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 ある昼下がり。
ご丁寧にも雨が上がり、すっきりした青空が広がっている、ここはテセアラの王都、メルトキオ。
水溜りが街の建物や空を映し、地面に広がる鏡となっている。
木々の葉が光る雫を這わせ、逃げ場を無くして地に舞い降りる。
建物は空高く聳え立つ中、一際目立つこの街の象徴でもあるテセアラ城は今日も国旗をはためかせ、堂々と佇んでいる。
時折聞こえる鐘の声はその城の横にある、教会からのものだろう。
定刻通りに鳴り響く鐘の音は低く、壮大にこの街を覆う。
そして静かな祈りの時間が訪れる。
さて、テセアラ城付近のここは貴族階級の土地であり、ここを歩く人達は煌びやかな衣装を身に纏っている。
いわゆる貴族、と人々には呼ばれている。
しかし、テセアラ城に向かって伸びている街の中心に位置する大階段はこのメルトキオの身分社会を大きく跨いでいる。
貧民、平民、軍人、貴族そして王族へと、階段状の町はまるで現代の社会を表している。
そんな王都だが、施設や物資は整っているここで、旅の疲れを取るために一泊することになったロイド達は各自、自由行動を取っていた。
武器や食材の買出しを分担して購入し、また別のグループは陛下に報告する。
団体行動は大所帯で動きにくい面があるが、こうした所では便利になる。
戦力も多くなれば戦いが長続きしても、交代で戦える。
仲間がいる、それは一人ひとりの大きな支えとなるに違いない。

「それで、ちゃんはいつになったら俺様の女になってくれるわけー?」

「誰がアンタの女になるのよ」

ここはテセアラ王家の次に高位とされるテセアラの神子、ゼロス・ワイルダーの屋敷。
部屋の装飾や置物、家具、全てに高給な物があしらわれており、指に触れるもの全てが危険を予感する。
そんな屋敷の中で、ゼロスはを自室のベッドに座らせ、誘導尋問を行っている。
ゼロスはいつもの軽い口調でに詰め寄っていくが、彼の目の前にいる女はプンプン鼻を鳴らしながら、そっぽを向いている。
彼等はテセアラ国王に報告した後、ゼロスの屋敷へと戻ってきたが、仲間が帰ってきていないことに気付き、ゼロスがを無理矢理自室に連れ去ったと思われる。

「相変わらず硬いな〜ちゃん」

「ゼロスが軽すぎるのよ」

「だははははっ」

「笑うところじゃないわよ」

まったく……、と呟いてはゼロスから視線を外した。
さじを投げた思いだった。
こんな軽々しい男がテセアラの神子というのだから、現実は不思議なものである。

「まぁ、それでも苦労しているのだから仕方ないのかしら……」

「何がー?」

「いいえ、何でもないわ」

こんな軽々しい男だが、神子として生まれた経緯は暗黒の闇に放り込まれている。
それを一人で背負って、ここまで成長したのだから、ある意味立派といえる。
ただ、一途に背負いすぎた、その弱さが彼の道に歪みを生じさせた。
そして、その歪みを認め、本来の道に戻してくれたのはロイドだった。

「彼には完敗ね……」

「誰と乾杯したのよ? どこのどいつがちゃんとお酒飲んだのよー? この麗しくてかっこいい俺様を差し置いて誰と飲みに行ったのよ?」

「フフ、違うわ。お酒の乾杯ではなくて、勝負の方の完敗よ」

はゼロスを一度視界に入れると、面白おかしくなって視線を別の方向へと外した。
笑われたことを少し恥ずかしく思いながらも、ゼロスは心の奥底で安堵していた。

「ありゃりゃ、俺様かっこ悪。それじゃあ、ちゃんは誰に完敗したのよ?」

「さーて、誰でしょうね」

「もったいぶるなよー。でもまぁ、ちゃんが勝てない人は目の前にいたりするんだよなーこれが」

だははは、と聞いて呆れるような笑い声を発しながらゼロスは後ろ髪を掻いた。
何故と疑問に思ったはすぐさま、どういうことよ、とゼロスに投げ掛ける。
窓から入ってきた風がゼロスとの髪を靡かせ、少し間が空いてからゼロスはに振り向いた。
だってさ、と呟いてからゼロスはの隣に座り、その華奢なの肩を左腕で自分の方にと寄せる。

