キョーヤが学校へ行くのを見送るいつもの朝。俺はピーンと思いついた。自分的には結構いい案だと思って、さっさと出て行こうとするキョーヤの手を掴んでストップをかけて一言、
「なぁなぁ、俺も学校行っちゃ駄目?」
「…は?」
 キョーヤは目を丸くして俺を見た。そういう顔はちょっと珍しいのでしっかり頭の中にインプットする。「そりゃあだいぶサバ読むことになるんだけどさ、中学生レベルの漢字とか文章くらい憶えたいんだよね。日本語のレッスン。しかも手軽でタダ。ついでにキョーヤの近く。ね、駄目?」ずいっと顔を寄せるとキョーヤは半歩引いた。ちょっと視線を彷徨わせて考えるような間を置いてから、
「駄目」
「ええーなんで?」
「うるさい。駄目なものは駄目」
 俺の手を振り払ったキョーヤが今度こそ出ていってしまい、なんだと肩を落とす。俺的には結構いい案だと思ったんだけどな。
 学校通うって言ってもさ、全部受けてたら家事と両立できないから、たとえば、午前中だけ授業受けるとか、そういう方向ならとか思ってたんだけどなぁ。駄目かぁ。そうかぁ。まぁキョーヤが駄目って言うなら仕方ない、諦めよう。
 キョーヤを見送った俺は、今日一日を始めるべく、まずは冷蔵庫の中身をチェック。今日使わないといけない肉やら野菜やらに、明日のお弁当のおかずに悩みつつ買い出し品をメモ。次に洗濯機の中を確認して必要なら洗濯機をスタートさせる。
 今度掃除機買ってもらおうと心に決めながら、使用頻度の高い居間や台所その他を雑巾とかで気持ちきれいにした頃、洗濯が終わって、洗濯物干しに移る。干し終わったら家事は一度休憩で、紅茶を入れて、今日は日本語の勉強をすることにした。小学校低学年向けの教科書にうんうん唸りつつ書き取りの練習をして、一時間集中して勉強して、風紀委員会の文字が入ってる鉛筆を投げ出した。
 勉強し始めてこれで一ヶ月は過ぎたのに、あまり成果が出ないのは、日本語が難しいからだろうか。
 英語なんてアルファベット二十六文字憶えればいいだけだもんな。簡単だ。それに比べて日本は平仮名カタカナ漢字だもんな。ナチュラルに三種類の全く違う文字が混じって文章として溢れてるんだからびっくりだよ。漢字なんて中国の分野じゃん。しかも勉強し始めると限りなくどんどん降ってくるとか、日本語できる人って本当すごいと尊敬する。
 あとは午後にしよう。そうしよう。
 居間の畳の上に倒れ込んでショート気味の頭でぼへっとしていると、ピンポーン、と呼び鈴が鳴った。「はい、はいはい」と起き上がって玄関まで行って引き戸を開ければ、リーゼントヘアの風紀委員が二人直立不動で立っている。
「ええっと…キョーヤなら学校に」
 とりあえず可能性のあることを先に言ってみると、「「委員長からの命令できました!」」と二人に揃って深々と頭を下げられた。おう、相変わらず絶対君主みたいだなキョーヤ。
「えっとー、キョーヤはなんて?」
「はっ。さんの制服を発注するため、サイズをしっかり測ってこいとの仰せです」
「…制服? って、並中の?」
「はっ」
 さらに深々と頭を下げた風紀委員に、え、あれ、却下されたんじゃないっけ? と首を捻る俺である。
 んー、キョーヤの考えてることがわかんないな。なんで急にオッケーする気になったんだろう。本人に確認しようにも手元に携帯はないし、家電はあるけどキョーヤの番号知らないし。しまったな、やっぱり携帯いるな。今度リボーンに許可もらっておこう。
 悩んでる間に「「失礼します!」」と戸口に上がった風紀委員二人に徹底的にサイズを測られた。これはセクハラでしょうかってレベルで。しっかりサイズをメモした二人がばっと頭を下げて「「それでは失礼します!」」と敷地を駆け出ていくのをぽかんと見送る。リーゼントがぽよぽよしてる…走りにくいよなぁあの髪型は、とかいらんことを考えてから腕組みした。
 嵐のようにやってきて嵐のように去っていった。それはまぁいいんだけど。キョーヤ、一体どういうつもりなんだろう。ばっさり駄目って言ったくせに。ああでも悩むような間はあったんだっけ。
(まぁ、いいか)
 ふわ、と欠伸をこぼして目をこする。眠いな。お昼まで寝ようかな。
 ぴしゃっと扉を閉めて鍵をかけ、二階の自室に向かう。ベッド、クローゼット、以上。私物のない部屋を眺めて、ねだったら何か買ってくれるかなぁ、とか甘えたことを考えつつベッドに潜り込む。
 一眠りしたら、お昼を食べて、朝の分の食器と一緒に洗って片付けて、買い物に出て魚と明日のお弁当のおかずを買ってきて、また勉強して。それで、夜のご飯の準備を始めよう。