、わたしの指先に絡め取られる。サスケはわたしのその動きを眺めて、ふうん、と小さく声を漏らした。見下す視線が気に入らない。それは、わたしが地面に座り込んでいるから、不可抗力ではあるけれど。



「誰だって、得意なものは伸ばしたいものよ」
「……」



サスケは沈黙を守る。わたしはクナイの切っ先で空を切る。手のひらに馴染む重み。わたしが自分用に作ったクナイだから、丁度いい。サスケは風魔手裏剣が欲しいと言った。まだ早いと断って、中忍試験に間に合うようにはしてあげる、と素直に伝えてやる。



サスケと距離を感じるようになった。力ではない。サスケは焦りを隠せない性格だから、今、酷く焦っているのも分かる。風魔手裏剣だって、高度な忍具であるのに違いは無い。欲張るな、と釘を刺すのはわたしの役目だ。



「そうだ、休憩にしよ?暑いしさ。そこの木陰で」
「疲れたからか?」
「違うっつーの。昼食。エネルギー摂取しないと倒れますー」



語尾をわざと伸ばすと、サスケは鬱陶しそうに顔を歪めた。






歪な形を描いたおにぎりを見て、サスケは嫌そうな顔をした。たかがおにぎり、形にこだわる必要など、どこにもない。食べたくないのならば、食べなければいいことだ。見た目ばかりで判断するなら、食べ物を口にする権利なんて与えてあげないよ。



なんて、すごく偉そうなことを言ってやると、サスケは嫌そうな顔をしたまま、不格好なおにぎりを手に取った。そうそう、見た目にこだわるばかりじゃ生きていけないのよ。わたしは手のひらより大きなおにぎりに齧り付きながらそう言った。



「…なんか、男らしいな」
「何がよ」
「形とか、大きさとか」
「じゃあ食べるな」



むぐむぐ言いながら喋ると、サスケは諦めたらしく、米粒を頬張り始める。食べてる時は大人しいので、楽だ。文句は言っても礼儀はきっちり守る子だから、塩味のきいたおにぎりは、ちゃんと平らげられてしまった。ご馳走様、と手を合わせて、おにぎりを包んでいたラップを丸めて鞄に突っ込む。サスケもラップを丸めて、わたしに差し出す。ここでわたしは自分でゴミは処分しろとなどと厳しいことを言わず、黙ってゴミを受け取ってやるのだ。



木陰は涼しい。熱された空気が僅かにつめたくなって、肌を撫でる。照り付ける日差しの下で、これ以上修行をするのはしんどいだろう。サスケは恐らくまだ修行をやめる気はないだろうけれど、わたしはもう駄目だ。体力の限界なのだ。



「ね、サスケ、わたしもう帰るわ」
「なんで」



いや、なんでって。



「これ以上やると倒れるもん。わたしはもう一般人と体力は同等なのよ?」



落ちたのは筋肉、体力、判断力、その他諸々。明らかに忍だった頃に比べて実力は衰えている。皮肉だよねえ、そんな風に思いながら笑んでみせると、サスケは腰を上げて、わたしの手を鷲掴み、勝手にスタスタと歩き始めた。



「ちょっと」



サスケに問い掛ける。ん、と小さく返された声だけが耳に残る。サスケは前を見据えて歩き続け、わたしは歩きにくいなあと不満に思ってその後に続く。ちょっと自己中心的になっちゃったのね、サスケ。いや、こんなの普通か。



どこに行くのか、分かっている。サスケはわたしを自分の家に連れ込んで、恐らく大量にあるであろう忍具の手入れをわたしにさせる気なのだ。修行が出来ないなら、そうするしかない。わたしの役目は忍具を扱うことだけだ。あとは、あんまり美味しくないご飯を作ることぐらい。







まだサスケは前を向いている。



「…お前の手って、こんなに頼りなかったか?」



わたしが思わず立ち止まると、サスケはやっと振り返る。そして昔のように、照れたように笑った。



「もう俺は、守られてるだけじゃない」
「…うん」



再び足が動き始める。サスケの手のひらをそっと握り締めると、ちゃんと握り返してくれた。
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相互記念で桐丸さんからいただいたサスケ夢であります!
最後のサスケの照れた顔が手に取るように分かってこのやろーいい男め!ってなりました!
本編のサスケの行方がすこぶる心配です。一体どうなることやら…
それは置いとくとして、どうぞこれからも仲良くしてやってください


こんな素敵夢を書かれる桐丸さんのサイトはココから飛べます!是非遊びに行ってみましょう〜