ちゃんは俺様に惚れてるからな。惚れた弱みがあるから俺様には勝てない」

耳元で囁かれた言葉にドキっと反応しながらも、は冷静であり続けようとする。
しかし、身体は正直なもので、耳と頬が高潮していくのを感じていた。
何よ、と強気で言ってみるが、そんな高潮した表情で言ったところで、かえってゼロスの調子を上げるだけだった。
ゼロスの左手がの左肩から離れ、その瞬間に厭らしい左手から開放されたように思われたが、ゼロスの左手の向かう先にはしっかりとの顎に添えられた。
の顎を少し上に動かし、上目遣いのと視線を合わせる。

「こうされちゃうと、嬉しかったりするだろ?」

「ふざけないで」

低音の声で話す時の真剣な眼差しに釘付けにされる。
まぁまぁ、とゼロスは明るい口調になるにも関わらず、しっかりとの顎を離さない。

「俺様、こう見えても惚れた女には一途なんだぜ」

低音の声が響いたと思ったら、ゼロスの顔が近づいてきた。
反射的に目を瞑った数秒後に、唇に何かが触れた感触がした。
その何かが、なんて想像しなくても分かるので考えようとはしなかった。
否、考える時間も脳内も心も無かった。
何故なら、全てが止まったように感じたのだから。
数十秒たって、唇からその何かが離れるとは恥ずかしそうに俯き、ゼロスは彼女とは対称に微笑んだ。

「嬉しいなら素直に喜べって」

「だ、誰が嬉しいなんて……」

顔の高潮が限界に達し、おそらく真っ赤になったと思われた顔を見られたくないとばかりに自らの手で顔を隠して立ち上がり、部屋を出ようとは試みた。
しかし、片方の腕が何かに捕まってグイっと引っ張られ、ふんわりした柔らかいものに背中から落ちた。
純白のシーツが掛けられたベッドの上だと分かると、身体を起こそうとするが、それは阻止される。

「ど、どきなさいよ」

「悪りぃな。こんな可愛い姿のちゃんを放すわけにはいかないからさー」

の背中にはベッドのシーツが包み、視界にはゼロスと鮮やかな模様が描かれた天井が映った。
つまり、を引っ張ったのはもちろんゼロスの手であり、をベッドに沈めるとそのままの上に跨った。
ふわっと、ゼロスの長い赤髪がに触れる。

「ぜ、ろす……」

「俺様が本気ってところ見せてやるよ」

は抵抗を試みてみたが、この絶体絶命の逃げられない状態を確認すると、潔く諦めた。
流れに身を任せるなんて、性に合わないが、どこか心の奥でそれを許していた。
また上から降ってきたそれに自分の唇が重なると、静かな時間が流れた。
手が重なり、その温もりを感じる。
不思議なことに両方とも、手が熱くなっていた。

「ゼロス……?」

、好きだ」

真剣な眼差しで言われたら敵わない。
の中で冷静なんて言葉は流れて、込み上げてきた感情でいっぱいになる。
そして、瞳が涙で溢れ、目尻から雫が伝う。

の気持ちも知りたい」

重ねあった手は未だに離されないまま、しっかりと握られた。
コクと頷きながら、は震える唇でしっかりと自分の気持ちに声が押しつぶされないように、精一杯言った。

「私も好きよ、ゼロス」

それを聞いたゼロスは微笑むと、再びに舞い降りた。
何度も軽く唇が触れ、時折の目元にも同じものが触れる。
恥ずかしさと嬉しさやくすぐったい感覚を感じると、今度は唇に戻って今までよりも長く深いものへと変わった。
現実の世界から放たれ、二人だけの世界に堕ちたような錯覚。
そのような中で時には優しく、時には激しい口付けが続く。
唇が離れて見つめ合うと、無言の合図を送受した。
の首筋にゼロスの唇が触れる、初めての感覚で目を瞑ったを可愛く思いながらゼロスはどんどん進んでいく。
の服に手をかけたその時、聞き慣れた声が屋敷に響いた。

「ただいまー。ゼロスとはどこだ?」

「お帰りなさいませ、ハニー様。神子さまと様は一時間前にご帰宅されております」

「今はどこにいるの?」

「神子さまの自室かと思われます」

「あのクソ神子、に手出してるんじゃないだろうねぇ」

ゼロスの手が止まり、と視線を合わせると、彼女は微笑んでいた。
苦笑いを浮かべたゼロスはがっかりしながらの上から離れると、の手を取り上半身を起こしてあげた。

「ちきしょー、これから良い所だったのに邪魔が入るなんて、ロイド君は空気が読めないんだから……!」

「仕方ないわ、ゼロス。それにある意味、私は安心したわ」

「何でよ。ちゃんだって、そんな気分になってたじゃないの」

「まだまだお預けよ。それに真っ最中に見つかったら、余計な面倒を起こすでしょ」

立ち上がって衣服のズレを直すの横に、ゼロスが悔しそうに歯を食いしばる。
まるでおもちゃを貰えるはずなのに貰えなかった子供と同じようにゼロスの姿はの瞳に映った。
溜め息を吐いたのは言うまでもない。

「それもそうだけど、やっと素直になったちゃんが手に入ったのに……!」

「アホ神子」

痛ぇっとその瞬間、ゼロスの声が響いた。
殴った手をは引っ込めると、ドアの方へ歩き出した。
さっきまであんなにかっこ良かったゼロスは今とは別人のように思えた。

「でも、気持ちは変わらないわ」

「痛たたた……。でもちゃんに殴られるならまだいいか」

はドアを開けると、下の大広間にいる自分の仲間に振り向いた。
笑顔で振り向くと、片手を上げて仲間に叫ぶ。

「みんな、お帰りー」

「あ、だー」

階段を駆け下りながら仲間のところに向かった。
ゼロスは右の頬を当てながら、仲間の中にいるに振り向き、その姿に微笑みながらゼロス自身も階段を下りた。
仲間におかえりや買出しはどうだった、など様々な話をしている最中にロイドからの視線を感じた。
ロイドに振り向き、首を傾げる。

、泣いたのか?」

「少し目が赤いよ、どこか痛いの?」

ロイドとコレットに言われ、心の中で動揺するが、大丈夫よ、と言った。
しいなは何かに勘付いたのか、の手に触れた。

「アホ神子に何かされたんじゃないだろうね?」

「そ、そんなことないわよ」

自分でも分かるほど、その演技は下手なように思えた。
しいなはすぐにゼロスに歩み寄り、右の拳でゼロスは殴り飛ばす。
痛ぇー、って聞こえたゼロスに振り向く。

「こんの、アホ神子、に手を出したのかい? 殴るよ」

「殴ってから言うなよなー」

その光景に面白おかしく笑う仲間や、呆れたりする仲間がいたが、は少なくとも幸せに感じていた。
まだまだ戦いは続くというのに、不思議なほど、大丈夫と思えるようになった。
この旅が終わったら、正式に交際しようとか、それまでゼロスは我慢の日々が続くのかしら、そんなことを考えながら、ここにいる仲間に笑顔を向けた。



      fin
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相互記念としてcielo dell'auroraの洸歌さんからいただきました、シンフォニアのゼロス夢であります
甘めで!と無茶を言ってみたところ、甘々が返ってきました(笑
私もゼロスを甘めで書けと言われると…← な感じです。頑張って書いてくださってありがとう洸歌さん〜

洸歌さんのサイトは閉鎖されてしまいましたが、せっかくなので、作品だけはここに残しておきますね